2014年12月24日水曜日

韻律音韻論のツリーを描くのは難しい メモ

メモ。言語学のやや専門的な内容。音声学、音韻論、形態論で論文を書く学生や院生が対象。

書いておかないと、どうせいつか忘れてしまうし、また言語学で論文を書く方にとっても以下の内容は有用と考えたので、書きとどめておく。この記事で私が伝えたいメッセージは2つ。(1)卒業論文を書いていて思った、音韻論の構造木を美しく描くのって、難しい。(2)構造木を美しく書きたいと願う学生のみなさんは、時間のある今のうちにTeXをかじっておくといいのかもしれまん。

キーワード:韻律音韻論 統語論 ツリー 構造木 描画 TeX
Keywords: autosegmental phonology, tree, drawer, generator, TeX

1 構造木とは

言語学で構造木(樹形図、ツリー)を一番使うのは、統語論においてだ。たとえば、図1のように文を分析する場合だ。

図1 I like coffee

しかし、韻律音韻論や形態論においても、統語論ほど複雑ではないものの、構造木は頻繁に登場する。典型的には、音節構造の記述や、単語の内部構造の階層を表示する場合である。

図2 音節構造とinternationalizationの階層構造

これを描くのが、まっこと面倒くさいのである。図形描画に関しては一般的なマイクロソフトのワードの知識くらいしかない私にとって、ちまちまちまちま直線を組み合わせて枝を作り、適当に文字のスペーシングをして作るのが関の山なのだ。学期末のエッセイのレベルだったらそれで十分だが、やはりそうして作った構造木は美しいとは言い難い。美しさは妥協するとしても、何より煩わしいのは、時間が掛かる上にちょっといじっただけですぐ構成が崩れてしまうことだ。ちなみに図2は、Google DriveのDrawingを使った。図2のようにいっそ画像にしてしまえばレイアウトの崩れる心配はないが、文字の部分は書き直しができないし、フォントサイズの統一も面倒だ。

2 オンラインサービスの限界

ブラウザ上で構造木を自動で描いてくれるサービスがいくつもある。「syntax tree drawer」などと検索すればいくつもヒットする。しかし、見つかるのはもっぱら統語論用のジェネレーターで、音韻論の構造木はそれらで対処しきれないものがある。例えば私が少し調べた中で使いやすかったのはRSyntaxTreeSyntactic Tree Generatorだ。ブラウザ上ではなく、ソフトをダウンロードしてローカルで使うものもある。けれども、どちらにせよ統語論用のプログラムなので、やはり音韻論のものを描こうとすると、私の望む構造木は、比較的シンプルなものであっても作ることはできない。

例えば図3と図4は、RSyntaxTreeを使って書いた。音節量という概念の図解である。(「σ」は音節、「μ」はモーラのこと。)この2つを比べたら、音素の行(tier)の高さが揃っている図3の方が図として好ましいが、私が欲しいのは、どちらとも少し違い、もう少し理論的厳密さをもった図なのである。図4の「t」に繋がる線を、下まで伸ばしたいのである。そういう細かい調整を、オンラインサービスに求めることはできない。

図3 まあまあの例

図4 いただけない例


3 TeXなるもの

TeXという組版処理ソフトがある。私には全くちんぷんかんぷんなのだが、がちゃがちゃと命令を組み合わせて美しい文字列を出力するものなのだということはわかる。調べてみると、TeXを利用すれば言語学で使う構造木も最高に美しく描けるようなのだ。一人前の研究者の論文レベルになると、TeXを使っているのだと思う。でも、もう私にはいまさらTeXを勉強している時間がない。時間のある大学2、3年生のときに少しでもかじっていれば、もう少しカッコいい論文が書けたのにと、少し後悔している。

少し調べてみたところではノースイースタン大学の先生が作ったpst-asrというTeXのパッケージがツリーを描くのに特化しているらしい。また早稲田大学の乙黒研究室のサイトに、TeXでツリーを描くためのパッケージがいくつもあげられている。私にはどれがいいのかわからないが、意欲ある皆様の役に立つことを願い、紹介だけしておきます。

2014年12月23日火曜日

案外便利な中国サイト 「中国書道年表」 メモ

中国書法年表|書法迷

メモ。デザインがゴテゴテしていたり臆面なくパチモンを作ったりする中国ネットには、あまり期待していないが、それでも書道のことを調べるなら中国のサイトの方が断然情報量が多い。この「中国書法年表」、漢字の形の変遷がうまくまとまっている。心憎くもインタラクティブ(って言うんですか?教えてエライ人)な横スクロールだし。侮れない。

ご存知でしたか。楷書、行書、草書はほぼ同時期に発生したんですよ! 楷書って7世紀(唐代初期)には完成していたんですよ!

2014年12月12日金曜日

ブログに語学に論文に 僕がいつも使う便利なオンライン辞典 日英中

それぞれの言語で、使用頻度が多い順に並べてある。

日本語

Weblio類語・対義語辞典
私の場合パソコンでまとまった日本語を書くといったら大体ブログだが、そのときには類語辞典にはとてもお世話になる。とにかく語が豊富で、しかも一語一語にリンクが貼ってあるから、自分の言いたいことに近い言葉を見つけたら、それをクリックしてさらにしっくり来る言葉を探す。全くもって便利である。

Weblio辞書
国語辞典代わりである。

コトバンク
使い始めて日が浅いが、百科事典である。


英語

Weblio英和・和英辞典
分からない英単語を調べるのに使うことが多い。ネットで文章を読んでいて知らない語に出会ったら必ずここで調べる。「extrametricality」(余剰音節)のような言語学の難しい専門用語も載っているほどの充分な収録語数なので、普段使いには問題ない。いちいち入力欄にカーソルを持って行ってBackSpaceを押すようなことはせずとも、(アクティブならば)キーを叩くと同時に前の語が消えて次を調べられる操作性の良さも非常に快適だ。

The Free Dictionary
はっきり言って、最強のオンライン英英辞典である。Weblioのような国産英和辞典では満足な結果が得られなくても、ここならたいてい解決する。たとえば動画やブログを見ていて「from your POV」という表現の「POV」が分からなくて調べたとする。Weblioでは「フォークト・パリセード」というやたらと難しい語釈しか出てこないが、The Free Dictionaryなら屁でもない。「point of view」の頭文字だということがわかる。だがなんといっても、ここの魅力は類語辞典(Thesaurus)の豊富さだ。論文のような堅めの英語を書いていて、同じ語の反復を避けたいときや、ここのところをちょっと格好良く(=堅い表現で)言いたいというときには、本当に重宝する。教えちゃうのがもったいないくらいだ。

英辞郎
和英辞典と、例文検索で使うことが多い。検索結果がシンプルで見やすいのは嬉しい。例文の量と質が良いので、ある表現を英語にするのに、どの単語や言い回しを使えばいいのか調べるのにはここをよく使う。試しに「に関して」という表現を検索すると、Weblioと比べて、ヒット数がまるで違う。


中国語

Weblio日中・中日辞典
普段はこれで問題なし。

漢典
日中辞典でも出てこない単語があったら、ここに駆け込もう。ただし中中辞典なので、中国語をある程度知らないと読めない。それでもやはり、収録語数と使いやすさは圧倒的だ。Weblioでは出てこない「二愣子(èr lèng zi)」(そそっかしい)というような方言とかが載っている。しかも分からない単語や字をドラッグすれば、瞬時にポップアップが出てきて解説してくれる。この便利さには驚いた。

実はこの2つ以外にncikuというサイトがすごく便利で、一番よく使っていた。なのに最近どういうわけかサービスを停止して、LINEに運営が引き継がれた。そうしたら何だ。WindowsやGoogleのより1000倍頭のよかった手書き文字認識がなくなって、発音の分からい文字を調べるのがすごく面倒くさくなってしまったではないか。簡体字を使った単語には参考として繁体字も表示してくれて、ncikuは重宝していたのに、なぜいきなり姿を消したのか理解に苦しむ。おこである。


他にも便利な辞典サイトをご存知でしたら、是非コメントで教えて下さい!

2014年12月2日火曜日

絶対フォント感

印刷書体にかかわる仕事をしていると、フォントの一目見ただけで、その書体名を言い当てられるらしい。絶対音感ならぬ、絶対フォント感ということばが最近ツイッターで話題になった。



ネット界隈では、このようにフォントマニアは比較的簡単に見つけられる。一方、毛筆で書いた文字の書体を言い当てる人となると、これがなかなか見当たらない。蛇足だが、フォントの筆文字書体のことを言っているのではない。

そういう人がいないのではない。書にも絶対感覚がある。書道を数年間でもやっていれば、この字は◯世紀の中国の◯◯の刻石の隷書だ、とか、◯◯の書いた楷書だ、というようなことは簡単にわかる。人物や作品名までは特定できなくても、ある古い時代の字を見せられて、この楷書は何世紀頃のものに違いないというのは推定できる。さしずめ絶対書体感と名付けられようか。

ただ、昔の字をそのまま使ったり、似せて作ることは滅多にないので、街を歩いていてそういう経験をすることは少ないだけだ。ネット内外を問わず、一般に筆書は、個人の作家が書いたものばかりだから、出どころがはっきりした字にはなかなか出会わない。

試しに、私が気づいた例を挙げてみる。和風レストラン、藍屋のロゴは、2世紀、陝西省に建てられた石碑「曹全碑」の隷書を思わせる。「藍」の草冠が少し違ったり(下の画像1行目の「慕」を参照)、「屋」が扁平すぎたりなど細かいところに違いはあるが、全体の雰囲気は曹全碑の流麗とした書風を彷彿とさせる。

曹全碑 (C)書道ジャーナル研究所

神田の書道用具店、清雅堂(画像検索結果)の看板の文字は、同じく2世紀の陝西省に建てられた碑「石門頌」の隷書まさしくそのまんまだ。

石門頌 (C)「書道ジャーナル研究所」
さらに、今年の夏に東京国立博物館で開催された台北国立故宮博物院の展覧会のロゴは、筆書ではないものの、中国唐の時代、7世紀中頃に書かれた欧陽詢の楷書「九成宮醴泉銘」をもとにしているとしか考えられない。特にロゴの「宮」と、画像1行目の同字、また「博」や「物」の偏の縦画と、画像2行目「侍」の2画目を見比べてみると、そっくりだ。

九成宮醴泉銘 (C)書道ジャーナル研究所

フォントと違って書は日常であまり接しないので、フォントより一層マニアックな話題になってしまったのは否めない。

2014年11月29日土曜日

物を作ることと売ること

モノを作るなら、いいもんを作れ。
モノを売るなら、いいもんを売れ。



物として多量に生産されるのであるから、美術品ではなく、工芸品であることは疑いを容れない。すでに工芸品である以上、それには工芸品としての資格、すなわち工芸的な用と美への奉仕が条件づけられねばならぬ。多く作られる以上、多くの人の手に渡るのは覚悟の前であり、多くの人がみな書物の愛護家とは限らず、書物をゴム長へ入れて歩く学生も出てくる以上、どんな手荒いあつかいにも耐えるだけの強さと、その強さにマッチする美しさが具わらなければならぬ。1

はんこ

水野の家は昔から一切の宣伝や広告はやらんと決てます。本音はその費用がおへんにゃ。そのかわり、ええもん作れ、で来ました。ええもん作ってさえいたら人が注文してくれるちゅう信念どす。つまり口コミ利用。2

箕(み)

桜であろうが、あるいは籐であろうが、それのしんにして編みますと、こんなきれいな箕ができるわけなんです。これくらいにきれいに作ってあると、上手に使って一〇〇年はもつんです。一〇〇年もつということになると、サンカが同じところにとどまって仕事ができないんです。わけるでしょう。いいものを作ると売れないんです。売れたらあと買うてくれないんです。いつまでも同じもの使うから。修理には歩く。それがサンカを移動させた大きな原因になっている。次々に作って置いていくわけです。それからせいぜい三〇年も経つと、お前のところの箕はどうなったって尋ねていくと、いたんでおる。破れてしまった。そんなら新しいのをどうだってことになるだろうしね。毎年きやしない。で、移動する。こういう職人が日本に多かった。
 この箕を売りに来る連中なんか、三〇年から五〇年にいっぺんしか来なかったというのはこれなんです。三〇年から五〇年くらいをひとつの周期としてずっとまわって歩いている。どこそこへ行ったら、あそこは昔、わしがこの仕事をしたところじゃから、お前行ってみろなんてことになる。いまはね、じつにその点お粗末に作ってある。できるだけこわれやすいようなものこしらえてね。みなさんそれを買わされて、それで一年か二年するうちにもうだめになっちゃう。電気製品なんか買うて、そうしてしばらく使っておって修理しようとすると、もう部品がありません、そんなものだめですなんてやっている。ところが、われわれの過去の時代はそうではなかった。おそろしく丈夫なもの作っちゃってね、丈夫なものを作るのがあたりまえで、そうすると、作るものの側は仕事がなくなる。なくなるから移動しなければならなくなる。しかし、それでお互いの信頼がたち切られたのでなくて、ああ、三〇年ほど前に来たなってことで、それじゃまた仕事をしていけということになる。あれの息子が私ですなんてね。それがこういう精緻なものを生み出させていった原動力になっておったんだと思う。つまり、お互いの信頼がこういうものを作りあげていったんだということがひとつわかります。3

1. 寿岳文章(1973)『書物の世界』出版ニュース社(130ページ)
2. 水野恵(2002)『日本篆刻物語』芸艸堂(186ページ)
3. 宮本常一(2003)『民衆文化と造形 宮本常一著作集 44』未來社(83-4ページ)

2014年11月17日月曜日

書の世界の暗部 大渓洗耳『くたばれ日展』

卒論の資料をコピーしに東京外国語大学の図書館に行ったら、あろうことか私のOPAC画面の見間違いで、目当ての紀要の目当ての号が蔵書になく、無駄足を踏んでしまった。その埋め合わせというかなんというか、空手で帰るのが悔しくて趣味の本を借りてきてしまった。

『くたばれ日展』という挑発的なタイトルである。本書の半年前に出された、同じ著者の『戦後日本の書をダメにした七人』も、並べて置いてあった。そちらは名前だけは知っていたが、著者の主観が激発したそちらより、少しは共感できそうな本書を借りてきた。図書館内のソファで約半分、残りの半分をいまさっき読み終えた。

大渓洗耳(1985)『続・戦後日本の書をダメにした七人 くたばれ日展』日貿出版社


日展というのは日本美術展覧会の略称で、日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5分野からなる、日本最大にして最も歴史ある公募展である。他の分野は知らないが、書をやっている人で日展入選というのはもう第一級の称号で、入選を境に、メディアには取り上げられるわ、人からは尊敬されるわ、一躍有名人になれるほどの絶大なパワーを持つ(らしい)。また書壇で権力の座を手に入れるための第一歩でもある(らしい)。

本書は、その日展の書の分野がいかに金と権力にまみれた世界かを糾弾するものである。公平な審査などどこ吹く風、堕落した上層役員による腐敗し切った運営がまかり通っているさまを徹底して叩く。その腐敗ぐあいは、ちょっとよく見れば私のような部外者にも明らかなので、著者の論調は痛快である。著者は書家であるが、日展のたるんだ構造に辟易としてか、日展には出品していない。

