2017年10月25日水曜日

子供の言い間違いに気付かされる言語のしくみ

もし私が子供を持ったら、その子の言葉の習得過程を、つぶさに観察しようと決めている。理由は2つあって、大学時代、教科書で学んだ子供の言語獲得の諸過程がきちんと踏まれていくのか、自分の子を無邪気な被験者として確認できるというのがひとつ。子供のほほえましい言い間違いから、彼(彼女)の脳の中で何が起こっているのか、言語学的に分析しながら楽しみたい、というのがひとつだ。

子供の言い間違い観察は、言語学を修めた者にとっての、子育ての楽しみのひとつだろうと思う。言語獲得(Language Acquisition)というのは言語学のれっきとした一分野だが、たとえそれを専門にしていなくても、言語学をやった人は、自分の子供がことばを会得しようと試行錯誤するのを、だまって見てはいられないと思う。そのくらいに興味深いのだ。

今日読んだこの本の著者は、自分の息子さんの言い間違いをただ楽しむだけでなく、一冊の本にまとめあげた。



言い間違い一般に着目にした言語学の入門書は少なくないと感じるが、子供の言い間違いにフォーカスし、しかも平易に書かれた本は、あまり無いと思う。母親目線で書かれている上(たまに息子さんに対する悪態もつく)、専門用語をほとんど使っていないから、子育て中の親御さんにいいと思う。

この本の魅力は日本史学者・清水克行氏が十二分に語っていらっしゃるので、そちらを御覧いただきたい。

さて、言い間違いと大人は言うけれども、子供のなかではいたって筋の通ったアウトプットであることが多い。英語圏での話だが、playの過去形がplayedなら、goの過去形はgoed、holdの過去形はholdedだと思うのはしごく真っ当な結論である。

著者の息子さんが実際に言った「これ食べたら死む?」という可笑しな活用も、「読む」「飲む」などのマ行五段活用から類推した結果だろうという。じつは現代標準語には、ナ行五段活用動詞は「死ぬ」1つしかないのだ。国語の時間で活用の種類を習っていない5歳の子でも、ここまで理解しているのである。

ことばを獲得しようと、ことばの海の上を「冒険」している子供は、大人が意識していないことばの不思議へといざなってくれる。ただし、その冒険はことばが完成すると終了し、忘れ去られてしまう。親がその冒険に立ち会っているときは、子供の脳の中を垣間見れる貴重な時間なのだ。

2017年8月10日木曜日

篠竹の軍手収納かご

農作業をするので実家に軍手がたくさんあります。段ボールに入れていましたがだいぶぐちゃぐちゃになっていました。

篠竹を十数本とってきて・・・、


かごを作りました。7月半ばのことです。


底は長方、口は楕円です。工作的には極めて単純。縁には根曲竹を使っています。用途が用途なので竹は厚めに取っています。薄く取るのはしんどいです。

ビフォー

アフター

中身が透けて見えるのは好都合です。

そもそも、軍手が人数分を遥かに上回る数あるのが問題ですね。

2017年6月8日木曜日

脱「筆文字ロゴ」論

久しぶりに行った(古書店でない)普通の書店で大発見をした。

手にとってまず適当に開けたページが芹沢銈介の作品群! これはもしや、と思ったら案の定、つい先月感動とともに紹介した綿貫宏介も載ってる。ハイ、このふたりが同一の本に載ってる時点で第一級資料決定。

さらに私の好きな書家のひとり、中村不折も載ってるし。そればかりかこの本、沢木耕太郎の『深夜特急』の表紙とか、小布施町の桜井甘精堂とか私もちょう知ってるロゴを手掛けた方々も出てくる。



しかし私が感激したのは掲載の面々だけではない。

この本の紹介するあまたの「描き文字」は、毛筆の書でも、規格化されたタイポグラフィでもない。書道の本も、タイポグラフィの本もゴマンとあれど、こういう「人の手によるアナログなロゴデザイン」をまとめた本というのは丸ッきしないのだ。少なくとも私は見たことがなかった。だから、こんな素晴らしい、写真豊富、装丁瀟洒な、ニッチな本を出してくれた著者と監修者に感謝感激なのである。こういう本を求めていたぞ。

