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篠竹の軍手収納かご

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農作業をするので実家に軍手がたくさんあります。段ボールに入れていましたがだいぶぐちゃぐちゃになっていました。 篠竹を十数本とってきて・・・、 かごを作りました。7月半ばのことです。 底は長方、口は楕円です。工作的には極めて単純。縁には根曲竹を使っています。用途が用途なので竹は厚めに取っています。薄く取るのはしんどいです。 ビフォー アフター 中身が透けて見えるのは好都合です。 そもそも、軍手が人数分を遥かに上回る数あるのが問題ですね。

工藤員功・稲垣尚友 『手仕事を追う―竹』 あるくみるきく選書2

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ISBNの無い古本、非売品、稀覯本がたくさん売りに出されるヤフオクでは、しばしば思いもよらない本に出会うことがある。 工藤員功・稲垣尚友(1980)『手仕事を追う―竹』株式会社アスク もそうだ。宮本常一編「あるくみるきく選書」3巻の内、2巻目だ。小さい本である。 ただし、ヤフオクに出ていたのはこれを含むシリーズ全3冊セットで、しかも不相応に高かったので、結局ヤフオクではなく、他のサイトで1冊のみ、割安に買ったのだが。 本の表紙や奥付には「近畿日本ツーリスト株式会社・近畿日本ツーリスト協定旅館連盟 二十五周年記念出版」とあり、ISBNは無いため、アマゾンなどでは手に入れることができない。どういう形かは分からないが、無料で頒布されたのだろう、価格も書かれていない。入手は困難だが、然るべきサイトに行けば現時点ではネットでも入手可能だ。 工藤員功氏による、「竹細工の産地を訪ねる」と称する全国の竹細工産地の紹介が本文の3分の2くらい。稲垣尚友氏による、「カゴ屋職人修行日記」が残りの3分の1くらいだ。新書サイズで写真は多く、すぐに読み切れてしまう。竹細工の産地に関しては、竹細工が盛んなはずの長野県や山梨県の記述が無いなど、偏りを感じないではない。 後半の稲垣氏による修行日記は面白かった。著作が多いので、この方の名前は私は何度も目にしていたから、竹細工の世界では有名な方なのだろう。ネット上では氏の最近の動向や、制作についてほとんど分からないが、最近は自前のキャンピングカーで 全国を飛び回っている ようだ。70歳を過ぎているのに、本当にお若くて、笑顔は少年のようだ。(ちなみにリンク先の「松本みすず細工の会」の方とは昨年知り合いになったので、稲垣さんは私の友達の友達ということになる!) 本書には、35歳の稲垣氏が、1977年4月26日から3ヶ月という期限付きで、熊本県の竹細工職人のもとで修行する様子が、日記形式で綴られている。文章からまんべんなくにじみ出る、稲垣氏の「若さ」が特にいい。何が「いい」のか、よく言葉にできない。ただの「古き良き時代」に対する羨望も混じっているのかもしれないが、少なくとも同じ竹細工を学ぶ私に、響くのだ。 たった3か月という期間で、習得できるものは限られている。それでも竹細工で生計を立てる覚悟でやって来たのだ。妻子もいる手...

竹細工 近作

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最近作った竹細工から一部をご紹介。 母親の友人から頼まれた大きい籠。ヨガの教室で急須や湯のみを入れるそうな。仕事の合間に少しずつ作ったので、完成までにすごく時間がかかりました。竹切りから数えれば2ヶ月以上。 実家のお隣さんから頼まれた四角い籠。お子様のおもちゃを入れる籠として。サイズを1センチ単位で指定されましたので、慎重に作る必要がありました。約1センチの誤差がありますが。 最後は実家で菓子をしまう籠です。ながらく四角い空き缶を使っていましたが、ラベルが野暮ったいのと、中身が見えなくために賞味期限が過ぎたお菓子がしばしば発掘される・・・という問題がありました。中身の見える籠で解決です。 ちなみにこれは根曲がり竹ではなく、実家の近くに生えている篠竹で編んであります。篠竹の性質なのか、濡らしても乾きやすい上に、曲げるとポキポキ折れるので、大変難儀でした。もう篠竹はあまり使いたくありません・・・。 昨日完成させまして、こんな感じで使っています。