本書の発行は20年近く前のことだが、つい去年、書のうちでも篆刻という部門で審査に不正があったことが明るみに出て、ニュースになったのは記憶に新しい。去年の10月30日に朝日新聞がスクープした。話は逸れるが、この朝日新聞というのが気になる。朝日新聞社は毎年「現代書道二十人展」というのを主催しているが、その出品者の面々のほとんどが、日展の顧問、理事、会員でもあるのだ。本当だったらその大御所たちの顔を潰さぬよう、不正報道なんかしないはずである。邪推であるが、朝日関係者に書家がいて、日展に出品してもその閉鎖性ゆえに入賞できない腹いせにリークしたのではないか。

日展の水は古くて澱んでいる。たまに雨水が一、二滴したたる程度である。一滴落ちた雨水で、はね返って、やっと一滴くらい外へ飛び出す程度で、太古の湖のようにほとんど変わらない。たまに半分位新しい水をぶちまけて、でっかい柄杓で掻き廻す人が現われないのだろうか。皆面倒だから黙っているのだろうか。放って置いて損でないように仕組まれているのだろうか。(137ページ)

去年の不正の報道は、まさに「でっかい柄杓」による大番狂わせだった。

報道を受け日展側は組織の改革を行い、今年から「改組 新 日展」という名称で行くようだ。少しはましな展覧会になったのだろうか。去年初めて見に行ったが、今年は今のところ行く予定はない。

書の世界の暗部と惰性に興味があるのなら、本書は一読の価値はある。書道に馴染みがない人も楽しめると思う。ただし本書中の作品批評はどうしても著者の主観によらざるをえないので、そこは話半分で読むべきではある。

2014年11月10日月曜日

日本在来の食生活

タイトルはあえて和食としなかった。和食と言うと、料亭で出すような高級で上品な料理までも連想してしまうからである。もっと庶民的な食事のことを書きたいので、わざと在来の食生活という言葉を使った。

日本人が何を食べてきたかに興味がある。特に、日本の人口の大部分を占めていた、農村、漁村、山村の人々が、何をどう食っていたのか、最近とみに気にするようになった。自分が一人暮らしをしていて、毎日食べるものを自分で考えることができる/考えなければならないからではないかと思う。

けれども、もっと直接的なきっかけは、アズマカナコさんという主婦を知ってからだ。東京郊外に住むアズマさんは、おばあさまの影響もあり、昭和以前の衣食住を実践している。くわしくはこちらのインタビューブログに譲るとして、たまげたのは、アズマ家は2児を持つ一般家庭でありながら、なんと冷蔵庫を使っていないのだという。もちろん、自ら手放したのである。したがって冷蔵や冷凍の要る食品は保存がきかず、すぐに食べてしまうか、別の方法で保存するかしなければならない。

そういう冷蔵庫に頼らない食生活を工夫した結果、和食が一番作りやすかったと、アズマさんは『昭和がお手本 衣食住』で触れているのだ。

アズマカナコ(2014)『昭和がお手本 衣食住』けやき出版


冷蔵技術がなかった当時の日本の生活を再現してみたら、食事はその当時食べられていたものが一番適していたということで、当然というば当然の話ではある。高度経済成長の初期、三種の神器として普及し始めた冷蔵庫が、いかに現代の食生活を多様にしたかがよくわかる。

調味料でいうと、味噌や醤油をはじめ、塩、酢、みりんなどは、常温で保存ができる上、味噌漬けや塩辛など、他の食品に加えれば長期保存させることができる。マヨネーズ、ケチャップ、バターなど、近代以降日本に入ってきた調味料は、冷蔵しなければ傷んでしまうし、食品の味を整えるだけで保存料としては使えない。日本在来の調味料は、日本の気候や食生活に合わせて作られた、便利な調味料なのである。

そういう食事法を少しだけでも実践してみたいと思っている。冷蔵庫や海外の食品を手放す勇気はないが、なるべく頼らない工夫をしたい。

日本在来の食事(法)に対する関心がさらに高まったのは、宮本常一の「すばらしい食べ方」を読んでからだ。これは7月に読んだちくま日本文学の『宮本常一』に収められていた。

宮本が旅先でご馳走してもらったものを短く12章にまとめた文章で、それを読むと色々のことが分かる。日本人は弥生時代の昔から米を主食に食べてきたと思っていたら、実は話はそんなに単純ではなかった。地域によってはサツマイモやサトイモも主食であった。食品だけではない。膳の形式の発展、酒の飲み方の移り変わり、鍋を吊るす地域(自在鉤)と下から支える地域(五徳)の分布など、勉強になることばかりである。また一つ賢くなった、と随所で思いつつ、宮本の文章に一々食欲がそそられた。

昨日、宮本常一著作集の『食生活雑考』を読み終えた。宮本は、日本人の食生活にもかなりの関心を寄せていた。その考察の範囲は縄文から現代に及ぶ。日本全国を旅した宮本は、旅先の泊めてもらった家でご馳走してもらい、そこでの食生活を見聞きして情報を蓄えた。各地の食生活を調べようと思ったら、民家へ行ってそのうちの食事を食べさせてもらうのが一番である。だからこそ、宮本常一にしか語れないことがある。

宮本常一(1977)『食生活雑考 宮本常一著作集 24』未來社

知りたいという欲求は、食いたいという欲望に突き動かされている。

2014年10月31日金曜日

宮本常一『民具学試論』

宮本常一(2005)『民具学試論 宮本常一著作集 45』未來社

を読んだ。7月に宮本常一を読んでからというもの、その世界にすっかり引き込まれた。

宮本常一(1907~1981)は、民具の研究を一個の独立した学問に押し上げようとした人物である。それまでは民俗調査のついでに補助的手段として行われてきた民具、すなわち素人の作る道具類、の調査を、民俗学とは独立の、民具中心の研究として打ち立てようとした。宮本は仲間とともに全国を調査し、方法論を模索した。

民具学の対象とするものは、柳宗悦(1889~1961)の民藝運動とほとんど重なる。どちらも、陶器、木工、竹工、藁工、金工、布などの日用品を相手に展開された。同じものを対象にしながらも、しかし、宮本と柳のアプローチは全く異なっていた。

柳宗悦の民藝は、物の外面の美しさだけに注目する。民藝においては、色や形の美しさ、具体的には、健気さ、質実さ、立派さが最も重要である。もちろん柳は素材の良さや、作り手の精神性なども、民藝に不可欠な要素として説いている。しかし、どれをとっても、結局は主観の入り混じった良し悪しの判断でしかない。あくまで個々の物から感じられる美醜の感情のみで物を見ているのであって、例えば美しさの入る余地のない鍬(くわ)や犂(すき)などは、民具ではあっても民藝の範疇ではないのである。事実、柳は、まず知識を捨てて直観で物を見ろと、しきりに言っている。

美しいと感じることは万人に許された特権であり、誰もが美しいものに惹かれる。これは事実である。現在も民藝の品々が多くの人に愛されている所以である。しかしそこでは、物の背後にある文化、技術史、交易史などの学問的な面は、ことごとく無視されている。考えてみれば自然なことで、美しいという感情は誰でも簡単に持つことができるからいいけれども、多くの知識と時間を要する学問的な側面には、人は見向こうとはしないのが普通である。

しかしその学問こそ、宮本の民具学の目指すところなのである。民具を客観的、体系的に研究することで、その背後にある文化や歴史を明らかにしたかった。その点、民藝は、物の鑑賞に終わり、その背景には関与しない浅薄な見方であるといえる。

民具と民藝の区別について、宮本常一に直接語ってもらおう。1973年に発表された「民具研究への道」という小論で次のように言っている。

 民芸は民具の中の美を追求しているものであるが、民具はむしろ文化素材としてこれをみてゆかねばならぬ。
 たとえば、私たちは下手物の陶器の調査をつづけているが、それは今日の陶器ブームに見られるような、その骨董的な価値を追求しているのではない。どこで何が、どのようにして、どれほど作られたか。それがどのような運搬と交易の手段によって、どの範囲に広がっていたか、そしてそれがどんなに使用されたか、またそのような陶器の技術がどんなに普及していたか、また陶器類が、常民の日常生活の中で、他の器具に比して、どのような比重で使用されているかというようなことを一つの視点として追求している(後略)(83ページ)

柳宗悦と宮本常一の活動は互いに全く独立なのだから、目的が違って当然ではないかと思うかもしれない。もっともであるが、問題は2人の時代と対象物が大きくかぶっていたがために、宮本は、柳宗悦を直接名指しこそしなかったとはいえ、民藝運動を厄介扱いせざるを得なかった。

というのも、民藝というものが認知されていくにつれ、好事家や骨董屋が、やみくもに民具を買い集めてしまうものだから、民具研究をする者にとっては、研究資料が失われてしまうことを意味した。一旦蒐集家や骨董屋の手にわたってしまえば、どこで、誰が、どういう状況で使われたかが分からなくなってしまうので、資料としての価値はなくなってしまう。

 民具が骨董品として取り扱われるまえに、また民芸品などといってディレッタンチズムの中へまきこまれるまえに、民衆の文化をさぐりあてる重要な素材として研究をすすめたいものである。(「民具試論」121ページ)

近代化した日本では、民具は減ることはあっても増えることはない。宮本はそれに危機感を覚え、民具の学の成立を急いだのである。

2014年10月28日火曜日

ICU祭作品展 子字十四体・篆書七言対聯

10月25日(土)と26日(日)に、ICUの学園祭、ICU祭が行われた。書道部は4年目の作品展を無事開くことができた。作品の量、質ともに昨年よりも格段に上がった。表装も例年通りすべて部員の手作業だったために貧相だったとはいえ、去年に比べれば随分見栄えが良いと思う。

書道部のFacebookページに、作品展の写真が少し載っているのでそちらもご覧頂けたらと思う。(ちょっと宣伝ですが、Facebookでは部の最新情報が見られるので、もし気に入っていただけたら、ページの「いいね!」もよろしくお願いします。)

今年の私の出品は、おそらく今までで一番少なく2点だ。去年は臨書(中国の古典作品を模して書くこと)が3点と刻字が1点の合わせて4点だった。今年は、両方創作で、しかも篆書だった。ここ1年くらいは篆書ばかりやっている。もう1つくらい出したかったが、時間がなく書き上げられなかった。

一つは、こどもの日に書いた「子字十四体」である。字の配置に工夫したところが1点あるが、分かっていただけるだろうか。

子字十四体
約72×35cm

もう1つは、明代の詩人呉寛の次の七言律詩から取った(繁体字で失礼)。季節としては秋の詩である。

何處疏砧隔短牆、
東鄰有婦搗衣裳。
風林落葉秋聲動、
露草鳴蛩夜氣涼。
久別官寮忘館閣、
每從兒子話家鄉。
強扶筇竹歸深院、
半壁殘燈獨上床。

2つで1組の掛軸の形式を、対聯(ついれん。対幅・双幅とも)という。

篆書七言対聯
約135×17.5cm×2

部分

2014年10月19日日曜日

ドキュメンタリー映画「聖者たちの食卓」

インターネットやテレビによって世界中のあらゆる情報が大量に流れてくる現代にあっても、やはり知ることのできないことはいくらでもある。インターネットで何でも知ることができるようになったなんて思ったら、大間違いなんである。

時には、どこか異国のある僻地で、あまり外には知られることなくビックリするような風習が粛々と続いているなんてことがあるわけだ。

先月、インドのとある寺院の食堂「ランガル」の存在を知ったとき、世界の広さ、いや、12億人のひしめくインドの広さに全く恐れ入った。

インドのアムリトサルにあるシク教の総本山、「黄金寺院」では、毎日なんと10万食の人々に、無料でカレーを提供している。にわかには信じがたい。1日述べ10万人である。人数も桁違いだが、この無料食堂が、500年以上にわたって続いているというのだ。調理や清掃は、スタッフの奉仕活動で支えられている。

一体全体どうして、来る日も来る日も膨大な量の食事を500年以上も提供し続けて来られたというのか。2011年にベルギーで制作されたこの寺院のドキュメンタリー映画が、先月9月27日から日本で公開されている。見たい、という強い好奇心に突き動かされて、今日19日、新宿まで見に行った。

期待以上だった。

このドキュメンタリーから私が受け取ったのは、食堂で働くスタッフや、食事を求めてやってくる人々を支配している、驚くほどの秩序だ。

私がインドに対して持っているイメージといったら、どちらかと言えば、秩序というより無規律な人々、清潔というよりは不衛生な環境・・・。もちろんこれが当てはまる場合が多いのだろう。しかしここ黄金寺院に関する限り、意外なほどに人々は順番や規律を守り、徹底して掃除をする。特に、大量の食器の洗うときや、巨大な鍋の磨くとき(もちろんすべて人力)には、日本人顔負けの丁寧さがあった。

それはもしかしたら、宗教、カースト、肌の色、信条、年齢、性別、社会的地位に関係なくすべての人は平等であると説くシク教徒の、敬虔さによるのかもしれない。

けれどそもそも、一度に数万食分の食事を作るのに、材料や燃料の運搬から始まって、材料の下ごしらえ、煮込み、食器の配布、給仕、掃除などなどなどが、どこも滞ることなく機能しているんだからすごい。500年以上も続いているんだから、流れが出来上がっているのは当たり前ではあるのだが。

同時に、人間の生活の最も根本的な営み、食についても、重要なメッセージを投げかけている。食事だけを当てにして来る人も多いが、食堂のスタッフは、食べさせてもらっている代わりに奉仕的に働く。畑を耕し、調理をし、後片付けをする。その対価として、食事を与えられる。宗教、労働、食事は人間にとって根本的であること、不可分であることを教えられた気がする。

まだしばらく上映中である。興味を持たれたら、ぜひ見に行ってみて欲しい。

参考
「1日10万食。驚異のインド無料食堂をありのままに伝えたい! 映画「聖者たちの食卓」監督インタビュー」

2014年10月12日日曜日

書道入門 おすすめの参考書

趣味として書道をする人は少なくない。

書道を学ぼうと思ったら、一般的には、高校や大学の書道部に入るか、もしくは近所の書道教室に通うのが一番手っ取り早い。

けれども、もっと手軽に、独学で書をたしなみたいという人もいると思う。そういうときには、入門書や参考書にあたりながら学習することになるだろう。また、部活動や教室で実践的に学んでいる人も、歴史や理論など、学問的な側面も強化したいという人もいると思う。

そこで、本を探しに書店に出かけたりアマゾンで検索したりするわけだが、ひとつ、最初期に出会った本は、その後の書作に大きく影響することに気をつけて欲しい。質の悪い本にあたってしまえば、間違った知識が身についてしまうし、良い作品も生まれないものである。こんにち、大きめの本屋に行けば、たいてい書道の入門書がいくつか置いてあるが、実は、内容が浅く、書も俗っぽい物が少なくない。

現代は、有名な公募展の審査員レベルの有名書家は滅多に本を書くことがないというのが主な原因だ。せいぜい雑誌記事を投稿する程度である。今の本は、ルックスのいい若手書家か、「美文字」とか「遊書」みたいな新語をこしらえて前面に打ち出すかしないと、本が売れないようなのだ。内容の質は二の次になってしまっている。

というわけで以下では、私のおすすめする、書道入門期の良質な参考書(篆刻に関するものは除く)を3冊紹介する。どれも写真が豊富で、入手しやすいものを選んだ。

全国大学書道学会(編)(2013)『書の古典と理論』光村図書出版


まずは一画一画の引き方から学び直したいと思ったら、本書から入るのがよいであろう。臨書とは何か、筆の持ち方、漢字の歴史等の理論面は、網羅的で大変勉強になり、点画の特徴を書体ごとに詳しく説明してある点も貴重である。何より、中国、日本の有名な古典書跡が精細なカラー写真とともに解説されているのが非常にありがたい。さらに本書のよいところは、複数の専門家による共同執筆であるという点だ。一人の著者によるものだと、どうしても内容がその人の嗜好に偏ってしまう可能性が高い。しかし本書は、大勢のプロの検討の上に編まれているため、標準的かつ広範囲な知識が得られるのである。