さらに、もうひとつは、手書きによるロゴデザインは「描き文字」と言うのか!というちょっとした知的感動である。この「描き文字」に相当すると思われるものに、欧米に「(hand) lettering」というものがあって、私は日本でもそれがもっと普及してほしいと常日ごろ願っているのだが、その訳語に考えあぐねていた。それまではそのままカタカナの「レタリング」とか「ハンド・レタリング」くらいしか思い浮かばず、しかも「レタリング」だと、日本語では単に「文字の装飾」という意味に捉えられがちなのだ。そこへ来て「描き文字」なる言葉がきた。

ただ、「描き文字」はマンガの効果音の文字を指すのにも使われるようだし、「(hand) lettering」とまったく同じものだと言うこともできないだろう。それぞれの使われる範疇は、少し違っていそうである。それに、はたして「描き文字」なる言葉がこの本でのみ使われているだけなのか、あるいは業界で一般に使われる用語なのかは、よく調べていないのではっきりしない。(後者に思えるけども。)

個人的には、一般名詞として「描き文字」というやや安直な言葉を使うのは、あまり好きになれないので、さしあたって、「(hand) lettering」は「レタリング」と訳すことにしておく。

関野香雲による扁額「辨天楼」と、暖簾「きそば」
木材にノミで彫りつけたり、布に染めたりするのもデフォルメの一手段。文字は肉筆と表情を変える。
2014年4月撮影

私はいま、「レタリング」がもっと日本で普及してほしいと言った。アルファベットはもちろん、日本の文字でもである。それというのも、レタリングが多くの「毛筆による」ロゴを「救う」と信じるからである。

全く詳しくないので威張ったことは言えないが、私はレタリングを、「ロゴ、コピー、文言などを、オリジナルの書体(多くの場合筆記体)でデザインすること」くらいに思っている。海外のレタリング・アーティストとして、私の知るところではGed PalmerSeb Lesterといった人がいる。「デザイン」という言葉は重要で、ワープロで打ち込んだり、筆やペンで達筆にしたためるのとは原則として違う。

昨今書店では、チョークアートやカリグラフィーという言葉を目にすることが多くなってきたが、おそらくそれらは、レタリングとは違う。広義には、そのどちらも範疇に含むのかも分からないが、チョークアートの最大の特徴である一過性はレタリングと相容れないだろうし、カリグラフィー(またはペンマンシップ)は、基本的に鑑賞物であるから企業のロゴのような公共性は持たせにくいだろう。

要するにレタリングは、活字と筆書(ひっしょ)の中間なのである。活字すなわち規格化されたタイプフェイスは、まとまった文章には向いているが、ロゴなど短い文言に使うには画一的で面白みがない。一方で筆書は、硬筆と毛筆を問わず、即興で書かれ読みにくい上、何より、しばしば少しくらい下手でもまかり通ってしまうのである

その点レタリングは、オリジナルの書体だから活字のような画一性もない。筆記体の場合は手書きの温かみが温存される。それでいて、念入りにデザインされているからフリーハンドの即興性は後退する。活字と筆書のいいとこ取りをしている、と言ってもいい。

日本では、筆書または「筆文字」のロゴがあらゆるところで見られる。毛筆の文字は、書いてそのままでは、「生々しすぎる」。生々しくて、そのままスキャンするだけではロゴなどの公共物として堪え得ない。どういうことかというと、筆書特有の墨の濃淡、毛先が紙に触れてできるわずかな線、にじみやかすれといった、偶然や作者の作風に由来するものが丸見えで、情報量が多すぎるのだ。

毛筆文字のレタリングは、余分なものを削ぎ落とす「捨象のプロセス」と考える。墨書したものを、いったん木や石に彫ったり、トレースしたり、さらに多少の修正を加えたりすることで、文字は捨象される。情報量は減少し、可読性が増大する。個人性は減少し、公共性が増大する。例えるならば、精細な写真をイラストレーションや水彩画や版画に落とし込むようなものだ。柳宗悦も「書論」という文章で似た趣旨のことを書いている。