予定外の山菜採り

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今は昔、じゃなかった、今日は竹細工の先生に案内して頂き、ほぼ1年ぶりの竹切りに行った。志賀高原は高天ヶ原から、湯田中・渋温泉に至る未舗装の山道を下りながら、野山にまじりて竹を取りつつ・・・、山菜も採ってきた。 80歳になる先生は山野草に恐ろしく詳しく、ちょっとやそっとの山菜図鑑には載っていないものも含め、あらゆる山菜を知っている。素人目にはそっくりな山野草も多々あるなか、名前はもちろん、食用か否か、そしてどう料理すればうまいかをご存知でいらっしゃる。 いるだけの根曲がり竹を切ったら、残りの道中は気づいたら先生による山菜レクチャーを受けていた。先生は車窓から目敏く山菜を見つけては、時々車を止めて採りに行く。山菜を摘み取りながら、これは何々、あれは何々と、畳み掛けるように名前をおっしゃるので、私は声に出して繰り返しながら、懸命に頭に詰め込んだ。というかもういくつか忘れている。 コゴミとタラの芽とゼンマイくらいしか分からない私には、9割が初めて聞く山菜だった。 例えばこれ、キヨタキシダ 先生は矢継ぎ早に山菜を摘み取って渡して下さるので、私はかぶっていた帽子にそれを入れていった。たくさん生えていたのだが、私は一人暮らしで手の込んだ料理もしないので、もちろんほんの少しづつだけ。 採ってきた山菜は、以下の通り。コシアブラとマタタビ以外、聞いたこともアリマセン。 ・ミヤマイラクサ(シソの仲間)・キヨタキシダ・ナルコユリ・コシアブラ・ハナイカダ・ハリギリ(アクがあってタラの芽に似ているので、俗称アクダラ)・マタタビ キヨタキシダとミヤマイラクサは比較的量を採って、しかも茹でるだけでもうまいと聞いたので、帰宅して早速調理した。とれたて3時間の贅沢である。 ミヤマイラクサ(左)とキヨタキシダのお浸し 2種類ともアクがないので、塩をひとつまみ入れた熱湯で4、5分茹でた後、水で洗うだけでOK。あとは鰹節をのせて醤油をたらせばで最高のツマミになる。お好みで辛子醤油もいいそうだ。一人で食べるのも寂しかったので、会社まで走っておすそ分けした。 おまけ:初めて見た一人静

壊れた古い竹かごを再生しました

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ヤフオクで買った古い竹かごが、届いてみたら壊れていた。押しつぶされて、半分近くの竹が折れており、使用に耐えうる状態ではなかった。 かごは綺麗な飴色に変色していて、何十年も前のヴィンテージである。当時の職人が作った竹細工を壊すのは、いつもだったらおそれ多くて出来ないのだが、このかごに限っては、このままではただのゴミになってしまうこともあり、なおかつ作りも単純素朴だったので、補修することにした。 11月半ばのことなので、もうちょうど2か月前のことである。 かごは根曲竹の六つ目編みの浅いかごで、胴(側面のこと)が押しつぶされていた。胴部分を中心に、使われている竹の半分近くが折れていた。竹ひご自体も細身で柔らかく、これでは使いものにならない。 まずお湯につけて、竹を柔らかくしたら、縁の巻き竹から外していった。農作業に使われていたのだろうか、竹の、特に見えていない裏側は土ぼこりだらけだった。 巻き竹と芯竹は、問題なく再利用できそうだ。芯竹も土ぼこりで真っ黒だったので、洗う必要があった。洗って雑巾で拭くと、飴色が美しく現れた。 折れていない竹は再利用し、折れた部分は、4ミリに幅を揃えた新しい根曲竹を使った。 完全にバラバラにした後、新しい根曲竹を足しながら、底を編む。底に使われている竹は60本だったが、新しいものに取り替えたのはそのうち24本だった。 腰上げと縁巻きをして、再生完了。これで使用には問題なし。 だが、同じ形に復元することができなかった。元の形は背が低くて、縁の方に行くほど口が広がっていたのだが、再生後は背が高く、しかも寸胴になってしまった。口径は5センチ以上狭くなった。やはり、私が再生するには時期尚早だった。