松井如流(編)(1958)『條幅・扁額の研究』二玄社


一つ一つの字が書けるようになってきたら、それを作品にまとめたいというのは自然な欲求である。そのとき重宝するのが、この『條幅・扁額の研究』である。漢字の各書体(楷書・行書・草書・隷書・篆書)や仮名の、条幅(掛軸のこと)や扁額(壁上に掲げる額装の作品のこと)の構成方法や、落款の書き方などを参照したいときに役に立つ。これも複数の執筆者によるものだが、その面々が凄い。20世紀を代表する大書道家・篆刻家が30人以上、おのおの1章を担当していて、今見るとお宝みたいな本である。これ1冊で様々な書家の作風を鑑賞できるのも嬉しい。

伏見冲敬(1960)『書の歴史―中国編』二玄社


臨書(古典作品を真似て書くこと)の学習が進むにつれて、他にはどんな古典があるのか、またはある古典がいつ書かれ(建立されて)、どこに現存しているのかを調べたいときには、この本に当たるのがよい。殷代以来の三千年間の書体の変遷、伝達媒体の変遷を通覧したいときにも、本書はうってつけだ。マイナーなものも含めた中国の古典が、短い解説とともに羅列されている。あくまで断片的な情報なので、興味をもった作品は個別に法帖を買うなどして学習を深めるのがいい。2012年には増補版が出て、近年の出土資料も加えられたので、こちらを買うのもよい[1]。ちなみに本書の「日本編」はない。

これら3冊は文字の多い解説書なので、実践、つまり古典の臨書には、各種法帖(手本)を買うことが加えて必要であることも申し述べておく。

もちろん、以上の選定は偏っているかもしれないし、付け加えるべき本もあるだろう。第一、私はまだ大学生なので、知識も経験も少ない。第二に私の意見では、読書による知識、鑑賞による審美眼、そして臨書による経験の3つが書道において最も重要だと思っている。歴史的知識の伴わないアーティスティックな書とか、近年現れたヘタウマな脱力系文字とか、巨大な書とかには興味が無いので、それらに関する情報はよく存じ上げない。第三に、私はおおよそ昭和以前に行われた伝統的な形式に重きをおく方なので、上に挙げた本にも古いものが2冊ある。

だがしかし、知識が豊富でないとはいえ、今まで50冊以上の解説書や辞書を買い、目を通していつでも参照できるようにしてある。図録や字典も含めれば優に2倍になるし、その上に法帖もある。大学以降は独学とはいえ、基本的な知識は全て押さえているつもりである。他にも大学図書館や書店で、めぼしい解説書等はなるべくチェックしている。それに、古い本を選んだとはいえ、どちらも版を多く重ねている。(『書の歴史』だと、私の持っているのは2008年の38版だ。)それだけ長い支持を得てきたということだ。(それ以降はそれらを上回る良書が出ていないという状況の裏返しでもあるのだが。)上のセレクトはそういう点で参考する価値があるだろう。

ピカソのような前衛的な画家でも、その基礎にはデッサンの訓練があった。ピカソは写実的な絵にも大変優れていた。書道にも近道はない。ただやみくもに書くのではなく、確かな学問が伴わなければ書道は完成しないと言える。

[1]装丁にこだわる人なら、ソフトカバーの新訂版よりも、箔打ち・布装・函入りのオリジナル版をおすすめする。

2014年9月11日木曜日

柳宗悦『柳宗悦コレクション2 もの』

柳宗悦(2011)『柳宗悦コレクション2 もの』筑摩書房


読んだのはもう2か月くらい前、7月はじめのことだが、書き留めておかないとやはり記憶の中に埋没してしまうし、おすすめの本でもあるので、簡単に書いておく。

ごく最近に出た、柳宗悦の論考集3冊シリーズのうちの1つだ。柳宗悦の著作は膨大で、有名なものならば文庫で簡単に読むことができるが、その他の文章は大きな図書館で全集に当たるか、古本屋を探さねばならない。本書に収められた34の文章のうちには、他の文庫では読むことができないものが多い。

内容の多くはさすがに記憶が薄れてしまっているが、ひとつ今でも覚えているものがある。読んだときは、柳宗悦がまさしく私の考えていたことを代弁してくれたことに嬉しくなり、そしてまた自信を得た。「『見ること』と『知ること』」というタイトルで、本書で10ページ程度の小編だ。

いくら知識を得て、言葉を尽くして書き表わしても、直感で見ない限りは、美の本質には迫れないという話。

美は一種の神秘であるとも云える。だから之を充分に知で説き尽くすことは出来ないのであろう。(280ページ) 
一枚の絵の解説を、かかる美学者や美術史家が書くとしよう。若し彼が直観の人でなかったとすると、直ちに彼の解説に一つの顕著な傾向が現れてくる。第一彼は彼の前にある一幅の絵を必ず或る画系に入れて解説する。或る流派の作に納めないと、彼は不安なのである。絵はきれいに説明のつくものでなければならない。(中略)彼の文章はここでいつも或る特色を帯びる。例外なく私達が逢着する事柄は、彼がその絵の美しさを現すために、如何に形容詞に苦心するかにある。言葉は屡々大げさであり、又字句は異常であり珍奇でさえある。而もその言葉数が極めて多量である。彼は形容詞の堆積なくして美を暗示することができない。(281-2ページ)

難しいことではない。別に美学者や美術史家でなくとも、何か抜群に美しいものに出会ったとき、もしくは素晴らしい文章に出会ったときでもいい、それがどんな言葉の表現も適切でないと感じた経験は、誰しも持つのではないだろうか。どんな形容詞もぴったり来ず、どんな美辞麗句を連ねても自分の中の感動を完璧に言い表すことはできないというもどかしい経験だ。

そういう目が醒めるような感動は、私は1年のうちにも片手で数えるくらいしかないが、ブログでそれを書かなければならないときは、大変である。類義語辞典も引きながら何とか書き出してみるが、それは私の感情を完璧には表現しきれない。今では受け入れているが、以前は、言葉で表せないものはこの世にあるのだということに戸惑った。

言語は万能ではないのかと、悲しくなったときもあった。もちろん私が文才に恵まれていないこともある。どうせ不完全なのだ、と諦めて、あるところで妥協するしかない。無理をして難しい言葉を並べると、かえって自分の言い表したいことから離れていく気がするので、むしろ「感動した」とか「素晴らしい」とかいう陳腐で応用範囲の広い言葉で済ませて、あとは読者の想像にお任せすることもある。

柳宗悦の言葉に後押しされて、もう美を無理やり理性で完璧に解釈しなくてもいいと思っている。しないとは言わない。言葉にしなければならないときは、できないなりにベストを尽くすまでなのだ。

2014年9月10日水曜日

日本と中国、日常の書字の違い

荒川清秀(2014)『中国語を歩く―辞書と街角の考現学<パート2>』東方書店


これは大学図書館の新着図書の棚で見つけた本だ。

愛知大学教授にして、NHK「テレビで中国語」の元講師である著者の、主に中国語の語彙論に関する著作だ。中国で「水」を下さいというとお湯が出てくる、「通路側の席」の中国語は何というのか、簡体字「宫」の口と口の間に点がない理由、など、身近なところから日中の漢字、漢語の違いを取り扱う。著者の、複数の漢語辞典を徹底して調べる姿勢と、認知言語学などへの深い造詣がにじみ出ており、学術的にも信頼の置ける内容である。

だが私は本書の本筋と関係がないあるところが深く印象に残った。日中の書字に関する教育の違いについて、ほんの少しだけ触れていた。私の備忘録も兼ねて、以下ではそのことを書き留めておこうと思う。下は、著者が中国からの研修生の李さんから聞いた話である。

 李さんの話で、もう一つ我彼の違いを考えさせられたのは、
 (2)中国人は小学校高学年になると「行書」を書く練習をする
という点だ。「行書」は、「草書」ではくずれすぎ、「楷書」ではきちんとしすぎという、その中間をとった字体で、楷書よりも早く〔ママ〕書ける。なにより、かれらは行書に大人の字体を見ているのである。だから、李さんは最初、日本人の大人の字を見て「子どもっぽい」と思ったそうだ。わたしたちは学校教育では楷書を習うだけで、書道塾に通わない限り行書などとは縁が遠い。だから、日本人の大人はほとんど楷書、あるいはそれをいくぶん自己流に崩した字体しか書けない。(14ページ)

日本人、少なくとも私と同年代以下の世代、そして私よりある程度年齢が上の方も少なからず、その書く字は、楷書に偏っていると思う。一画一画を大事にしようと考えるのだろう。筆画の省略や連続があまりない。普段の硬筆の文字で、上手な楷書を書く人はいても、それなりの行書を書く人となると、私はめったに見ない。まれにいても、50代、60代だったりするので、若い人ではとても少ない。

たしかに書写や書道の授業で、毛筆で(場合によっては硬筆でも)行書をやるが、あくまで楷書が主である上にコマ数は少ないので、全然身につかない。漢字テストは楷書で書かなければいけないという習慣も影響しているのだろう。結果、速書きしたいときにも筆画と筆画をつなげない。私の経験上、楷書的な字しか書けない人は少なくない。もしくは、独自の崩し方をしたり、不自然なバランスで書いたりする人もいる。下の写真の「語 年 里 ます」は、左側が筆画をつなげない字の例で、とげとげしい印象だ。右側は、行書の一例である。


学校の教育現場でも、読めるように書くようにとか、濃く書くようにとは言われても、書体や、字形のバランスについてとやかく言われることはほとんどない。文字は読めればいいのだという向きが多いのだろう(写真の左の「憩」は実際に見た例。)

それに対して中国では、書字の速さと美しさがかなり重要視されているようなのだ。小学校高学年になると行書を学ばされるらしい。確かに、中国人の筆跡を見ると、全員が全員きれいな行書を書くとは言わないまでも、若い日本人によくあるような楷書を書く人はいない。筆画の省略や連続が自然に起こっている。書道をやる者からすると。少し羨ましい状況だ。

たかが書体の問題に貴重な教育時間を割くことはできないと、実利的に考える人は多いと思う。たしかにそうかもしれないが、行書はもともと隷書という書体をもっと速く書きたいという必要に迫られて生まれた書体である。(行書は楷書をくずしたものではない!)要するに行書は速書きに適しているのである。非効率的な、筆脈の感じられない楷書より、行書の実用性がもっと認知されてしかるべきだと思うのだが。

2014年9月8日月曜日

柳田國男「遠野物語」など

柳田國男(1973)『遠野物語』新潮文庫


先日は宮本常一を読んだが(7月27日の記事)、民俗学ならば柳田國男の「遠野物語」を読まずにはいられないだろう。

そのときの記事で、文語体の「遠野物語」より宮本常一の方がおすすめだと書いてしまったことを、まずお詫び申し上げたい。実はそのとき、「遠野物語」を読んだことがなく、文体だけを見て勝手に比較してしまったのである。一応情報を発信する者として、読んでくださる方に対して大変恥ずかしいことをしてしまった。そして何より柳田國男に対してもまことに礼を失した発言であったと、読み始めて後悔した。

それほどに面白かったのである。全く、「面白い」以外の形容詞がすぐに飛び出てこないのが悲しい。しかし、読み始めてすぐ、近くにいたバイトの知り合いの方に「遠野物語面白いです」と声に出して言ってしまうほどに興奮したのである。

私にとって「面白い」本というのは、基本的に、学術的であれ啓蒙的であれ何であれ、知ることが多いものである。つまり「遠野物語」は、私にとって新たに知ることが満載だったのである。

岩手県遠野地方に言い伝えられる河童や神隠し、山女、今も続く民間信仰、年中行事などが、1つ数行で語られる。それが100あまり集められている。人々の口伝いに受け継がれ、今までまともに取り上げられることのなかった精神世界。科学が発達する以前の、人知の及ばない存在を本気で信じる世界は、20世紀の、それに日本での記録だとしても、現代の私達からすればまったく異質の文化だと感じた。いかに近代化が急速に進んだかがよく分かる。もちろん遠野が特別なのではなく、さらに遡れば日本全体に同様の民俗があったのである。

侮蔑的に聞こえてしまうかもしれないが、そうした前近代の精神世界は、無知蒙昧の世界と言える。科学の普及する前の、知識の欠如という意味での「無知」、超自然的な、一般の人間の知り得ない何かが、どこかに潜んでいるという意味での「蒙昧」である。すべての現象がすっきり説明されることのない、曖昧な、暗い部分が残ってしまう世界である。それが、柳田國男の鮮やかな、飾らない文章から、生々しく伝わってくる。

文語文ではあるが、極めて平易な文語文である。文語というと、「源氏物語」のような古典文学を想像してしまうが、ややこしい助動詞の解読もないし、主語の省略とかもない。高校の古典の基礎をしっかり押さえてあれば、問題なく読めるものである。私は現代日本語を読むのと大差ない速さで読めると思った。いやむしろ現代語より簡潔に表されているとさえ言えるかもしれない。「・・・したのだ」、「・・・てしまった」、「していた」などは、「き」、「せり」などと書けば足りてしまうのだから。

8月初旬に読む。「遠野物語」の他に「草の名と子供」、「木綿以前の事」、「酒の飲みようの変遷」も併せて読んだ。また「遠野物語拾遺」は、現代語である点が違うだけで、正編よりも増量しているので、「遠野物語」だけで物足りなければ是非おすすめする。

2014年8月14日木曜日

ラブレー『ガルガンチュア』 再訪

2010年の初め、高2の冬に半分だけ読んでそのままだった『ガルガンチュア』を読み直した。16世紀にフランスで刊行された物語で、高校の世界史の授業でも名前だけ出てくる。

夏休みで時間もあるし、読み終えてしまおうと思ってまた手に取った。遠い昔の異国のお話だが、『ガルガンチュア』の(宮下志朗訳の)文体はやはり魅力満点である。

フランソワ・ラブレー(宮下志朗訳)(2005)『ガルガンチュア』筑摩書房


私はフランス古典文学と聞くだけで、背筋が伸びる思いがする。堅くて難しくて厳めしそうである。でもこの話は、肩肘張らずに読むことができてお気楽な感じである。

本編は、巨人ガルガンチュアの生まれの由来に始まり、強健博学なる青年に成長し戦で手柄を立てるまでの半生を描いている。なにせ一々の出来事が桁違いにオーバーで、茶目っ気たっぷりで、時々お下品で、まったくもって気分爽快である。馬の尿で洪水が起こって大勢の兵士が溺死したとか。もう荒唐無稽のハチャメチャである。そこがいい。

でも、大枠での話の筋は通っていて抜かりない。東洋の古典にありがちな理論の矛盾や飛躍もなく、話が脱線してそのままになってしまったり、登場人物や出来事が忘れ去られたままになってしまうことも基本的にない。そこはさすがのヨーロッパ、か、理性が感じられて、安心して読める。

もちろん、ラブレーも好き勝手に滅茶苦茶を書いているのではない。腐敗した神学や宗教的権威への皮肉が、本書のテーマであることも書き添えておく。

だが何よりも、邦訳が大変に愉快だ。原文がそうなのかもしれないが、とても親しみやすい文体で、難しそうなフランス古典文学だが、するすると読めてしまう。文章と内容とがとてもマッチしていて、ときどき吹き出すほどである。そもそもこの文体なしには、読破できなかっただろう。