個人が間接に現れる場合、書は屡々美しくされる。例へば肉筆を版木に附すと書が蘇る場合がある。版の為に静められ個人の傷がぢかに出ないからである。或はこれを石に刻むとしよう。毛筆はとかく個人をなまで出すが、一度鑿を通るとそれがうすめられて了ふ。(98頁 旧漢字は適宜直してある)
公に用ひる文字、それ故社会的意味を持つ文字の凡ては必然に型を求める。型に入らずば用ひにくい。型はものゝ工藝化である。何も版木や活字の如きものばかりではない。肉筆でも数多く記す時、文字は必ず一定の形式に入り、必然に模様化を受ける。(102頁 旧漢字は適宜直してある)

一つの例として、日本酒の「髭文字」が挙げられよう。(「髭文字」でグーグル画像検索)あれは筆書に由来するレタリングの一種だ。いわゆる「髭」の部分は墨のカスレだが、大胆に抽象化・デフォルメされている。柳の言葉を借りれば、「一定の形式に入」っている。文字全体はもちろんベタ黒だ。そのため可読性は高く、かつ見ただけで日本酒だと分かるオリジナリティも併せ持っている。

しかしスキャン技術が発達した現在では、書いたままの生の筆書をデザインに組み込むことが容易になった。日本酒も肉筆のロゴが今となっては大半である。

東洋の書に代表される「卒意の美」はまったく否定しない。それどころか愛している。文字をフリーハンドで書くことの潔さ、結果の予想不可能性から生じる造形の面白みは、私もじゅうぶん理解している。邪推かも知れないが、「二度書き」が禁止されている習字・書道に触れて育ってきた私たち日本人は、一度で書き切ることを良しとする傾向があるのかも分からない。一度書いたものに手を加えるということに、罪悪感とは言わないまでも、抵抗を覚える人が多いと思うがいかがだろうか。

しかし考えてみれば、日本酒ラベルのような公共性の高いものを、(もちろん何十回と練習はするだろうが)一息に書くなど、凄まじい実力がないとできるものではない。「二度書き」を奨励しているわけではなくて、書いた文字をベースに、紙と鉛筆でデザインするなり、コンピュータに取り込んでデジタル処理するなりした方が、過ちが少ないと思うのである。

繰り返すように、毛筆によるロゴは、肉筆を離れてデフォルメすることで、優れたデザインになることが少なくない。もちろんデザインには相応の知識や勘が必要だが、個人の字は、レタリングによって公のものになる。これはロゴに限らず、柳の言う「公に用ひる文字」一般に言える真理だと信じる。中村不折や、芹沢銈介、綿貫宏介などの優れた先人たちを見るにつけ、ますますそう思う。

参考
柳宗悦(1941)『茶と美』牧野書店

2017年5月22日月曜日

西洋人のヒッチハイカーふたりを拾って

つい昨日のこと。午前10時半位だったろうか、山ノ内町の小さな交差点で、長身の西洋人の青年2人がヒッチハイクをしているのを見つけた。その交差点は、外国人どころか歩行者も多くない農道で、そのせいで2人の青年はたいへん目立った。田舎特有の、広大な駐車場のあるあのセブンイレブンのある交差点と言えば、地元の人はもう特定できるかもしれない。

とっさのことだったので迷いもあり、私は一度通り過ぎたが、すぐさま引き返して道路脇に車を止めた。あまり危なそうな青年たちには見えなかったのももちろんあるが、ヒッチハイカーを拾ってみたいという好奇心の方が大きかった。それに、英語を話すのは満更でもない。

私は彼らを車の中に案内しながら、ぶっ飛んだおかんが世界一周中のドイツ人を連れてきて昼めしをもてなしたという、むかし読んだブログ記事を思い出していた。その話ほどには、この話は内容はないのだが。

車に乗った青年たちに、そもそもどうやってここまでたどり着いたのか、と聞いたら、湯田中から歩いてきた、と言う。彼らを拾った場所から2キロほど離れたところには湯田中駅がある。湯田中は地獄谷のおサルの温泉が有名な一大観光地なので、外国人で賑わうのだ。徒歩以外の交通手段はまず考えられなかったので、どうせそうなのだろうとは思っていたが、全国的に猛暑となった昨日21日である。彼らの勇敢さには恐れ入った。