六つ目の四角い籠を編みました

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8月27日の記事に、六つ目編みでは四角い籠は編めないと書いた。六角形を一回りずつ大きくしていくのが六つ目編みなのだから、底の編み上がりは六角形にしかならないということである。 正六角形の底の小籠 しかしそれを書いたすぐ数日後、小布施町に観光に行った際、六つ目で編んだ四角い籠を見つけてしまった。土産物を入れる容器として、使われていたのである。よくよく観察してみると、腰上げ(底から側面に連なる部分)の一部に、五角形を七角形を連続して作ることで四角い籠が編めるようだ。 後日私の先生に、六つ目の四角い籠を編んだことがあるかどうか尋ねてみると、ある、とおっしゃる。須賀川竹細工では四角い籠は普通編まないけれども、どうやら一般的にはそれほど珍しいことでもないようだ。先日の記述は私の勉強不足でした。ごめんなさい・・・。 商品、本、机などなど、四角いモノが溢れ、なおかつ合理性が求められる現代にあっては、四角い籠は何かと便利なのである。モノを入れるのにも、その籠を置いておくのにも、無駄なく収まって都合がいい。 試しに私も作ってみた。上の写真の通り。本体の材料は根曲竹ではなく、近所のホームセンターで篠竹として売られていたものである(少々硬くて薄汚れていたが)。 編み方は大して難しくなく、8月に苦労して八つ目編みをしたのは一体何だったのだという気持ちになった。ただし縁の芯竹を本体に合わせて上手く曲げることができず、そこはまだまだ課題である。

武蔵野美術大学の竹工コレクション

東京都小平市にある 武蔵野美術大学 は、日本を代表する民俗学者・宮本常一が過去に教授を務めていたということもあり、膨大な数の民俗資料を収蔵している。ポップで垢抜けた印象の強いムサビだが、実は民俗学という渋い方面でもかなり強いのだ。竹工品の収蔵品も、約3,000点と、極めて多い。 ムサビは、私のいた大学からそう遠くないこともあり、2度ほど見学に行ったことがある。(先輩の友達がムサビ生だった。)けれども、当時は宮本常一を知らず、竹細工にもそれほど興味がなかったので、民具コレクションのことは知らなかった。今となっては、遠くてなかなか行けなくなってしまったことが悔やまれる。 ムサビの 民俗資料室 のデータベースで、長野県の竹細工を調べてみると、90件以上ヒットする。戸隠の根曲竹細工と、松本のみすず細工が中心だ。長野県に限らずとも、多様な形の竹工品があり、 勉強になる 。 いつかムサビにお邪魔して、竹細工コレクションをこの目で拝見したい。

新竹の季節になりました

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春に生えたタケノコが、一人前の竹に成長すると、繊維がしっかりして竹細工に使うことができるようになる。1年生の新竹は、ここ須賀川では「一年コ」、戸隠では「ワカ」などとよばれ、緑が美しく、しなやかな性質を持つ。 その一年コを取るのに最適の時期が、昔から、9月中旬から2週間程度だと言われている。9月11日が竹切りの解禁日という地域もあれば、彼岸(秋分)を過ぎてからがいいと言う人もいる。というのも、早過ぎると竹が水分を多く含むために後々カビやすく、かつ虫食いにも会いやすい。逆に遅すぎると、繊維が固くなってしまうのだ。一昔前は、その時期を外して竹を切りに行くことは御法度だったという。 ちなみに現在の須賀川では、その決まりを厳密には守ってはいず、9月中旬から翌年の春くらいまでは、一年コを取りに行くのだが。 この採取の適期は、根曲竹に限ったことではなく、およそどの竹に当てはまる。 松本の私の実家の近くに、篠竹というこれまた細い竹が生えており、先日帰省したときに、1年生の篠竹を切りに行った。(地域の土地に生えているので、切っても大丈夫。)篠竹の竹細工は、特に岩手県が有名である。 篠竹の林 軽トラに積んだ篠竹 クローズアップ 全く手入れされていない竹林なので、古い竹が密集して生えていた。虫に食われているものも多い。新竹を探して、40本ほど採ってきたが、短い松本滞在中には割り切れなかったので、一部だけ持ってきた。さしあたっては、バッグ形のかごを編む予定である。