厚めの文庫である。高校の時にはちまちまと牛の歩みでも読み切れなかったが、今回は最初から読み始めて2、3日で読めてしまった。読むのがまあまあ速い人なら1日で楽に読める。

2014年8月2日土曜日

水野恵『日本篆刻物語』

前々回の記事で、最近素晴らしい文章に3つ連続で出会ったと書いた。『民芸の心』、『宮本常一』に続けて、もう1冊は篆刻(てんこく)という分野の本である。

水野恵(2002)『日本篆刻物語』芸艸堂


大げさを承知で言うと、この本で私の篆刻、ひいては芸術、伝統文化に対する価値観が大きく変わった。陳腐なただの解説書のように見えて、期待を大きく上回った。えらいものに出会ってしまった。

ちなみに、篆刻というのは「印章を彫る事を言います」(3ページ)。印章は、書画の落款印はもちろん、実用の認印・実印・ゴム印までを含む。材質も、石、竹、木、陶器、金属、水晶、ゴムなど様々だ。文字を彫ることもあれば、絵を彫ることもある。だが、篆刻というと最も一般には、石の印材に篆書を彫ることを指す。

篆刻というのは、千数百年前に中国から伝わってきたものなので、本家は中国である。現代の日本の篆刻家は、こぞって中国の篆刻の勉強をしているといってよい。先人の作った名印を鑑賞し、歴史や技術等の学問をし、中国の篆刻の趣を吸収しようと切磋琢磨するのが、近代日本の篆刻の姿である。

したがって日本の古印は所詮中国の亜流であって、見るものは少ないという前提が出来上がっているように思われる。日本流の篆刻は用管窺天、中国のの勉強をしてなんぼ、というのが篆刻の世界では常識であって、私もそれが当然だと思っていた。

だが、まえがきの最初のたった2ページで、その常識が揺らいだ。ガツンと鉄拳制裁を食らったようだった。(著者は本書を通して京言葉で書いている。)

日本の篆刻の古伝道統の本筋をはじめとするいろんな系列が、まるでボクの位置が扇の要であるかのように集ってるのどす。過去の名人芸がどうやって実現したのか、その神業を会得する修行の方法を学ぶのに、こんな結構な座標はおへんやろ。(3ページ) 

日本古来の篆刻の要に位置するようなエラい篆刻家なら、いかな素人の私でも名前くらい聞いたことがあると思うのだが、著者の水野恵という方、手許にある芸術新聞社編『現代日本篆刻名家100人印集』 にも、飯島春敬編『書道辞典』にも出ていない。篆刻(また書道)の世界で有名になるには、全国レベルの有名公募展で賞を取らなければならない。表には出てこないだけで、京都にそんなすごい方がいらっしゃるのか。一体何者なのだ? 伝統を一手に引き継ぐほどの人物なら、とっくに世に知られていてもいいはずだが。これは読み進めるうちに判明する。

そしてもう1点。

なるほど篆刻は中国が本家、日本は分家どす。そやさかい、ボクが修行してきた篆刻の練習過程にも、中国のもんを学ぶ部分はたんとおした。今も学んでるつもりどす。
 けれど、日本が篆刻の分家を樹ててから、もう千何百年かが経ってまっせ。これだけ永い歴史があったら分家は分家なりの、本家とは違う篆刻文化、篆刻芸術を、ちゃんと打ち樹ててます。(3~4ページ)

日本にも誇るべき篆刻の伝統がある、とは、今述べた私の固定観念を正反対に覆す。いや、おそらく日本の書道界を引っ張っているような大御所たちの多くの常識とも対立するような物言いである。日本の篆刻とは何なのか。中国のそれとの違いは何なのだろうか。知りたいことだらけだ。

本書を通じ、印章とは何か、篆刻の歴史、日本の篆刻、京都の篆刻文化、水野家の伝統、いい印のための技術や美学等、多くのことを知ることができ、多くの思い込みを改めた。

最近、篆刻をたしなむ人は少なくない。時間とお金に余裕のある人は、公募展審査員級の有名な先生方に高い月謝を払って、一生懸命になって中国の篆刻を勉強する。そうして中国流の篆刻が引き継がれていく。

日本の篆刻を誇るか、中国の篆刻に範を求めるか、私はそれは好みの問題であるように思う。しかし、印影(印を捺した姿)さえよければ万事よいという風潮はないか。例えて言うならば、紙を漉くには、あの漉きの行程だけでなく、繊維を煮やし、叩解し、黒い樹皮を取り除くなどの数多くの過程がある。捺して見せるだけが果たして篆刻であろうか。一流の技術と、知識と、利き目を持った篆刻家は果たして日本に何人いるだろうか。たしなむ人は増えても、日本の本物の篆刻文化は永遠に消えて戻らないのではないかと危惧する。

2014年7月27日日曜日

ちくま日本文学『宮本常一』

前回の『民芸の心』に続き、最近出会った文章を紹介。

宮本常一(2008)『宮本常一 ちくま日本文学022』筑摩書房


なるほど民俗学は面白い。

宮本常一(1907-1981)は、全国の農村、漁村をくまなく渡り歩き、その地の歴史、芸能、農業漁業、昔話などを調査して回った。『遠野物語』で有名な柳田國男と並んで、その後の民俗学の礎を築いた。

本書は「ちくま日本文学」のシリーズの一つだが、収録の文章はどれも宮本が全国を回って集めた実録である。しかし、読んでいてすっと染み込む文章は、彼の一方ならぬ文学的素養を感じさせる。人々の民俗の実際の記録であるにもかかわらず、これもまた『民芸の心』と同じく、豊かな物語であるのだ。

私のように、近代以前の日本の姿を知りたいという方、舗装された道路はおろか時計もない頃の日本を知りたいという方には、文語体の『遠野物語』より、宮本常一をまずおすすめしたい。

13ある文章の中でも私が特に印象に残ったのは、「対馬にて」、「女の世間」、「すばらしい食べ方」、「子供の世界」だ。長旅も容易ではなかった昭和中頃までの時代、僻地の人々は、狭い世界に閉じ込められながらも、その生活のあらゆる側面が有機的に結びついていた。

今の時代が別に有機的でないと言いたいわけではない。でも一昔前に比べて、生活のサイクルは崩れていると言ってよいし、人と人との紐帯の強さは確実に弱まっている。一つ例を挙げる。

今はちょうど夏祭りの時期である。夏祭りの定番といえば、盆踊りであるが、数十年より以前と現在とでは盆踊りの性格は随分と違う。現代の盆踊りといえば、宗教的意味はほとんどなく、大方のところアミューズメントである。踊りたい人が踊りに行けばいいのであって、結果、私のように地元の盆踊りを踊れない人も普通である。

しかし、共同体の紐帯がずっと強かった時代、盆踊りは集落を挙げてのハレ舞台だった。そこで踊るのは1年のうちでも数少ない娯楽であって、子供は大人の踊るのを真似ることで、伝統を受け継いでいった。だから誰でも歌や踊りの一つはできたのである。調査先で見せてもらった60すぎの老婆たちの歌について、こう書いている。

腰を浮かし、膝で立って、上半身だけの所作が見ていてもシンから美しい。これがただの農家のばァさんとはどうしても思えない。(p. 35)

昭和26年の対馬の田舎での出来事だ。何百年という伝統が、まだ生き生きと行われていた地域がこの時代は多かったのである。

湯浅八郎『民芸の心』

7月に入って、心揺さぶる文章に立て続けに3つ出会った。一つずつ手短かに紹介させて頂きたい。

読み終わった順に、一つは民藝、一つは宮本常一、もう一つは篆刻(てんこく)である。3つ並べてみて、自分でも意味の分からない(そして皆さんがおそらく思われるように、古臭い)ラインナップだと思うが、本質のメッセージはいずれも多かれ少なかれ普遍性を持っていたような気がするので、どうか笑わないでいただきたいのである。

まずは、湯浅八郎述・田中文雄編(1978)『民芸の心』だ。

これは、湯浅八郎、ICU初代学長が1978年に行った特別講義「民芸の心」の講義録である。ICU生でも特に最近の人は多くが知らないと思うが、湯浅元学長は民藝の一大蒐集家であった。その5200点あまりに及ぶコレクションは、今はキャンパス内にひっそりとたたずむあの湯浅八郎記念館に収められている。この講義は、湯浅元学長の米寿の年、1978年の5月に、6日間だけ行われた。

民藝というと、骨董趣味といっしょくたに捉えられてしまいがちだが、ウン百万円の壷とか、ウン百年前の書画軸とかいうのと民藝とを、まぜこぜにしてはいけない。前者は、個人の芸術家が、美しさを目的として創作したもので、一点物で、庶民には手が届かず、実用からも遠い。対して民藝は、無名の工人が多量に作った、一般民衆の普段使いの品々のことである。焼き物、着物、漆器、木工、竹工などなど、そもそも美醜の意識なんぞ微塵もなかったものばかりである。

民藝は、大正末から昭和初期にかかて柳宗悦らにより提案され、理論付けがなされた。(柳は「民芸」ではなく「民藝」の字を使ったので、ここではそれに倣っている。)日用の器物に美を見出した「用と美」の思想は、それまでの美術とは全く別個の美の世界である。

その民藝の美は、物がなければ始まらない。民藝はその性質上、具体的な物を見て、触れて、使って、初めてその美しさや、手仕事の確かさに感動できるのであり、それを残していこうという動きにつながる。民藝はあくまで有形物にこだわるのである。

そこへ来て、愛とか平和とか、哲学とか宗教とか、形のないものこそ正道にして第一義であり、対して具体物は、物欲を掻き立てる、邪道にして第二義的なり、というヒエラルキーがあるものだから、私は、そこが民藝運動の高尚なる美学たりえない所以なのだと思う。

しかし、湯浅元学長の「民芸の心」が新しく、そして魅力的なのは、民藝を、単なる物の世界に留めるのではなく、そこからICU生の、ひいては人間としての、あらまほしき精神を汲み取り、聞き手に考えを促しているところなのである。

なぜ私がこの民芸の講座を「民芸の講義」とせず「民芸の心」としたかというと、民芸という物の世界と、これを受け止める心の世界のつながりにおいて、私達お互いが人間らしい成長をしたいと願ったからです。さらに一歩進んで人間らしく進んで行きたいという、本当の意味で、ICUに学ぶ意味をもう一度皆さんに考えて頂きたい。そういう念願をもってこの講座をやろうとしているわけなんです。(pp. 12-13)

民藝に興味がない方でも、特にICU生は、第1日目だけは是非読んで頂きたい。第1日目は民藝に関することはほとんど出て来ず、ICUの建学の理念、湯浅元学長のアメリカ留学の経験やICU学長になるまでの経緯、そしてICU生へのメッセージが詰まっている。ICUで学ぶとは一体どういうことか、なんとなくだけれども、反省させられた。

そして何より、文章に心に染み渡った。前々回の記事で、雄弁な日本人は少ないと書いたばかりだけれども、この湯浅元学長の講義は、ちょっと考えられないほどに感動的で濃厚で緻密である。もちろん書き起こしの段階でいくらかの編集はあったに違いないが、これはもはや話し言葉ではなく、一個の著作である。その場で講義を聞けなかったことが何よりも残念だと、読みながら何度思ったことか。

本書は市販されていないが、湯浅八郎記念館で買うこともできる。本文66ページ。

2014年7月24日木曜日

大雨の痕跡

7月22日、大学で見つけた。

おそらくその2日前、20日の夜に降った雷雨でできたのだろう。

大学は夏休みなので、蹴散らされたり片付けられたりすることもない。



2014年7月20日日曜日

演説の力 雄弁の力(英語・動画)

僕は話が下手くそだ。

頭のなかで即座に文章を組み立てることができない。短い言葉を交わす気軽なおしゃべりなら、ぎこちなさは少ない。しかし、少し改まった、まとまった話になると、途端にできなくなってしまう。

人前では見た目堂々と振る舞える方だと思っているが、人前でスピーチをしたり、難しい質問に答えたり、また人を説得したり、人を慰めたりするのに、大変な労力を感じる。機会は少ないが、乾杯の音頭とかも、しどろもどろになる。考えこんで一瞬固まってしまうことがあるが、その間は僕からすると気持ちのいいものではないし、考え込んだ結果大していいことが言えなかった場合、更にへこむ。

それに加えて、滑舌がひどく悪い。

いつもではないが、言いたいことが先走って、言葉が舌先で玉突き事故を起こす。結果、グチャグチャ、ボソボソとした発話になる。

特に、相手が目上の人であるほど滑舌が悪くなる。一度、ある企業の採用面接で緊張して、「よろしくお願いします」が、表記不可能のぐしゃぐしゃした摩擦音の連続にしかならず、その後しばらくの間ひどい自己嫌悪に陥ったことがある。目上の人と話すときの滑舌の悪さは、ここ最近悪化している気がしなくもない。

僕は個別指導塾で小中学生を教えている。小学生にはゆっくり話しかけるよう心がけているので、ほとんど問題はないが、中学生、特に理解の速い子には、つい早口で喋ってしまうことが少なくない。早口でも流暢ならいいのだが、僕の早口は音声の玉突き事故だ。なるべくゆっくりと、そして抑揚をつけて話すことを心がけている。

前置きが長くなってしまった。

話が上手くなりたいというのは、私の常日頃の目標である。話の下手さにコンプレックスを持っている分、僕は弁の立つ人に憧れる。

雄弁は大きな力を持っている。人を感動させ、安心させ、奮い立たせるのはやはり人の言葉ではないか。書かれた言葉も確かに人を動かすが、リアルタイムで発せられた言葉には、その人の直接の感情がこもる。書かれた言葉は、気づかれない限り誰にも訴えかけることはないが、話される言葉には、人は自然と耳を傾ける。

ということで、以下に私が心震わされたスピーチからいくつかを紹介したいのである。内容こそ異なれ、最も人を動かすのは詮ずるところ雄弁なる演説であると思うのだ。

3つとも英語で申し訳ない。排除したつもりはないのだが、日本人による演説で私が感動したものはすごく少ない。(僕も含め、日本人は総じてあんまりしゃべりなさすぎると思う。)欧米では、古代ギリシャの弁論術の伝統が脈々と続いているのだろうか。

「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは」・・・、歌でもあるが言葉でもある。


有名なスティーブ・ジョブズの式辞。


trophic cascade(栄養の滝)と呼ばれる現象は、生態学上における重要な発見であった。

顔を上げて。

2014年7月15日火曜日

手書きすることは脳にいい・・・らしいぞ(英語)

書道をたしなむ者として、私は手書きの文字には人よりも身近に感じている。キーボードを打つより、手書きしたほうが脳にいいっぽい、という記事を見つけたので、紹介する。

What's Lost as Handwriting Fades - The New York Times (June 2)
「手書きの衰退で失われるもの」

Why you should take notes by hand — not on a laptop - Vox (June 4)
「学生よ、PCではなく手書きでノートをとれ」

私は、長めでかっちりした文章を打つときは、その前に手書きで下書きをすることが多い。特にブログでは、この記事は本腰据えて書こう、と思う記事は、私はまず裏紙にボールペンで下書きをする。猛烈に。下書きは骨組みで、肉付けは打ち込みながらするので、とりあえず一心不乱に書きなぐる。だから、もう人には見せられないくらいぐちゃぐちゃで、文としても破綻していることも多い。でもこの過程があるかないかで大きく違う。

