書の世界の暗部 大渓洗耳『くたばれ日展』

卒論の資料をコピーしに東京外国語大学の図書館に行ったら、あろうことか私のOPAC画面の見間違いで、目当ての紀要の目当ての号が蔵書になく、無駄足を踏んでしまった。その埋め合わせというかなんというか、空手で帰るのが悔しくて趣味の本を借りてきてしまった。

『くたばれ日展』という挑発的なタイトルである。本書の半年前に出された、同じ著者の『戦後日本の書をダメにした七人』も、並べて置いてあった。そちらは名前だけは知っていたが、著者の主観が激発したそちらより、少しは共感できそうな本書を借りてきた。図書館内のソファで約半分、残りの半分をいまさっき読み終えた。

大渓洗耳(1985)『続・戦後日本の書をダメにした七人 くたばれ日展』日貿出版社


日展というのは日本美術展覧会の略称で、日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5分野からなる、日本最大にして最も歴史ある公募展である。他の分野は知らないが、書をやっている人で日展入選というのはもう第一級の称号で、入選を境に、メディアには取り上げられるわ、人からは尊敬されるわ、一躍有名人になれるほどの絶大なパワーを持つ(らしい)。また書壇で権力の座を手に入れるための第一歩でもある(らしい)。

本書は、その日展の書の分野がいかに金と権力にまみれた世界かを糾弾するものである。公平な審査などどこ吹く風、堕落した上層役員による腐敗し切った運営がまかり通っているさまを徹底して叩く。その腐敗ぐあいは、ちょっとよく見れば私のような部外者にも明らかなので、著者の論調は痛快である。著者は書家であるが、日展のたるんだ構造に辟易としてか、日展には出品していない。

本書の発行は20年近く前のことだが、つい去年、書のうちでも篆刻という部門で審査に不正があったことが明るみに出て、ニュースになったのは記憶に新しい。去年の10月30日に朝日新聞がスクープした。話は逸れるが、この朝日新聞というのが気になる。朝日新聞社は毎年「現代書道二十人展」というのを主催しているが、その出品者の面々のほとんどが、日展の顧問、理事、会員でもあるのだ。本当だったらその大御所たちの顔を潰さぬよう、不正報道なんかしないはずである。邪推であるが、朝日関係者に書家がいて、日展に出品してもその閉鎖性ゆえに入賞できない腹いせにリークしたのではないか。

日展の水は古くて澱んでいる。たまに雨水が一、二滴したたる程度である。一滴落ちた雨水で、はね返って、やっと一滴くらい外へ飛び出す程度で、太古の湖のようにほとんど変わらない。たまに半分位新しい水をぶちまけて、でっかい柄杓で掻き廻す人が現われないのだろうか。皆面倒だから黙っているのだろうか。放って置いて損でないように仕組まれているのだろうか。(137ページ)

去年の不正の報道は、まさに「でっかい柄杓」による大番狂わせだった。

報道を受け日展側は組織の改革を行い、今年から「改組 新 日展」という名称で行くようだ。少しはましな展覧会になったのだろうか。去年初めて見に行ったが、今年は今のところ行く予定はない。

書の世界の暗部と惰性に興味があるのなら、本書は一読の価値はある。書道に馴染みがない人も楽しめると思う。ただし本書中の作品批評はどうしても著者の主観によらざるをえないので、そこは話半分で読むべきではある。

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