行き先は、竜王スキーパークだという。私の向かおうとしていたところと同方向であった。竜王といえば、私はスキーシーズンの始まる前の秋に、そこのロープウェイに乗ったことがある。標高1770メートルの展望台からの雲海は、圧倒される美しさであった。もちろんロープウェイまで、全行程を歩いて行くにはあまりにも遠い。問題は、折悪しくこの時期、竜王はスキーシーズンも終了し、グリーンシーズンも6月まで始まらないのを私は知っていたので、行っても何もすることがないよと私は正直に伝えた。しかし青年らは「乗りかかった船」と悟っているのか、気後れするでもなく、トレッキングに行くからいいんだ、と言う。トレッキングするようなところでもないのだが。

それに、田舎の、営業休止中のスキー場である。帰りの足がないのだ。どうやって帰るのだ、とこれまた老婆心から聞いたら、人里まで歩いてまたヒッチハイクするから、と不安がる様子もない。彼らのタフさを見習いたい。無計画、とも言えようが。

助手席に座ったのがアルゼンチン人のマディアス、私のうしろに座ったのがフランス人のジェレミーという。似た年頃、背格好なので、てっきり同郷の友人かと思ったが、湯田中駅近くの、私も名前を知っているホステルで出会ったのだという。ふたりのこれからの行き先も違うそうだ。

無事、竜王から帰れたことを祈る。

2017年5月12日金曜日

工藤員功・稲垣尚友 『手仕事を追う―竹』 あるくみるきく選書2

ISBNの無い古本、非売品、稀覯本がたくさん売りに出されるヤフオクでは、しばしば思いもよらない本に出会うことがある。


工藤員功・稲垣尚友(1980)『手仕事を追う―竹』株式会社アスク

もそうだ。宮本常一編「あるくみるきく選書」3巻の内、2巻目だ。小さい本である。

ただし、ヤフオクに出ていたのはこれを含むシリーズ全3冊セットで、しかも不相応に高かったので、結局ヤフオクではなく、他のサイトで1冊のみ、割安に買ったのだが。

本の表紙や奥付には「近畿日本ツーリスト株式会社・近畿日本ツーリスト協定旅館連盟 二十五周年記念出版」とあり、ISBNは無いため、アマゾンなどでは手に入れることができない。どういう形かは分からないが、無料で頒布されたのだろう、価格も書かれていない。入手は困難だが、然るべきサイトに行けば現時点ではネットでも入手可能だ。

工藤員功氏による、「竹細工の産地を訪ねる」と称する全国の竹細工産地の紹介が本文の3分の2くらい。稲垣尚友氏による、「カゴ屋職人修行日記」が残りの3分の1くらいだ。新書サイズで写真は多く、すぐに読み切れてしまう。竹細工の産地に関しては、竹細工が盛んなはずの長野県や山梨県の記述が無いなど、偏りを感じないではない。

後半の稲垣氏による修行日記は面白かった。著作が多いので、この方の名前は私は何度も目にしていたから、竹細工の世界では有名な方なのだろう。ネット上では氏の最近の動向や、制作についてほとんど分からないが、最近は自前のキャンピングカーで全国を飛び回っているようだ。70歳を過ぎているのに、本当にお若くて、笑顔は少年のようだ。(ちなみにリンク先の「松本みすず細工の会」の方とは昨年知り合いになったので、稲垣さんは私の友達の友達ということになる!)

本書には、35歳の稲垣氏が、1977年4月26日から3ヶ月という期限付きで、熊本県の竹細工職人のもとで修行する様子が、日記形式で綴られている。文章からまんべんなくにじみ出る、稲垣氏の「若さ」が特にいい。何が「いい」のか、よく言葉にできない。ただの「古き良き時代」に対する羨望も混じっているのかもしれないが、少なくとも同じ竹細工を学ぶ私に、響くのだ。

たった3か月という期間で、習得できるものは限られている。それでも竹細工で生計を立てる覚悟でやって来たのだ。妻子もいる手前、時間を1日たりとも無駄にできなかったのだろう。指の激痛でまともに寝られない日があっても、歯を食いしばって師匠のもとで竹細工を習った。師匠とその奥さんが優しい方なのだ。指を病院で診てもらった稲垣青年を、下宿先に見舞いに来てくれた。