主観だが、下書きをしたほうが話に芯ができる。手書きのときとタイプのときとで、合わせて2回文章を練ることができるという点が大きい。紙にとりあえず言いたいことを全部吐き出して、打ち込みながら再構成できるというのは、効率もいいし、書いた後の満足度も高い。直接打つと、行き当たりばったりでうまく文章をまとめられない。

タイプだと、タイプミス変換ミスが時間を食ったり、オンライン辞書をつい引いてしまったり、リンクを張るのはおろか括弧を打つのさえ面倒くさかったり、Facebookが気になってしまったり・・・、気が散って仕方がないのだ。タイプしているうちに、言いたいことを思いついても忘れてしまうことが多い。手書きはタイプより少し遅いが、集中できるので、書こうと思ったことを忘れて、もどかしい思いをすることはあまり無い。

ちなみに前回の「書道八段」の記事は下書きをしている。本記事は、下書きと直打ちが半々だ。どこが下書きをしたところか、分かったら教えてください。

以上は手書きにちなんだ私の経験だが、上記記事は何も下書きのしかたなどについて書いているのではない。書道にも関係ない。

1つ目のNYTimesの記事は、タイトルが少々アジっている[1]が、主に認知心理学的、脳神経学的な話。ある研究で子供に手書きをさせたところ、なぞり書きやタイプ入力をしたときには見られないような神経回路の活性化があったのだとか。他の研究では、手書きで作文をするよう指示された子供の方が、長く速く文章を書けたという。

2つ目の記事は、ノートの取り方について。キーボード入力より手書きのほうがいいのは、パソコンには誘惑が多いというだけではなく、聞いたそばから頭を使わずに打ち込んでしてしまうから、という理由もあるらしい。手書きだと筆記の量は自ずと限られるが、その分何が重要なのかを取捨選択しながらノートをとる。つまり思考しながら講義を聞くことになるので、結局テストではいい成績を修められるのだそうだ。

どちらの記事も、同じ論文(Mueller & Oppenheimer 2014)を引用していた。

この論文がたまたまメディアの目を引いただけで、他にも同様の研究の蓄積があるようだから、私のような門外漢が判断を急いではいけないだろう。だけどもはっきり言って、手書きをしたら脳のココとココが活性化しましたって言われても、「だから何なの?」て思う。私は脳科学はまだ発展途上の学問だと思っているので、脳のここが明るくなりました、みたいな話にはどうしても胡散臭さを感じてしまう。活性化したからといって手書きの方が優れていると言えるのか。一般向けの記事にするなら、そこを少し突いたほうがいいんじゃないのかな。

後者の記事に関して言えば、テストで良い点をとることがノートの唯一の目的ではないことも承知すべきだ。パソコンでノートをとれば、後で検索ができる、編集が簡単、ペーパーレスになる等の利点が多い。目的に合わせてノートの取り方を変えれば良いのだと思う。

内容はどうであれ、記事の書き手も読み手も、そして研究者も、手書きのプロセスはタイプに勝るよね、という経験則をどうにか裏付けたいのだ。私もそれに賛成だ。

[1]アジる=アジテーション。煽動的。

2014年7月13日日曜日

「書道八段」は大した称号じゃない

自分では当たり前だと思っていることは時として、他人にとっての当たり前ではない。

習字の段級に対する認識の違いは、そのいい例である。習字の七段とか八段とか師範とかを持っていると、一般に「すごく出来る人」だと思われる。ところが、剣道八段などに比べたら、レベルははるかに低い。

大学生になって自己紹介をする機会が増え、私のかつての習字の段位について同じことを5度も6度も言ってきたので、何かの参考になればと、書き留めておく。

2012年7月の記事より

私は小学1年から習字をやっていた。小、中と9年間続けたが、高校1年の半ばになって、高校と塾が正反対の方向になり、時間的に両立が難しくなってやめた。というよりも実は、高校で書道部に入り、書道というものを知ってから、これ以上習字塾に通い続けても得るものは少ないと思ったのもある。(習字と書道との違いは書くと長くなるので、またの機会に。)

習字塾では、最終的に一番高くて準八段か八段を取った気がする。詳しくは忘れたが、高校生になると一般の部扱いになるので中学までの段位はリセットされて、何級からスタートするというシステムがあったから、八段は最終的な段位ではない。

思い返してみると、私は高校大学と、自ら八段を持っていましたと言ったり書いたりした記憶がない。言う資格がないと思っていたのである。

ところが、小1から習字をやっていましたと言うと、段とかどうだったんですか、と聞かれることが少なくないので、一応八段だった気がします、と答える。すると相手は「へえ」とか「おー」とか感心してくれる。なのでここ1、2年は、私は必ずこう続けることにしている。

実際のところ段は実力をあまり反映してないです。半ば自動的に段が上がっていくので、少しうまく書ければ昇段はけっこう簡単なんです、と。

実際そうなのである。私は長野県内のまあまあ大きい某会に所属していたが、昇段のシステムは全くわからなかった。もちろん小中学生のころの私は、右も左もわからずにただ漫然と字を書いていただけなので、昇段の仕組みなんぞに興味を持つわけはなかった。私の記憶が正しければ、1年に2回くらい、昇段試験がありますからこれこれを書きましょうと先生が指示するので、お手本をそれなりに頑張って書いて提出した。何週間かして、気づけば昇級していた、という具合だったのである。

9年強の間習字を習って、学校の書写の授業で褒められるくらいの筆の動かし方は身についたかもしれない。しかし段に見合うだけの実力は、はっきり言ってなかった。上達したという感覚は、ほとんど持ったことはなかった。非常に浅い学びだったのである。高校の書道部に入り、塾をやめて、少し世間が見えるようになって、初めてそのことがわかってきた。

以後私は、かつて習字で何段を持っていました、と言うことは意味が無いと思ってきた。

去年臨書した孫過庭「書譜」

書道の昇段の基準は、そもそも全国で統一されたものがない。その上、字のうまさはどうしても主観だから、将棋のように、何勝すれば五段、みたいな規定が作りにくい。昇段はよく分からぬブラックボックスで、団体によって基準はバラバラ。小中でコツコツ続けていれば、八段は意外と簡単にとれてしまうのである。

一方、剣道、柔道、将棋などの段級位は、全国統一の基準があり、同じ八段でも、難易度は桁違いに高い。剣道八段の合格率は1%にも満たないし、柔道では初段で既に黒帯である。

習字の八段は、大した称号ではない。だから自慢するほどのものではないのである。有名人が「書道八段」とか「師範」とか言っているのも、私は評価していない。彼らのやっていた「書道」は、往々にして先生のお手本を真似することであって、決して芸術としての書道ではない。

柔道はヤワラちゃんみたいに四段でもオリンピックに出られるが、「書道八段」だけでは、毎日書道展や読売書法展、日展のような全国レベルの公募展はおろか、まじめに書道をやっている高校生にも及ばないと私は信じる。そういう実情なのである。

2014年6月29日日曜日

僕がICU図書館の選書権をもらったら入れたい本4冊

ICUの図書館(@ICU_lib)はつい先日、「誰も借りてくれない本フェア」がNHKや朝日新聞をはじめ各種メディアに取り上げられ、話題になった。起爆剤となった件のツイートは、現在19,000リツイートを超えている。だが、その「フェア」のすぐ脇で、これまた面白い展示を行っていたことを知っている人は、あまり多くないと思う。

「スカベンジャー・ハント」という、「調べ物競争(?)」が2年前から行われている。参加者は個人またはグループで、ICU図書館にまつわる超マニアックなクイズを20問解く。問題の中には、図書館の隅の隅にしまわれた資料をひっくり返して調べないと分からないようなものも少なくない。最も多く正解した参加者は、図書館に自分の好きな本を入れていい権利(選書権)を5万円分もらえる。2位の人は3万円分、3位の人は2万円分の選書権をもらえる。

3回目となる「スカベンジャー・ハント2014」の入賞者の選んだ36冊の本が、入賞者手作りのポップ付きで、7日間だけ展示されていたのである。

選ばれた本は、ICUのブクログアカウントの「スカベンジャー・ハント2014」のカテゴリから見ることができる。

このイベント、楽しそうだとずっと思っていて、私は、入賞されたみなさんのセレクションをとても楽しく眺めた。本そのものは、私の専門外のものばかりだったので、内容にそれほど興味を持ったわけではない。じゃあ何が面白かったかって、「あるマニアな学術分野に並々ならぬ探究心を持っていて、◯◯を知りたい!という熱意に突き動かされている同世代の選ぶ書物」というのが、それはもう「そそる」のである。何て言ったらいいのか。そういう方も、そういう方に選ばれた本も、すごくカッコよくないか。

ある分野を追求している人が欲しがるような本は、きっと一流に違いない。彼らの世界が、自分の世界の中に容赦なく入り込んでくる。入賞者のインタビューは、学内の人しか見られないようになっているので詳しくは書けないが、例えば「明治期の大外交官某の大ファンだから、あの本を入れたい」とか、「微積ができないと理解不能な、480ドルくらいのあの分子料理の本を入れたい」だとか、大体こんな調子なのである。それを読んで私は、まず、そんな目が回るようなマニア(しかも多くは後輩!)がICUにいることに感激し、次に、みなさんのぶっ飛んだ関心におったまげる。そういうエクスタシー。

私のこの快楽、分かっていただける人いるかな。

彼らの強すぎる知識欲に共感できるのも、私もマニアの端くれだからかもしれない。私はたぶん書道狂いである。関心の対象は中国や日本の書だけにとどまらない。文字を美しく書いたもの一般が好きなので、浄瑠璃の床本の勘亭流や、アラビア書道や、中世ヨーロッパの手書き写本の文字まで範疇に収める。本は、小説とかを買うことは皆無で、書に関する解説書・図録・字典類ばかりを買いまくっている。

さて、「スカベンジャー・ハント」の展示を見たら、仮に私も選書権をもらったとして、ICU図書館に入れたい本を自分なりに選んで紹介してみたくなった。人の欲しがる本を知るワクワクを味わわせてもらったので、今度は私が発信したいと思ったわけだ。本には別に興味を持っていただかなくてもよい。「よく分からないけど、物好きがいるんだナァ」と思っていただければ十分である。本質は、知を愛するかどうかだ。(・`ω´・ ●)キリッ

入れたい本は、書に限定せず探したのだが、結局すべて書や文字に関係してしまっている。言語学専攻だから、言語学の本も入れなければと、探したのだが、ICU、言語学の本はすごく充実しているんだよな。最新の学術書の事情も、あいにく不真面目にしてよく知らない。

選書の基準は、(1)個人で買うには高くて、(2)私個人だけではなく多くのICU生にとって有益であると思われるものを選んだ。値段はamazon.co.jpまたはamazon.comの新品のもの、『日本書流全史』は絶版のため他サイトの中古の最安値を載せている(2014年6月29日現在)。値段の合計は考慮していない(優に5万円を超えている)。

African Alphabets
Saki Mafundikwa(2006)364ドル


アフリカ独自の文字といえばリベリアのヴァイ文字やエチオピアのゲエズ文字くらいしかないと思っていたら、AdinkraとかShü-momとかいう、大変興味深い記号や文字もある(あった)のだそうだ。これは日本で手に入る本ではなかなか知ることができない。文字好きにはもちろん、アフリカの文化や民俗に関心のある生徒は必見だ。

本書は、著者によるTEDのこのトークで知った。しかしこの本、そんなに大型じゃないのに、高すぎる。

アラビア書道の宇宙―本田孝一作品集―
本田孝一(2006)10,584円
アラビア書道の宇宙―本田孝一作品集 [大型本] / 本田 孝一 (著); 白水社 (刊)

本田孝一は日本アラビア書道協会会長。日本のアラビア書道の第一人者である。本田氏は、ICUのご近所、東京外国語大学の卒業であるためか、外大図書館には本書がある。私も外大でこれを借りて眺めたが、カラーの大型本で大変美しい。本田氏の現地での修行の回想録や、アラビア書道の書体や歴史、用具についての解説もあり、読み応えもある。

Chinese Calligraphy
Yujiro Nakata(中田勇次郎)(1983)93ドル


書道部にたまに見学に来る留学生に見せてあげられるような、日本または中国の書に関する英語の解説書があればいいのにとつくづく思っている。だが残念ながら、少なくともICU図書館には、おすすめするものはほとんど無いのである。書き手はふつう書道に詳しくないから、内容が薄っぺらかったり、とんでもないことが書いてあったり、特にうまくもない書(家)をフィーチャーしたりしているがほとんどだ。(挙げ句の果てには、図版を逆さまに載せていた本もある!)英語と書、ともに一流の日本人や中国人が書くのが理想なのだが、そういう人を私は存じ上げない。

中田勇次郎(1905-1998)は、書道史家、京都市立芸術大学名誉教授。『文房清玩』、『日本書道の系譜』、『中国書論大系』など、日中をまたいで書に関する膨大な著作を残しており、我が国の書学者としてまず名を挙げるべき1人である。標記の本は、中田勇次郎が携わった解説書(だと思われる)。

同じ中田勇次郎の英語書籍でも、The Art of Japanese CalligraphyはICUにある。中国の書の歴史は日本の2倍ある。ぜひ書の源流、中国もカバーして、片手落ちを解消してほしい。

日本書流全史
小松茂美(1970)9,000円

小松茂美氏(1925-2010)なしでは、今日の国文学、日本美術研究、日本書道史研究はなかったと言っても過言ではない。元東京国立博物館美術課長。多くの大学で教鞭もとり、『古筆』、『日本絵巻大成』、一般向けの新書『かな ―その成立と変遷―』など、浩瀚な著作を残した。

どういうわけか、ICU図書館には『古筆学大成』全30巻をはじめ小松茂美の著作が大変多く、レポートを書くために何度かお世話になった。しかしこの『日本書流全史』がなかったために、何度かもどかしい思いをした。高いから、買いたくもない。図録はもう充分だから、解説書をおねげーしますだ!