明治の籠売り

長崎大学附属図書館の 「幕末・明治期日本古写真コレクション」 にて、当時の 籠職人 や、 籠売り の写真をいくつか見つけることができた。(著作権により掲載はできないので、リンク先で見て下さい。) 職人の方は、見たところまだかなり若そうだ。20歳前後に見える。スッキリした背景と、遊び心のある籠の積み方からして、簡易なスタジオをこしらえて撮影したものと思われる。 行商人の方は、六つ目、四つ目、笊編みの籠や、編みかけの籠が大八車か何かに山積みになっている。店頭に並べるのではなくて、こんな売り方をしてみたいものだ。

八角形をつくる 八つ目編み

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私が今のところ習った編み方は、六つ目編みと、その応用(この地方でかえしと呼んでいる編み方)だけ。この編み方だと、六角形(正のもの、長いもの、三角形に近いもの)しか編めない。四角形を編むのは難しい。 四角い籠を作る必要があったので、私にも出来そうな八つ目編みに挑戦した。八角形を作る編み方である。八つ目編みは、信州竹細工(戸隠と須賀川)では行わない編み方なので、本を参照しながら編んだ。先生からお借りした『竹かご編みの技法書』を参考にした。 見よう見まねで、底はなんとかできたが、腰上げ(側面を作る)と縁の処理には参った。難しい。出来上がったものは不格好で全く満足できないが、とりあえず、実用には耐える。一応の完成品は、こちら。 何を隠そう、書道で使う半紙を入れる籠を作りたかったのだった。

虫食いだらけの古い竹がカゴに変身(2)

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松本の実家に放置されていた竹で、新たにもう一つかごを作った。同じ形だが、一回り大きい物を作った。 加工前の竹 洗い、竹割り、皮剥ぎが終わった状態 前回と同じく、胴部分の横ひごと、縁の巻き竹には、根曲竹を使った。前回は竹ひごの幅が4ミリだったが、これは5ミリにした。4ミリだと、なんとなく線が細くて竹の趣きがあまり出てこないが、5ミリ以上の幅になると、竹の風合いがよく分かっていい。

虫食いだらけの古い竹がカゴに変身

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松本の実家に長年放置されていた竹で、細工をしてみた。 自宅の畑で支柱などに使ったニガタケだと思われる。雨の当たらない場所にあったものの、乾燥と虫食いが激しく、しなやかさはかなりなくなっている。使ったのは、直径がどれも太めの5、6センチだった。あまりボロボロになっていないものを選んだ。 竹をノコギリで1.5メートルくらいに適当に切り、土ホコリを拭き取ったあと、ナタで割る。割ってみると、内部は大部分が虫に食い荒らされており、粉が大量に出てきた。 皮を剥ぐ前に、柔らかくするために水に浸けておく。昼飯を食べている間、近所の灌漑に浸けておいた。上の写真は水から上げた直後なので、色が濃くなっている。 剥いだ皮。量が多かったので数時間かかり、くたくたになった。肉の部分は虫に食われていても、皮まではほとんど影響していなかった。しかし虫が入った穴は所々にあるので、気をつけないと、すぐに折れる。 これを先生のご自宅で道具を使い、幅決めをする。写真の竹ひごは幅4ミリに揃えた。これで材料の出来上がり。 出来た竹ひごを六つ目に編み、小さい籠を作った。ただし胴部分の横竹と、縁巻には、根曲竹を使った。竹はやはり数ヶ所で折れたが、よっぽど重いものさえ入れなければ十分実用に耐える。 小さいビニール袋を入れるのに使っている。ホコリをかぶった竹が、しゃれた生活の道具に変身した。

