2014年4月22日火曜日

アースデイ・・・『人類が消えた世界』を読む

今日4月22日はアースデイだったらしい。地球環境について考える日とやらだそうで、私もひとつ便乗したい。というのも、ここ数日のあいだ積ん読消化のために偶然読んでいた本が、今日にぴったりだったからだ。

人類が消えた世界 [単行本] / アラン・ワイズマン (著); 鬼澤忍 (翻訳); 早川書房 (刊)
アラン・ワイズマン(2008)(鬼澤忍訳)『人類が消えた世界』早川書房
Alan Weisman. (2007). The World Without Us. Thomas Dunne Books.
(今日読み終わらせた。)

私たちヒトが地球に及ぼしてきた影響は計り知れない。食物連鎖の頂点に君臨する人間は、動植物を獲り、育て、文明を築くために山を切り開き、都市を造った。ここ1世紀の間には、プラスチックや核燃料など、自然には存在しえない物質も発明してきた。人口の爆発で、環境への侵食は止まるところを知らない。

二酸化炭素が気温上昇を引き起こすことは分かっているが、温暖化が「実際に」起こっているかは、立場によってはっきりしない。しかし、フロンの乱用によってオゾンホールが開き、プラスチックのゴミの山で海岸が汚染され、北アメリカに数十億といたリョコウバトが乱獲によって絶滅したのは、紛れもない事実である。

人類は、特に近代以降、どれほど環境を変えてきたのだろうか。そこで、ジャーナリストである著者は、こんな思考実験をしてみることにした。

私たちヒトが、ある日突如としていなくなったとしたら、残された世界はどう変わっていくだろうか。原因が何であるにせよ、ヒトだけが、ほかの環境は全てそのままにして、地球から忽然と消滅したと仮定するのだ。

残された家は、ビルや橋などの建造物は、どれほど持ちこたえるだろうか。自然は、生態系は、どう回復していくだろうか。逆に、人間の消滅によって存続が危ぶまれる種はいるだろうか。農薬や放射性廃棄物などの負の遺産は、後世まで毒をまき散らし続けるだろうか。そして数百万年後、人間並みの知性を持った未知の考古学者は、私たちの文明の痕跡を何かしら発見するであろうか。

プラスチックのポリマー分子を分解するような微生物は今のところいず、光分解も、現実的な時間では完了しない。プラスチックは、ずっと未来までそのまま残り続ける物質のひとつだ。ポリマーをも分解してしまう食欲旺盛な微生物が進化によって現れるまでに、何万年も待つことになるだろう。

50億年後、膨張した太陽が地球を飲み込んでしまえば、人類の記憶はついに綺麗さっぱり消える。否、実は残り続ける。人工衛星ボイジャーは半永久的に宇宙空間を飛び続け、ヒトや地球の情報を収めたレコードを運び続けるし、テレビ塔から発信された膨大な電磁波が、ごく微弱ながら、光の速さで四方八方に広がり続ける。知能の高い地球外生命体の設置したパラボラアンテナが、いつそれを受信しないとも分からない。

荒唐無稽な推測に思えるかもしれない。しかし、チェルノブイリに戻った植生や鳥類、長崎県は軍艦島の崩れゆく鉄筋コンクリートのアパートを思うと、人間の活動の強さと儚さ、そして自然のたくましさに驚かずにはいられない。

贅沢に満ちた現代の生活を多角的に再考する良質のノンフィクション。いや正確には、少なくとも21世紀の日本に生きる私に反省を促す「半」フィクションだ。

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