2014年6月11日水曜日

失われた「夜の寝覚」最終部 新発見の断簡を見に

平安後期の王朝文学「夜の寝覚」の欠落した最終部の一部が発見されたと、読売新聞が5月27日付朝刊で報道した。

菅原孝標女の作とも言われる「夜の寝覚」は、最終部など一部が現在に至るまでに失われていた。しかし実践女子大学が京都市で購入した断簡を調べたところ、冒頭部に記されている和歌「知らざりしやまぢの月をひとり見て よになき身とや思ひいづらん」[1]が決め手となって、「夜の寝覚」の最終部だと同定できた。これまで欠落部分のものと推測されてきた一連の断簡とも類似するため、合わせて2000文字程度を復元できる可能性が出てきたという。

ちなみにこの断簡は、南北朝時代の後光厳院によって写されたという極札(筆跡鑑定書)が付いていた。「極めつけ」の語源である。

さて、私はこのニュースを上記紙面上で知ったのだが、告白すると、それまでに「夜の寝覚」という作品名を聞いたことすらなかった。では、なぜこんなことをブログに書くのか。

というのも、くだんの断簡の筆跡が大変美しかったからである。文学研究上の意義も大きいけれども、同時に書としても、非常に優れていると思ったのである。

この断簡(書の世界では古筆切ともいう)は、6月7日から10日までの4日間、渋谷の実践女子大学で展示されていた。書道部の先輩と一緒に昨日、この目で見てきた。

この古筆切は、それ自身は縦16.9cm、横14.8cmの小さな紙ッ切れである。折り紙くらいの大きさである。しかし古筆切は一般に、鑑賞のために掛け軸にされていることが多く、この「夜の寝覚」最終部も例外ではなかった。新聞紙面には断簡の本体しか載っていなかったが、実物は幅4、50cm、高さは人の身長を優に超えるであろう細長い軸に表装されていて、裂(きれ)は紺地に金色(?)の大きな菊紋の入ったものだった。たいへん格調高い表装であった。その書は、細太のはっきりした瑞々しく色っぽい線であった。

その他のメディア報道
5月29日NHKニュース おはよう日本
朝日新聞6月3日付夕刊

鑑定した横井孝教授の論文は武蔵野書院のこちら。武蔵野書院のブログ記事

[1]和歌原文:志らさ里しやま地の月を日と利み帝/よ尓なき身とや思日いつらん(「/」は改行。)

2014年6月2日月曜日

ミッドナイトウォーク2014 ディズニーランドから三鷹まで

今年も、ミッドナイトウォークで、ディズニーランドから三鷹のICUまでの40kmを徹夜で歩き通した。ついに、4年連続で参加してしまった。達成感もひとしおである。

地図は東から、舞浜駅、木場公園、靖国神社、新宿駅(休憩地点など)

ミッドナイトウォークは、ICUまでの40kmを歩くイベントで、ICUのサークルRunnersが主催する。毎年5月下旬か6月上旬に行われていて、スタート地点は毎年異なる。今年は5月30日金曜日の夜に、ディズニーランドの最寄り駅、舞浜をスタートし、翌朝にICUにゴールした。

私は1年生のときから、毎回参加している。ちなみに私の参加した4年間では、出発地は東京スカイツリーと舞浜駅が交互であった。(参考:1年生のとき2年生のとき3年生のとき。)

Runners部員のスタッフは除き、今回の参加者は50名以下であった。卒業生については存じ上げないが、同学年のRunners部員以外の一般参加者で、4年連続参加したのは私だけである。

スタートは、例年並みの夜9時40分頃。中間地点の新宿駅には、確か朝5時頃到着といつも通りであった。新宿駅からICUまでの17kmについては、今年は10人ほどのグループでまとまって歩かなければいけなかったため、例年よりペースは落ちた。ゴールしたのは9時40分頃と、過去最も遅かった。(最早記録は去年の8時50分。)出発から到着まで、休憩も含めてちょうど12時間だった。

半袖では寒いくらいだった深夜の空気も、やがて穏やかになり、日が明けて8時くらいからは、帽子を取り出したほどに朝日が後頭部に照った。

今回は途中の写真を1枚しか撮らなかったので、2年前の写真。
出発して最初の方の大きい橋。

新宿駅からの甲州街道+吉祥寺通り+東八道路のトリプルパンチは本当に辛い。曲がり角のほとんど無い単調な道で、信号も多く、交通量が多くうるさい。いつまで歩いても目的地が見えないのは、絶望に近いものがある。経験のない初参加者には、その恐怖は倍増するだろう。足の疲労は容赦無い。

今年は、歩行中は例年並みに足の裏が痛んだが、ゴール後の痛みが意外にも軽かった。1時間あまり休んだ後には、ほぼ通常通りに歩けた。途中の休憩のしかたがよかったのだろうか、この1年で体力がついたのだろうか。いや、ゆっくり歩いたおかげかもしれない。

徹夜で40km歩いたという事実は、1つに強みになると思う。友達に自慢できることが1つ増えるというのもあるかもしれない。だけどそれだけじゃなくて、自分の体力を見直すいい機会にもなり、歩ききれば、自信にもつながる。ICUの最寄り駅(中央線の武蔵境)から舞浜駅までは、電車で1時間10分である。その距離を12時間かけて歩くのである。つくづくアホらしい行為だが、そこに意味を見出すかどうかが、ミッドナイトウォークを楽しめるかどうかの分け目なんじゃないか。

夜の東京を歩くワクワク感を味わうこともできる。東京の街では夜な夜な、同じ道にまた出てきてしまったと思うほど、至るところで土木工事が行われている。行き交うクルマの大半は、深夜帰りのサラリーマンを待つタクシーである。24時間営業の牛丼屋の中は、がらんどうである。電車も止まった夜の東京の息遣いを見ることができるのも、ミッドナイトウォークの醍醐味の一つだろう。

メモ
カロリーメイト:6本
アクエリアス:約1.3L。
歩数:

30日
21時:2,298
22時:5,423
23時:4,982
31日
0時:3,748
1時:5,561
2時:3,972
3時:3,101
4時:4,026
5時:3,076
6時:5,754
7時:6,344
8時:4,842
9時:4,123

計:57,250歩

2014年5月28日水曜日

Chromecast発売:テレビCMの「キャストしよう!」の発音について話をしようか

グーグルは、今日5月28日からChromecastなる端末を発売する。公式ブログ上で発表した

Chromecastは、スマホやタブレットなどをリモコンにして、テレビでオンラインコンテンツを楽しめる代物だそうだ。詳しくは、上のリンクの記事を読んで頂ければわかると思う。だが、私はここでChromecastの宣伝をしたいわけではないので、特に読んで分かっていただく必要はない。私が取り上げたいのは、6月7日から放映するという、テレビCMである。

まずはナイーブな心で、つまり下まで読み進めずに、このCMをよーく見てほしい。


CM中の言葉に、何か違和感を持った方はいるだろうか。(このCMに言葉はほとんど使われていないけれども。)もしいるとしたら、あなたは次の4つのうちのどれかだと思う。

1 ご年配の方である
2 アナウンサーである
3 音韻論学者である
4 約束を破って、見る前に続きを読んでしまった

私はこのCMのどこに引っかかったのか。実は、最後の「キャストしよう」の発音が、共通語のそれではないのである。もう一度聞き直して見てほしい。

本来「キャスト」という言葉は、共通語では「ゲスト」などと同じく、「高低低」で発音する[1]。ところが今見たCMでは、「サスケ」などと同じく、「低高高」で発音されていたのである。「キャスト」の元々の発音と違うのである。ちなみに、共通語というのは、あまり厳密な話はしないので、ここでは東京近辺で話される日本語と考えて差し支えない。もしくはアナウンサーの話す日本語と考えてもよい。

たったそれだけか、と失望された方、まだBackSpaceを押すのは早い。実はこれ、日本語で現在進行している発音変化を反映しているのである。

私の発音した2つの「キャスト」。
横軸は時間(秒)、縦軸は周波数(ヘルツ)を表す。
左が「高低低」バージョン、右が「低高高」バージョン。赤線が音の高さを表す。
このように、実際の発音はそんなにきれいに高低は見えないが、違いがあることは分かる。
Praatを使用して作成。

日本語のこの音の高低は、アクセントと呼ばれ、発話において重要な役割を果たしている。例えば「雨」と「飴」は、(少なくとも東京方言では)前者が「高低」、後者が「低高」であることによって区別される。他にも、「箸」と「橋」も全く同じ理由で区別があるし、「コーラ」と「甲羅」も、それぞれ「高低低」と「低高高」のアクセントで聞き分けることができる。(発話には文字情報がないことに注意。)それぞれの組は、音の「配列」(たとえばame)は同じだけれども、「高さ」のパターンが異なるのである。

このような高さ低さの連なりは、日本語のどの語にもあり、語によって決まっている。「キャスト」の場合は、「高低低」がデフォルトである。

しかし、先のCMでは、このデフォルトが破られ、「低高高」で発音されていた。なぜだろうか。実はこれ、日本語で現在進行中の、専門的には「アクセント平板化」とか「無アクセント化」と呼ばれる変化の、一つの結果であるのだ。

アクセント平板化とは、もともと他のアクセント型を持つ語が、最初の音だけ「低」で、あとはすべて「高」になる現象のことである。「キャスト」を例に取ると、平板化によって「キャ」は低く、「スト」は高くなった。(なぜそのようなアクセントパターンが「平板」と呼ばれるかについては、更に専門的な解説が必要なので割愛する。単に「アクセントの変化が起こっている」と考えて下さい。)

アクセント平板化が起こっている語は多く、他にも「彼氏」、「彼女」、「ゼミ」、「ドラマ」、「メディア」などは、かなり普及していると感じる。私が聞いた珍しい例だと、「メタノール」や、「全開」と同じ発音の「前回」がある。

「いいえ私はそうは言わない」という方もいると思う。私も、平板型の「彼氏・彼女」は言わない。友達にこのことを話すと、そういう発音は「ギャルっぽい」とか「チャラい」という声をよく聞く。方言による違いもあるので、この話がピンと来ない方もいるはずだ。また、先ほど、ご年配の方なら「キャストしよう」の発音に違和感を持つかもしれない、と書いたが、平板化は比較的新しい変化であり、ある程度ご高齢の方は、本来のアクセントを保っていることが多い。

「メディア(低高高)!? 私はそんな発音はしない」とお思いの方もいよう。だが、変化は着実に進行している。あのインスタントメッセンジャーアプリ「LINE」を、どう発音しているだろうか。私が常日ごろ聞く限り、平板化「低高高」以外のアクセントで言っている人に、お目にかかったことがない。老若男女(多分アナウンサーも含めて)、100%平板化していると言って過言ではない。

「LINE(低高高)」が一気に受け入れられたのは、3つの理由が考えられる。(1)「LINE」は製品名であり、規範とすべき元々のアクセントというものが存在しなかった。(それゆえに、厳密には、変化とは言えない。)(2)「線」という意味の一般名詞としての外来語「ライン(高低低)」との混同を(おそらく無意識的に)避けた。(3)そして「アクセント平板化」というトレンドが、最後の後押しをした。

例のCM中の「キャスト」も、平板化アクセントである。それをテレビCMで公に放映するということは、それだけ平板化の潮流が強いということであろうか。これも「LINE」のケースと同じで、一般名詞としての「キャスト(配役という意味)」は、今までもよく使われていたけれども、「キャストする」という動詞で使われることは一般にはなく、またこの場合、単純に「配役する」という意味でもない。そうした理由で、差別化を図るために、「低高高」となった、という予測が立てられよう。

さて、言語学を学んだ者として一応触れておきたいのだが、私はこのアクセント変化を、「言語の乱れ」といった観点で見ているのではない。「平板化」というと、「単調」というイメージがあり、聞こえがよくないので、この変化に対して悪いイメージを植え付けてしまわないかと心配しているが、私はみなさんに危機感を持っていただきたくて記事を書いてはいない。

そもそも、平板型アクセントが増えているということは、いくつかあるアクセント型が、平板型一つに収斂してくということであり、乱れどころか、単純化なのである。(あまりフォローになっていないか・・・。)

ともあれ、あくまで変化を観察するというのが、言語学的な立場なのである。私がこのCMを紹介したのは、したり顔で「乱れ」を告発したいがためではなく、「あ、また見つけた」という発見の喜びと、言語学(ここでは特に音韻論)の楽しさを一人でも多くの人に知って欲しかったためである。

もちろん、音韻論の目ではなく、私個人の主観が全く無いといえば、嘘になる。古代の日本語は、今より更にアクセント型が多かったということが分かっている。アクセントの消失は、ここ数十年の話ではなく、日本語の歴史上続いてきた、一つの大きな流れなのである。だから現在の変化によって、またもやアクセントのバリエーションが少なくなると思うと、寂しさを感じないでもない。

平板型アクセントが今後ますます市民権を得ていくことは、時間の問題であることは確かである。

[1] 日本放送協会放送文化研究所(1998)『NHK日本語発音アクセント辞典』日本放送出版協会

2014年5月25日日曜日

谷崎潤一郎「陰翳礼讃」

もう何週間か前のことになるが、谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃」を読んだ。このごろは本を読んでも、紹介するほどでもないと思ったらブログに書かないできたのだが、「陰翳礼讃」は、備忘録と銘打った本ブログに、やはり書き残しておきたいと思った。

本題に入る前に一つ断っておくと、このブログでも何度か触れた記憶があるのだが、私には文学的美しさがいまいち理解できないのだ。書き手の編み出した言の葉の妙に、魂を揺さぶられたというような経験がないのである。

綺麗な文章というのなら分かる。句読法を守ることから始まって、適切な言葉遣い、文法的正しさ、適度な文の長さ、論理性などは、私も判断できる。また、巧い文章というのも分かる。ユーモアがあったり、説得力があったり、教養を感じさせ、比喩なども巧みに使ってストーリーを展開する文章は、私の思う巧い文章である。だが、それから一歩進んで、美しい文章となると、私には想像しがたい。

この美的感動の欠如は、第一にはインプットの貧困があるのであろう。私はそれほど本を読むほうではないし、有名どころの文学はもっと読まない。もしシェイクスピアやドストエフスキーを読んだならば、私も開眼するかもしれない。第二には、私には文学への感受性が生まれつき備わっていないのかもしれない。大学のある文学の先生のように、和歌を読んで涙を流すというのが、私の理解を超えているのである。その先生と私とは、別の種類の人間なのだとさえ思ったことしばしばであった。

でも安心。後者は誤りであることが実証された。「陰翳礼讃」は、今まで読んだ文章の中でおそらく初めて、私に美しい文章の何たるかを少し分からせてくれた気がする。読んでいて、内に何か沸き立つものを感じた。心奮い立たされたと言っていいかもしれない。文章を読んで、初めて「ああ」という感嘆の境地に達した。私にも、こうした文章に心打たれるだけの器がやっと出来上がってきたということなのかもしれない。

これは内容自体が美に関するものだからというのもある。つまり「陰翳礼讃」の美しさは、表現に負うところ半分、内容に負うところ半分ということである。考えてみればまあそれも道理で、文章自体が良質でも中身がつまらなければ、美しさは無いであろう。逆もまた然りである。

「陰翳礼讃」は話題が転々と変わる。その中でも、私が特に強く印象づけられたのは、薄暗がりにおける漆器の演出効果についての部分だった。その視覚的描写には、何度読んでも気持の昂ぶりを感じる。谷崎潤一郎の感動がありありと伝わってくる。そして読者である私にも、その感動をいつか体験したいと思わせる。

事実、この漆器に関わる部分は「陰翳礼讃」の中でも山場のひとつである。この文章は昭和8年から9年にかけて雑誌『経済往来』に掲載された。後世の日本人はもちろん、翻訳もされていて、世界にも影響を与え続けている文章である。私の読んだ中央公論社の全集(1968年)で40ページ程度だから、ひるまずに読んでみてほしい。

さて、いま「山場」という言葉を使ったが、山があれば谷もあるわけで、批判的に読書することを大学で刷り込まれた者としても、この文章を、片言隻語隅から隅まで諸手を挙げて称揚するわけにはいかない。雑誌の誌面の都合のために多少文章を嵩増ししなければならなかったのであろうか、最後でなぜか「柿の葉鮨」の話題が唐突に出てきて、せっかくの雰囲気が台無しである。いやそれだけではない。後ろに行くほど、文章に冴えがなくなってくる気がする。詳しく書いて先入観を植え付けてもいけないので、後は個人の判断にお任せしたい。

2014年5月24日土曜日

臨「石鼓文」第一鼓

今週、大学で華道部と合同で展覧会をした。春の合同展は3回目である。書道部からは3名、華道部からも4、5名のみの小規模の展覧会だった。

私は、ここ数か月書き続けていた「石鼓文」の、十鼓のうち第一鼓を臨書して出した。表装も何もあったものではないが、そこは目をつぶっていただきたい。

紀元前4世紀に制作されたと言われている石刻文字である。篆書(てんしょ)という書体、秦の始皇帝が小篆を定める前の文字である。




吾車既工、吾馬既同。吾車既好、吾馬既(馬へんに缶)。
(吾が車は既に工にして、吾が馬は既に同じ。吾が車は既に好く、吾が馬は既にフなり。)