竹のある暮らし

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ここ山ノ内町に3月にやってきて、竹細工がきっかけで独特の交友関係が生まれている。同年代の知り合いというのが、職場以外では全くいなくて、知人は皆竹細工をやっているおじ(い)さん、おば(あ)さんである。 先週、同じく 県の伝統工芸品 である「信州打刃物」の鍛冶屋さんたちとの、15名ほどの宴会が開かれた。僕も参加させてもらったが、60歳より下の人は僕以外にいなかったように見えた。 さて、新しい編み方を教えていただいた。基本の六つ目編みの応用で、私の先生が「かえし」と呼んでいる編み方だ。上に向かって六つ目に編んだ竹ひごを、180度ねじり、再び下へと編みこんでいく。網み目が六つ目編みより密で、ひし形を基調とした上品な模様だ。 180度竹をねじって折り曲げるので、繊維に弾力のある若い根曲竹を使わないと、この編み方は難しい。苦竹などでこの編み方をすると、裂けたり折れたりしてしまう。 下の写真が私の作った「かえし」の籠だが、未熟で直したい点がいくつもある。ちなみに後で持ち手を付けようと思っている。 創作意欲に駆られ、近所のホームセンターで買った竹(おそらく苦竹)でも籠を作ってみた。太さ3、4センチの竹が、1mで50円、1.5mで60円で売っている。ナタで12等分に割り、同じように皮を剥ぎ、水につけて柔らかくしてから編む。 「かえし」の籠を作ろうとしたら、ものの見事に裂けたり折れたりしたので、諦めた。大きめのシンプルな籠になった。 この記事のタイトルは「竹のある暮らし」にした。家に帰ると、部屋には竹ひご、作りかけの籠、作り終えた籠、そして購入したアンティークの竹細工(もちろん物を入れて使っている)が並んでいる。大量生産品ばかりの無機質な家具が並ぶ空間では、やはり趣きに欠ける。竹の容れ物のある空間は、とても居心地がいい。

ひたすら竹割りの練習

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3月末に長野駅山ノ内町に引っ越してきて、3ヶ月が経った。 竹細工を習い始めて3ヶ月、竹割りは思うように出来るようになってきた。ナタで竹を4等分に割り、皮を剥ぐ。剥いだ皮が薄くなりすぎ、途中でちぎれてしまうことは格段に少なくなり、スピードも格段に上がった。ナタの刃が走って、左手親指を深く切ったこともあったが、親指に指サックをはめ、右手人差し指にはテーピングをし、怪我や擦れを予防する術も見つけた。 先週割った竹。ちなみにこれ、4時間ぶっ通しで割り続けてヘトヘトになった。 とは言え、繊維の強い1年物の根曲竹となると、先生方の10分の1くらいの速さでしか割れないのだが。戸隠にある井上竹細工店の井上さんは、お父様に「竹割り10年」と言われたという。私はまだ半人前の半人前くらいだ。 今月16日に、近所の小学校で竹細工教室が開かれた。職人4人が小学校に出向いて、高学年の児童が小さいかご作りを体験した。こちらで9割方作ったものを、子供が完成させるのだが、どういう風の吹き回しかそこに私も助手として参加することになった。しかも職人がひとり急遽参加できなくなったので、私も子供を教える役になった。 5年生4人(と先生1人)を教えさせてもらったが、ちゃんと教えれば思った以上に素直に上手に作っていた。ここから、将来の須賀川竹細工を受け継ぐ人が現れればいいなと思った。 また、私個人が先生のご自宅に訪問するのではなく、竹細工振興会の主催する竹細工教室も今月から始まっている。参加者30数名の内、おばさんとおじさんがほとんどで、若者は僕と中学生の女の子2人だけ。とにかく、竹細工を愛好する人の集まりということで、なかなか面白い親交がある。 竹はいつも職場の従業員駐車場の端っこで割っているのだが、竹を割っている脇を、近所のおじさんやおばさんが通る。物騒な刃物で何か小細工している私は、やはり物珍しいので、かなりの高頻度で「何やってるんですか」と聞かれる。2度目以降に会ったときは、「何かできたかい」とか「編めたら見してね」と言われる。 聞かれる度に、竹をこう割って籠とかザルとか作るんです、と説明するが、竹ひごばかり見せても、知らない人には完成品のイメージが湧かないかなと思った。今度から、自分で編んだ籠も近くに置いておこうか。

