2014年12月2日火曜日

絶対フォント感

印刷書体にかかわる仕事をしていると、フォントの一目見ただけで、その書体名を言い当てられるらしい。絶対音感ならぬ、絶対フォント感ということばが最近ツイッターで話題になった。



ネット界隈では、このようにフォントマニアは比較的簡単に見つけられる。一方、毛筆で書いた文字の書体を言い当てる人となると、これがなかなか見当たらない。蛇足だが、フォントの筆文字書体のことを言っているのではない。

そういう人がいないのではない。書にも絶対感覚がある。書道を数年間でもやっていれば、この字は◯世紀の中国の◯◯の刻石の隷書だ、とか、◯◯の書いた楷書だ、というようなことは簡単にわかる。人物や作品名までは特定できなくても、ある古い時代の字を見せられて、この楷書は何世紀頃のものに違いないというのは推定できる。さしずめ絶対書体感と名付けられようか。

ただ、昔の字をそのまま使ったり、似せて作ることは滅多にないので、街を歩いていてそういう経験をすることは少ないだけだ。ネット内外を問わず、一般に筆書は、個人の作家が書いたものばかりだから、出どころがはっきりした字にはなかなか出会わない。

試しに、私が気づいた例を挙げてみる。和風レストラン、藍屋のロゴは、2世紀、陝西省に建てられた石碑「曹全碑」の隷書を思わせる。「藍」の草冠が少し違ったり(下の画像1行目の「慕」を参照)、「屋」が扁平すぎたりなど細かいところに違いはあるが、全体の雰囲気は曹全碑の流麗とした書風を彷彿とさせる。

曹全碑 (C)書道ジャーナル研究所

神田の書道用具店、清雅堂(画像検索結果)の看板の文字は、同じく2世紀の陝西省に建てられた碑「石門頌」の隷書まさしくそのまんまだ。

石門頌 (C)「書道ジャーナル研究所」
さらに、今年の夏に東京国立博物館で開催された台北国立故宮博物院の展覧会のロゴは、筆書ではないものの、中国唐の時代、7世紀中頃に書かれた欧陽詢の楷書「九成宮醴泉銘」をもとにしているとしか考えられない。特にロゴの「宮」と、画像1行目の同字、また「博」や「物」の偏の縦画と、画像2行目「侍」の2画目を見比べてみると、そっくりだ。

九成宮醴泉銘 (C)書道ジャーナル研究所

フォントと違って書は日常であまり接しないので、フォントより一層マニアックな話題になってしまったのは否めない。

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