で始まる文章だが、それより数百年遡るとされる『詩経』の小雅篇車攻に、よく似た一節がある[1]

我車既攻。我馬既同。四牡龐龐。駕言徂東。
(我が車は既に攻にして。我が馬は既に同じ。四牡は龐龐として。駕してここに東に徂くと。)

車攻の全文を読むと、他の箇所でも似た語が使われていることがわかる。「石鼓文」は作者、時代、目的、それに文字自体の解釈など不明な点が多いが、この詩を下敷きにしていることは間違いない。『詩経』(周代)の歌が、「石鼓文」(戦国時代)のときまで伝わっていたということであろう。このような文献学的発見はとても面白い。

[1] 杉村勇造(1974)『中国書道史』淡交社(15-16ページ)

2014年5月18日日曜日

東京蚤の市 2014春 印判と竹籠を買う

昨日と今日(17、18日)の2日間、調布市の競輪場で「東京蚤の市」が開催された。今年もつい行ってしまったのでご報告したい。

今日の戦利品。

東京蚤の市」は年2回、調布市の京王閣という競輪場で開かれる。蚤の市と言うけれども、売っているものは主に小道具、骨董、古本、雑貨なので、いわば骨董市みたいなものである。ただしこのイベントのターゲットが若い男女(特に女性)である点で、普通の骨董市とは違う。ウェブサイトのデザインなどをはじめ、商品の雑貨もかわいいものが多い。実際、学生から40代までくらいの女性が多かった。

私は、この蚤の市は去年の5月に引き続き2回目だ。今月はちょっとお金を使いすぎているので、今回は我慢しようと思ったのだが、サイトを見たら、やっぱり行きたくなってしまった。会場は私のアパートからは自転車で行ける距離で、入場料は400円である。

ものすごく混むことは去年の経験から知っていたが、日曜日の午前10時40分ころに着いてみると、2、300メートルの行列ができていた。11時の開場後は、会場はごった返す。古道具というと、おじさんやおじいさんのイメージだが、今や若い人にも人気なんだなということを実感する。

去年の撮影ですが、今日もこんな感じでした。

サイトを見て何が欲しくなってしまったかというと、食器が欲しくなってしまったのだ。特に、印判の器が欲しくなってしまったのだ。印判とは、白地に青の模様を転写した磁器のことで、我が大学の初代学長、湯浅八郎も収集していた代物なんである。(大学内の博物館で見ることができる。)私は、清らかな白と深い青のコントラスト鮮やかなその器を、写真で眺めるのではなく、自分の食卓に登場させたくなってしまったのである。ああ、また物欲に負けてしまった。

財布を確かめると、1000円札が4枚と少々の小銭。これなら少なすぎず、また買いすぎることもあるまいと、5月の陽気の中自転車を走らせたのである。

興味が変わると、見えてくるものも変わる。去年は活版印刷に特に興味を持って行ったけれども、全体をくまなく見回したので、買ったものは「ももせこうへい」という活版の名刺のほか、古本2冊、古い物指し、マグカップと、まとまりがなかった。

去年買ったものの中でも、この2つにはとてもお世話になっている。

一方、今日は目当てをはっきり決めていたので、陶磁器を中心に、ついでに漆器や竹工にも目を光らせていた。それだけ見ていても、素晴らしい品物が多くて楽しい。(でも我慢。)

印判は、手のひらサイズのものでも500円はするし、大きくて欠けもなく、模様も立派なのになると4、5000円はざらであった。私は考える。使い勝手のよい4寸(1寸=3cm)程度の皿を1、2枚買うこともできようが、そういうものはいっそ5枚くらい揃えて買ったほうがよい。家族や知人との集まりで使えるからだ。(模様が同じのが何枚も売られているということは、前の持ち主がまとめて所有していたということである。)予算からするとそれは不可能だし、この先数年私が大層な食事会を催す見込みもない。よって、5、6寸の中くらいの1枚物を、1つ買うのが適当だと結論した。

会場中の印判を吟味した末、wakkaというお店の5寸皿(800円)を買った。いつぐらいのものかと聞いたら、明治くらいとのことだった。すごく古い。模様は、中心がおそらく松竹梅。その周りが、青海波に鶴と、松に鶴という、おめでたいものである。


印判はこれで満足なので、もう一つくらい買いたい。会場を物色していて、数はごくわずかだが、古い竹工(ざるやかご)を意外と安く売っていることに気づいた。直径40cmほどもある、数十年は使い込まれて内側がつやつやと光るかごを買った。作りも丈夫そうだ。4、5000円してもおかしくないが、2000円だったので、いい買い物だ。

11時の会場から1時間半、今回は、よく見るものとざっと目を通すだけの物をはっきり分けたので、疲れなかった。求めたのは2点のみだったが、どちらも大変好い品である。素晴らしい道具として役目を果たしてくれそうだ。

2014年5月10日土曜日

このブログ、だんだん知られてきています

私はTwitterアカウントを持っていないのだが、Twitterにアクセスして何気なくこのブログの名前「beborrock」を検索してみたら、こんなツイートがあった。つぶやきの主は、プロフィールを見るに、私と同学年のICU生だ。



なんと光栄なことでございましょうか。ICUにまつわるクオリティが高いSNSに、私めの個人のブログも選んで頂いている。あなうれし。よろこばし。

つぶやきの日付を見ると4月上旬なので、ちょうどこのブログのエイプリルフール記事が当たった頃だ。4月1日の午前に、私は「タッチパネルの使いすぎで指が磨り減った」というウソ記事、同日夜には「ICU生から任意に選んだ2人がFacebookの『友達』または『友達の友達』である確率」に関するウソ記事を書いた。実は後者の記事は、FacebookやTwitterでちょっと流行ったらしく、4月の上旬だけで500人以上が来てくれている。5月10日現在、その記事は本ブログで5番目にアクセスを稼いだ記事になっている。

ここまで読むと、beborrockはそんなに有名なブログなのか、と勘違いする方もいるかもしれないので告白すると、全体的に言って訪問者は全くもって少ない。エイプリルフールの記事はたまたま大当たりしただけで、普段は、公開して10日くらい経った記事の訪問者数は、30あればいいほうだ。もう何年も続けているのに、一向にアクセスは増えない。書く内容が雑多なのがいけないのかもしれない。

それでも、私もたまにFacebookでブログの宣伝をしているので、読んでくれている友達先輩も数人知っているし、初対面のICU生からブログ読んでいますと言われたことも2度あるし、ブログを読んだのかオンラインで接触してきた方もいる(Facebookメッセージとかで)。つまり、ICUでのこのブログの知名度を、最近ようやく実感できるようになってきたのも事実である。

周りの反応があると、書く意欲は俄然増す。私も知人のブログのイイと思った記事には、数は少ないがコメントをして応援してきた。

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ICUに詳しくない方のために、上でつぶやかれているそれぞれのサイトを紹介しておく。

黄河砂(こうかしゃ=演劇サークル)のHP
映画部のHP
Texan in Tokyo(これは私も知らなかった)
エヴィアン(@icudestroyer)はICUの征服を企む悪役。機動礼拝シーベリー(@icu_hero_)はICUを守る正義のヒーロー。
森本あんり先生のHP
SHIOK LONDON!(ここも知らなかった)
昔のICU祭のHPがどれほど昔のものなのかは不明。

私もひとつ加えさせて頂くと、石田由香理さん(2つ上の先輩)のブログは読んでいて毎度ワクワクする。

2014年5月6日火曜日

『知的複眼思考法』をICU生に捧ぐ 批判的思考とは?

ICUに入学すると、クリティカル・シンキングという言葉を何度も何度も聞くことになる。クリティカル・シンキングとは、批判的思考、つまり物事を紋切り型ではなく、多面的に捉える、情報を鵜呑みにせず、客観的に判断する、といった意味である。新入生は、英語の授業でいくつかのテキストを読んだり、講義を聞いたり、小論文を書いたりしながら、批判的思考を身につけていく。

中でも、入学直後の第1学期に読んだJ. Meilandの「College Thinking」という本では、高校の学びと大学の学びとの違いから始まって、大学で学ぶとはどういうことかが述べられている。新入生は1学期間かけてそのうちの数章を読み込み、批判的思考の基礎を養う。

ただ、批判的思考批判的思考と、学生も先生も事あるごとに繰り返すが、実際のところ、その意味するところが曖昧なのは否めない。いや、言葉の意味は知っていても、それならば何をすることが批判的思考と言えるのか、という実践的なことは、少なくとも明示的・体系的には学んでこなかった。

昨日読み終えた『知的複眼思考法』では、批判的に考えるとはどういうことなのかを、実践的かつ体系的に解説している。

苅谷剛彦(1996)『知的複眼思考法』講談社
知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社プラスアルファ文庫) [文庫] / 苅谷 剛彦 (著); 講談社 (刊)

筆者は、常識で物事を割り切る凝り固まった思考、すなわち「単眼思考」に対して、問題を相対化し、その多面性に気づく思考を「複眼思考」と名づけている。この複眼思考が、ICUの言う批判的思考に対応する。

本書は、ICUの目指す学びと軌を一にしている。理由は2つ。(1)私たちが入学直後に読んだあのMeilandと、全く同じことを言っているのだ。Meilandのごく最初の方では、大学の授業で学んだ個々の知識は忘れても構わない、大事なのは、そこで考え方を学んだかどうかだ、ということが繰り返し述べられている。本書でも、著者のアメリカでの大学院時代を振り返って、予習に読まされた膨大な文献の内容は忘れてしまったにもかかわらず、「考える力――あるいは、考え方のさまざまなパターンを身につけた(37ページ)」と明かしている。そしてもう一つの何よりの証拠、(2)ICU図書館で借りた本書は、かなりボロボロであった。

けれども、本書がMeilandより優れているのは、日本語で書かれtその具体性である。第1章では、批判的な読み方(著者と対等な立場に立つ)。第2章では、批判的な書き方(議論のしかた)。第3章では、問いの立て方(「なぜ」の重要性)。そして第4章では、まとめとして、複眼的な思考のしかたを紹介する。それぞれのステップについて、明確に、そして多くの具体例を用いて説明しているため、応用が容易なのである。

本書の読者は大学生を想定しているだろうが、大学のみならず、ビジネスにも必須のスキルが詰まっている。

2014年4月30日水曜日

<今月の退行> 三 八百屋で買い物、したことありますか

忘れた頃にやってくる<今月の退行>の第3回。<今月の退行>とは、毎月末に、わたくしももせの旧套墨守にして旧態依然(そしてもしかしたらロハス)なさまを少しずつさらけ出すシリーズだ。つまるところ、刺激の多い現代の生活に疑いの目を向けて、ひと昔の生活に思いを馳せてみたという話である。

第3号は、私が最近八百屋さんの良さに気づいてしまったという話


玉ねぎ(5個160円)と鷹の爪(手前が100円、奥が150円)

八百屋のススメ

少なくとも私の世代は、生鮮食品の買い物はまず間違いなくスーパーで済ませると思う。野菜、果物、魚介、精肉、卵などなどが、広いフロアにすべて揃い、しかも安く買うことができる。その利便性は、スーパーやデパ地下の連日のにぎわいが何よりの証拠である。

スーパーに代表されるセルフ式の買い物、すなわち店側は陳列と勘定だけを行い、客は自分で商品を選び出し、レジまで運ぶというシステムが普及したのは、ここ5、60年の話にすぎない。従来は、野菜は八百屋、肉は精肉店といったように、部門別に小規模の個人商店があり、そこで客は商品を選ぶだけで、店主が商品を取り、包装し、買い物かごに詰めてあげるというのが一般的だった。

スーパーの便利さの反面、どんなポストハーベストが施されているか分からない柑橘類や、地球の裏側から輸送されているのにも関わらず格安で売られている肉類には、一抹の不安を感じないでもない。

自分の国でできたものではなく、海外から運ばれてきたものを食べるのは悔しいという、私なりの地産地消の精神が、ここ1年ほどでようやく芽生え、最近八百屋をよく利用している。一人暮らしをしている大学周辺にもあるし、地元の長野県には、市場という名でかなり大きめのものもある。(我が家も枝豆や栗などを出荷したことがある。)買うのはまだ大根、玉ねぎ、じゃがいも、鷹の爪程度にとどまっているが、とにかく八百屋はおすすめだ。安全かどうかは別問題であるとしても、基本的に国産で品質もよいし、以外なことに、安いものが多い。ここだけの話、特に玉ねぎ、じゃがいもはスーパーの半分程度で、利用しない手はない。

まだ顔を覚えられているほどではないが、八百屋のご年配夫婦とのわずかながらのやりとりも特別である。

八百屋のない生活は、もはや考えられなくなっている。ゆくゆくは魚屋や精肉店も利用することになるだろう。

2014年4月22日火曜日

アースデイ・・・『人類が消えた世界』を読む

今日4月22日はアースデイだったらしい。地球環境について考える日とやらだそうで、私もひとつ便乗したい。というのも、ここ数日のあいだ積ん読消化のために偶然読んでいた本が、今日にぴったりだったからだ。

人類が消えた世界 [単行本] / アラン・ワイズマン (著); 鬼澤忍 (翻訳); 早川書房 (刊)
アラン・ワイズマン(2008)(鬼澤忍訳)『人類が消えた世界』早川書房
Alan Weisman. (2007). The World Without Us. Thomas Dunne Books.
(今日読み終わらせた。)

私たちヒトが地球に及ぼしてきた影響は計り知れない。食物連鎖の頂点に君臨する人間は、動植物を獲り、育て、文明を築くために山を切り開き、都市を造った。ここ1世紀の間には、プラスチックや核燃料など、自然には存在しえない物質も発明してきた。人口の爆発で、環境への侵食は止まるところを知らない。

二酸化炭素が気温上昇を引き起こすことは分かっているが、温暖化が「実際に」起こっているかは、立場によってはっきりしない。しかし、フロンの乱用によってオゾンホールが開き、プラスチックのゴミの山で海岸が汚染され、北アメリカに数十億といたリョコウバトが乱獲によって絶滅したのは、紛れもない事実である。

人類は、特に近代以降、どれほど環境を変えてきたのだろうか。そこで、ジャーナリストである著者は、こんな思考実験をしてみることにした。

私たちヒトが、ある日突如としていなくなったとしたら、残された世界はどう変わっていくだろうか。原因が何であるにせよ、ヒトだけが、ほかの環境は全てそのままにして、地球から忽然と消滅したと仮定するのだ。

残された家は、ビルや橋などの建造物は、どれほど持ちこたえるだろうか。自然は、生態系は、どう回復していくだろうか。逆に、人間の消滅によって存続が危ぶまれる種はいるだろうか。農薬や放射性廃棄物などの負の遺産は、後世まで毒をまき散らし続けるだろうか。そして数百万年後、人間並みの知性を持った未知の考古学者は、私たちの文明の痕跡を何かしら発見するであろうか。

プラスチックのポリマー分子を分解するような微生物は今のところいず、光分解も、現実的な時間では完了しない。プラスチックは、ずっと未来までそのまま残り続ける物質のひとつだ。ポリマーをも分解してしまう食欲旺盛な微生物が進化によって現れるまでに、何万年も待つことになるだろう。