処女作 小さい手籠を作りました

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ひと月も前のことになるが、去る5月11日に初めて竹で品物を作った。 竹を割るのさえまだまだ下手くそなのだが、基本的なことは教えたので、編むこともやってみようと先生の提案である。それまで私がやってきた「竹割り」が、ようやく「竹細工」になったというわけだ。 初めての竹細工。作った当日にケイタイで撮った。 六つ目編み(かご目編み)という一番基本的な編み方で、自分が作った竹ひごを使って(足りなかった分は先生の作ってくれたものも加えて)、小さい手籠を作った。2時間くらいかかっただろうか。未熟な点が多々あるにせよ、半分くらいは先生の手がかかっているにせよ、竹ひごが初めて形になったことが、大変うれしかった。これから一生やっていくであろう竹細工の、処女作である。興奮を覚えた。 時は飛んで5月30日には、山に入り根曲竹を切りに行った。切って葉を落とした根曲竹しかそれまで見たことがなく、この日初めて生えているのを見た。葉は少ないが大きく、学樹的にササに分類されるのも合点がいった。 今回は生えて1年のものだけを切ってきた。つまり去年タケノコだったものである。前の記事でも書いたように、生えて3か月~1年の根曲竹は繊維に粘りがあり、細かく巻いても割れることがない。そのため縁巻きなどに適している。 現在の車内の様子。中央が1年ものの根曲竹で、右側の細いのが割り終わった竹。 ホコリだらけになりながら先生と2人で一抱えほどの竹を採ってきて、そのうち一掴みを頂いてきた。置き場所がないのでそのまま車に入れてあるが、乾燥すると割れなくなってしまうので、本当は数日中に割ってしまわないといけない。仕事の昼休みに、少しずつ割っているが、まだ半分も割れていない。まだまだ竹割りが下手である。 今日9日もまた先生のお宅にお邪魔して、2つ目の籠を完成させた。その写真はまたの機会に。

竹細工を教えてもらっています

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仕事のかたわら、須賀川の竹細工を習い始めて1か月。先生のお宅に今まで3回お邪魔して、竹の割り方と削り方を教わっているが、悪戦苦闘。 ザルやかごを編むための竹ひごを作るには、竹を4等分に割ったあと、皮の部分を幅5ミリ、厚さ1ミリ程度に剥ぐ。その薄く削った皮の部分を細工に使うのである。 先生のおっしゃることが理屈では分かっていても、手が動かない。竹を割るのは一応はできるようになって来ているとしても、削るのが全然だめ。厚すぎるのはまだいいけれど、どうしても薄くなって、途中でちぎれてしまうことが多い。 竹の切れ端で手を切るし、鋭利なナタでも手を切るし、現在、傷だらけの手である。相当の力で竹を押さえつけるもんだから、特に左手の親指は真っ赤になり、その日じゅう知覚過敏のような状態が続く。このごろ、親指の皮が厚くなったのが分かる。指の腹を触ってみた感覚が違うし、触覚も少し鈍った。竹細工用に手が変わってきている。 須賀川の竹細工には、根曲がり竹という、人差し指くらいの細さの竹(学術的にはチシマザサ)を使う。 竹なんて全部同じだと思っていたが、竹割りを習ってみると、種類ごとの性質の違いがまざまざと分かる。 根曲がり竹は、切ってまだ青い状態で割る。繊維に粘りがあって、割るのが難儀だが、途中で折れることもないし、細かい細工もできる。一方、ペットボトルの蓋くらいの太さになる真竹や苦竹は、中途半端な乾燥で割ろうとすると節のところで突っかかって、折れてしまう。しっかり乾燥させれば、パキパキと簡単に割れるのだが、粘りがないので細かい細工は難しい。 種類によって節の形も全然違うし、皮のツヤも違う。根曲がり竹の節はすべらかで、皮のツヤがとてもいい。真竹・苦竹の節は、水墨画で描かれるいわゆる竹節らしい竹節で、またツヤは多少劣る。 根曲がり竹のひご ホームセンターで買ってきた苦竹(?)のひご 割り方はひと通り教わったので、ホームセンターで50円の竹の棒を買ってきて自習をした。根曲がり竹と違いパキパキと簡単にきれいに割れるので、ペットボトルの蓋の太さのものが16等分になった。割りも削りも、まずまずの出来。これと同じくらい上手に根曲がり竹も割れたらいいんだけど・・・。