50億年後、膨張した太陽が地球を飲み込んでしまえば、人類の記憶はついに綺麗さっぱり消える。否、実は残り続ける。人工衛星ボイジャーは半永久的に宇宙空間を飛び続け、ヒトや地球の情報を収めたレコードを運び続けるし、テレビ塔から発信された膨大な電磁波が、ごく微弱ながら、光の速さで四方八方に広がり続ける。知能の高い地球外生命体の設置したパラボラアンテナが、いつそれを受信しないとも分からない。

荒唐無稽な推測に思えるかもしれない。しかし、チェルノブイリに戻った植生や鳥類、長崎県は軍艦島の崩れゆく鉄筋コンクリートのアパートを思うと、人間の活動の強さと儚さ、そして自然のたくましさに驚かずにはいられない。

贅沢に満ちた現代の生活を多角的に再考する良質のノンフィクション。いや正確には、少なくとも21世紀の日本に生きる私に反省を促す「半」フィクションだ。

2014年4月20日日曜日

日本語は外国人にどう聞こえているのか(動画)

全く知らない外国語は、どのように聞こえるだろうか。例えば、外国語話者にとってスウェーデン語、フランス語、ヒンディ語はどんな感じか。そして日本語は? 私たちが母語として話してる日本語の音声は、どう思われているのだろうか。タタタタタタと、マシンガンのようだという人もいれば、とても単調に聞こえるという話もある(が、個人的な印象の違いもあるし、いずれも噂の域を出ない)。

この動画は、英語母語話者(と思われる)彼女にとって外国語がどう「聞こえているか」を再現していて、とても面白い。(ただし、意味の通った言葉を話しているわけではないので注意。)


『ダーリンは外国人』で有名なトニー・ラズロは、『英語に飽きたら多言語を!』の中でこう打ち明けている。

Si, si。シッシッシッシッシー。「速いな! みんな何をそんなに急いでいるんだ」。子供のころ、ラテン系言語は英語の2、3倍の速さに聞こえていた。とくにスペイン語。[1]

コモ・エスタスなスペイン語がテンポよく聞こえるのは、私にも気持ちはわかる(私のスペイン語の知識は1から10までの数字と、Como estas?だけだ)。しかし、これは彼のフィーリングに過ぎないようだ。発話の速さは言語間であまり違いがない[2]。つまり、速く聞こえるからといって、実際スペイン語の方が英語より速く情報を伝えられるわけではない。

それはそれとして、たとえ表面的なものに過ぎないとしても、やはり言語にはそれ特有の印象というものがある。フランス語の豊かな母音の響き、中国語の音楽のような声調、イタリアーノなアクセント。

次の動画は、プロのコメディアンによるもので、はるかに完成度が高い。


(最初のやりとりの内容:世界中からCEOが集まって、サミットが開かれようとしているのに、通訳が現れない。そこで社員のヘレンが7カ国語への通訳を臨時で買って出ることに。)

最初の動画の人の「なんちゃって言語」は、少し行き当たりばったりな気がするが、こちらの「エセ通訳」は、私(たち)がそれぞれの言語に対して持つステレオタイプを見事に抽出していると思う。

「ふーん。・・・だから何?」

そういうことは聞いちゃいけないことになっている。ユーモアだからだ。エンターテイメントだからだ。ユーモアに理性はいらない。私たちは、胸の内にはステレオタイプをなんとなく秘めている。それがコメディとして目の前に突きつけられると、可笑しく思わずにはいられないのだ。

最後に、チャップリンは、「なんちゃってドイツ語」で演じている。言語のステレオタイプは、風刺にもなる。


[1]トニー・ラズロ(2011)『英語に飽きたら多言語を!』アルク p.22
[2] Roach, P. (1998). "Some Languages are Spoken More Quickly than Others." In L. Bauer & P. Trudgill (Eds.), Language Myth. (pp. 150-158). Penguin Books.(本書は言語に興味のある方に大変おすすめ。邦訳『言語学的にいえば・・・』。)

2014年4月4日金曜日

円の面積はなぜ「半径×半径×π」なのか(英語)

The New York Timesによる、ちょうど4年前の今日の記事を見つけたので、シェア。

「極限まで」 Take It to the Limit - NYTimes.com


なぜ円の面積は「πr2」なのか。厳密な証明は、高校数学の微積分でもかなり後のほうまで待たなければならないのだが、この記事では、有名な図形的方法でもっと柔らかくアプローチしている。

英語も難しくなく、わかりやすく簡潔に解説してあるので教育に最適。

これだけじゃ物足りないので、おまけ。「円周率の音」。

2014年4月1日火曜日

ICU生から任意に選んだ2人がFacebookの「友達」または「友達の友達」である確率は96.3%

ICU生の直感に、ようやく数学の裏付けがとれた。

ICU(国際基督教大学)の学部生から任意に選んだ2人が、フェイスブックの「友達」または「友達の友達」の関係にある確率は、およそ96.3%であることがわかった。

2011年8月撮影

ICUの世界は狭い。学部生は2800人ほどで、マンモス大学の1学年にも及ばない、比較的小規模の大学だ。それゆえ、初対面の人でも、必ずと言っていいほど共通の友達が誰かしらいて、おかげでぎこちない会話も一気に和らぐ。

それが巨大な友達ネットワーク、フェイスブックの世界だと、共通の友達は手に取るように分かる。

数年前の調査だが、ICUは日本でもトップクラスにフェイスブック利用率が多く、かてて加えて、大学の規模も小さいと来た。フェイスブックでICU生の名前を検索すると、友達のそう多くない私でも、ほぼ100%、私とその人との間に何人かの友達がいる。ICUは、本当に狭いのだ。

しかし、それはあくまで経験的なものにすぎない。調査しようとする人も現れなかった。

しかしなんと、2014年のICUの一般入試に、この「ICU版スモール・ワールド現象」をずばり問う問題が出題された。問題文は次のようである。

ICUの学部生から任意に2人を選んだとき、その2人がSNS「フェイスブック」の、「友達」または「友達の友達」の関係にある確率を推定せよ。ただし学部生の人数は2800人とする。また小数で答える場合は、小数第3位まで求めよ。

この問題は、試験科目のうち「自然科学」の「数学」で出題された。正答率は2割に満たなかったという(関係筋)。

これは、「全世界でピアノの調律師は何人いるか?」といった類の、いわゆる地頭の良さを問う問題で、回答に論理性と正当性があれば、細かい値は問うていないと考えられるが、やはりそれらしい回答を出すのは簡単ではない。

私も先日問題を見、統計に長けた友人とフェイスブックの内情に詳しい知人に問い合わせなどもしつつ、3日間に及ぶ計算を行った。その結果、標題の通り、約96.3%という値を得た。ほぼ私の直感に一致する結果である。

詳しい解法は省略するが、値を導くにあたっては、まずICU生の中でフェイスブックを利用している人の割合をうまく推定するところが最初の難関だ(98%あたりでやってみるといい)。また精密な値を求めるには、高校数学をはるかに逸脱する難解なグラフ理論の知識と、計算機が必要となる。

初めは数時間で解けるだろうと高をくくっていたが、問題を解きながら、このような手強い問題に2割弱の受験生が正解したというのは、驚かざるをえないという思いに至った。これは今年の新入生には期待が持てそうだ。それともあまりの難しさに先生たちが情状酌量して、正答基準をおもいっきり下げたのかもしれない。いずれが真実かは、まもなく分かるだろう。

これはエイプリルフールのために書かれたウソの記事です。

タッチパネルの使いすぎで指が短くなった

標題の通り、大変なことになってしまった。まずはそれに気づくまでの経緯を、追って説明したい。

タッチパネルを使うのは、何も私に限った話ではない。いわば、一億総「なで」時代である。

パソコンやスマホ、タブレット端末など、一人何枚ものスクリーンを持っていることが普通になった現代、寝ても覚めても皆タッチパネルを撫でている。タッチパネルに触れない日はないという人は少なくない。

私もその一人だ。スマホなどは持っていないのだが、家にいるとついノートパソコンを開いて、だらだらとブログを読んだりヤフオクを物色したりしてしまう。PCのタッチパッドの上を、人差し指をせっせせっせと走らせる。現代は人差し指酷使の時代なのだ。

タッチパッド

こんなに一生懸命になってモノをこすり続けることは、人類の誕生以来なかったに違いない。指にとって、タッチパネルの氾濫は、ヒトの進化史上の災難と言わざるをえない。

長いページをスクロールするときには、ごめんよ人差し指、と、申し訳ない気持ちにさえなる。人差し指ばかり使うのはよくないと思って、最近は中指も使い始めたが、恐ろしいことに、右手のこの2本の指の感覚が、少し鈍ってきたような気がする。細かな凹凸の違いが、左手に比べて分かりにくくなったように感じるのだ。

ヤバイ、これはヤバイ・・・。まだ21なのに、指先の感覚が鈍ったなんておじいさんみたいなこと言って・・・。

こんなに来る日も来る日もタッチパネルをなでなでしていては、神経だけでなく、そのうち指自体も磨り減るぞ、と何度となく思ったものの、特に対策もせず相変わらず指を酷使していた。

しかし最近、何気なく左右の指の長さを比べてみて、腰が抜けるほどに驚愕した。

左右の人差し指が、はっきりと分かるほどに長さが違っていたのだ。電車の中だったのだが、思わず叫び声を上げた。右手の人差し指が、5ミリほど短くなっていて、それは誰の目にも明らかだった。爪の長さも3分の1ほど短くなっている。

違う!明らかに違う!

タッチパネルの使いすぎでで指が短くなったなんて話、聞いたことがなかった。パソコンでしかタッチしない私でさえこうなのだから、スマホやタブレットも持っている人は、もっと摩耗が激しいんじゃないのか。みんな、うっすらとそのことには気づいていて、今まで隠してきたんじゃないだろうか。

指が短くなる・・・。何だ、これは現代の纏足か!

再生するかな・・・。゚(゚´Д`゚)゚。

タッチパネルは便利だけども、塵も積もれば山となる。わずかな摩擦が蓄積して、私のように指が減るという惨事につながるおそれもある。

今後、タッチパネルに触るときは、保護のため指サックをはめようと思っている。文房具メーカーには、はめても目立たないような指サックの開発が早急に求められる。

これはエイプリルフールのために書いたウソの記事です。

2014年3月31日月曜日

<今月の退行> 二 みんなレジ袋もらいすぎ

忘れた頃にやってくる<今月の退行>。無事第2号を迎えることができた。<今月の退行>とは、毎月末に、わたくしももせの因習墨守にして旧態依然(そしてひょっとしたらロハス)なさまを少しずつさらけ出すシリーズだ。つまるところ、刺激の多い今の生活に疑いの目を向けて、ひと昔の生活に思いを馳せてみたという話である。

年度末の第2号は、日々溜まっていくレジ袋に関するお話。



レジ袋、いらんやろ

コンビニ、スーパー、ベーカリーなどで、膨大な量のビニール袋が消費されている。

私は塾講師のアルバイトをしているが、一部の生徒は、塾に来る前にコンビニに寄って、飲み物やお菓子を買ってくる。中学校、高校で買い食いした記憶のない田舎者の私には、毎度のようにペットボトルのジュースやガムを買ってくること自体、贅沢に思えるのだが、そのことは今は置いておいて、今回私が焦点を当てたいのは、それら商品を入れる、ビニールのレジ袋である。

私の意見は至極単純だ。(それゆえ何の新規性もない・・・。)滅多なことで、レジ袋はもらうべきではない。1点しか買わない場合は当然ながら、何点も買う場合でも、他の容れ物でいくらでも代用できる。

もちろん、エコバッグを一つ作るために必要なエネルギーが、それによって削減されるであろうビニール袋を作るための石油等のエネルギーより多いとしたら、本末転倒もいいところだ。これは私の意見の大きな弱点であり、事実、私に不利益な証拠もあるかもしれない。だからと言って、(確たる証拠があるわけでもないが)私の意見を唾棄すべきとは思えない。なぜか。私個人の場合を考える。

私はエコバッグを持っていず、普通のリュックサックをその代わりにしている。そのおかげで、一人暮らしを始めて以来、何百枚のレジ袋をもらわずに済んだか知れない。買い物袋として何かを買ったことはないので、結局私は、その数百枚のレジ袋の対価としてのエネルギーを全く消費していないことになる。その上、それら大量のレジ袋を焼却、埋立、もしくはリサイクルするエネルギーも節約したことになる。

要は、新しくエコバッグを買う必要もなく、それも何年も使えば、その容れ物分のエネルギーは回収できるという算段だ。

いま、エネルギーのみみっちい差し引きを考えたが、それはあくまで論理的な議論のため。正直なところ、ビニール袋を浪費してモッタイナイという、根っからの貧乏性と素朴な正義感が原動力である。

2014年3月30日日曜日

谷崎潤一郎『細雪』をすすめられて

谷崎潤一郎の『細雪』を友人に進められて、2週間ほどかかって読み終えた。900ページ近くあって尻込みしたのだが、春休みの時間のある今ならと思って読んだ。(小説は、10月に江戸川乱歩を読んで以来だ!)

まったく小説を読まないのでまともな批評なぞ書けっこないけれども、読みながら感じたことを書き留めておこうと思う。『細雪』をこれから読むという人は、なるべく先入観を持たない方がいいと思うから、詳しく読みたくない方のために、結論だけ初めに書いておこう。

結論:一読をオススメします。

中央公論社の『谷崎潤一郎全集』(1968)で読んだが、上中下が一緒になっていて厚い!

『細雪』は、昭和10年代の、関西のある上流の家庭の姉妹を描いている。

文章がとても美しい、という触れ込みで薦められてたので、文章に対する審美眼がいまいち欠けている私は、美しい日本語とはどんなものだろうかと心して読み始めた。結論から言うと、『細雪』の日本語の美しさをついに味わえずにしまい、そこらへんの感受性がとんと欠如していることを再認識したのであるが、谷崎潤一郎のあの特徴的な、読点の続くものすごく息の長い文章が、ほとんど苦にならなかった。私はだらだらと続く長文はあまり好きではないのだが、『細雪』の文は、部分と部分の関係が稠密でないので、割と苦労なく読めるのだ。

日本語に関連していうと、登場人物の交わす関西弁が心地よい。読み始めてからというもの、頭の中が関西弁になってしまっていたほどだ。

『細雪』はかなりの長編だが、何か一つ大きな事件があるのではなく、中くらいの事件が立て続けに起こる感じで、それが読むのを飽きさせなかった原因の一つでもある。もちろん、物語の方向は一貫したものがあるのだが、『細雪』は(一部を除いて)連載だったこともあって、続きが読みたい、と思わせるように、細かに緩急がつけられている。物語に大きな波があるわけでもなく、これで900ページは長い、間延びしている、と、初めのうちこそは思え、そこは谷崎の文章と構成の妙で、結局冗長さは感じなかった。

さて、『細雪』を何よりも『細雪』たらしめているものは、やはり舞台となった昭和10年代当時の倫理観で生きる、登場人物の心情の機微ではあるまいか。当時のならわし、特に男女の立場、家族、交際、結婚に関する習俗は、今とは比べ物にならないほどの厳格さをもって効いていた。良い悪いは個人の判断に任せるとして、現代では(少なくとも私の周囲では)ほとんど消えてしまっている価値観である。だから平成生まれの私には、当時の価値観の中に生きている登場人物の心情の陰翳が、奥ゆかしく映る。それは私の安直なノスタルジーだと言えばそれまでであるが、谷崎の描き出すデリケートな人間関係のドラマは、物語を一層深いものにしているのだ。