3ヶ月の修行の末、若き稲垣氏は決心する。

このとき、すでに私はカゴ屋で生活の糧を得ようと心に決めていた。生まれて初めての”専業志望”であった。これまで何十もの仕事についてきたが、それは、あくまでも、金もうけのためであった。(中略)帰り際、私は師匠に約束してきた、関東のどこかで仕事場を捜すから、そのときは呼ぶからと。一銭の指導費も払ってこなかった私の、せめてもの気持ちであった。(195-6頁)

この言葉通り、氏はのちに関東に農家を借りてカゴ屋となる。この充実した修行を経て、今の稲垣氏があるのだ。作ったものを見ると、3か月という修行期間では考えられないほど、技術が高い。

本文を全て読み終わって、稲垣氏の著者紹介を見てびっくりした。

稲垣尚友(いながき・なおとも)
一九四二年東京生まれ。国際基督教大学在学半ばで書と教室を捨て、各地の居候的放浪の末、南東に通いつめる。(*後略 *強調は筆者)

卒業はしなかったものの、稲垣氏は私の大先輩だったのである! これからは親しみを込めて、「氏」ではなく、さん付けで呼んでもいいだろうか。

職を転々とし、南島(トカラ列島のこと)に引越し、挙句の果てに妻と幼子を置いて3ヶ月間の竹細工修行に出かけるなど、本書を読みながら稲垣さんの自由さとフットワークの軽さは人並み外れていると思っていたが、国際基督教大学(ICU)なら仕方がない。それは冗談にしても、ICUに入学した時点で彼のフロンティア精神の片鱗がすでに見いだせよう。お会いしてみたい方である。

2017年5月8日月曜日

綿貫宏介という巨人

ある日ネットで知った御所坊という有馬温泉の宿の、ロゴを始め、暖簾や避難経路図に至るまで館内のそこここにあると思われる、不思議な篆書じみた文字に釘付けになった。

この垢抜けた文字はそんじょそこらのデザイナーによる仕事ではないのは、ひと目見て明らかだった。しかしロゴデザインの主を調べようにも、御所坊のサイトには説明がない。御所坊の文字という以上に手がかりもないので調べようがなかった。

そのロゴは、篆書はもちろん書を熟知している人でないと出来ない仕事だった。安っぽい言い方はあまりしたくないが、端的に言って、上手いのである。あまりに完成しているので、朝日新聞の題字における欧陽詢「宗聖観記」のように何か古典から集字したのか、もしくはアレンジしたという可能性もほんの一瞬頭をよぎった。しかし、御所坊の文字は、私の知るかぎりどの古典にも似ておらず、独特で、何より、きわめてモダンであった。

ある匿名のデザイナーによる、モダンな篆書じみた文字。私は不思議な感覚に陥った。

そんな感覚も忘れかけていたつい昨日、Facebookで流れてきた写真が目に止まった。友達の友達のあげていた小鼓という酒で、小さくてよくわからないが、ラベルのロゴがどことなく垢抜けていた。

すぐさま検索してみて、心臓が高鳴った。ラベルの文字が、あの御所坊の文字と同じだったからである。小鼓は西山酒造場という兵庫の会社の酒で、そのデザインに関して、親切にも1ページを割いてくれていた。西山酒造場のロゴデザインを手掛けたのは、1925年生まれの綿貫宏介という芸術家であったのだ!

話は寄り道するが、白状すると、ある素晴らしいクリエイターやその作品に出会ったとき、恥知らずな私は「他の面では無理でも、頑張れば、この人のこの部分には勝ち目があるかな」と、しばしば思うことがある。

例えばの話、文字を扱うクリエイターに対して「墨書についての知識は僕のほうが持っているんじゃないかな」なんて思ったり。(超有名デザイナー佐藤さんのとあるロゴデザインとかを見たりなんかするとね・・・ボソッ)。またある人には「オレのほうが英語うまいんじゃね」とかね。言うまでもないことだけど、有名人に対する揚げ足取りである。

しかし、綿貫宏介はそんなちっぽけなやっかみの入る隙すらない、桁外れの芸術家ではないか。

戦後、ポルトガルとスペインに15年間留学したというから、ヨーロッパの美術も吸収してきたのであろう。氏の作品には、アルファベットの書き方から色使いまで、どこか洋の東西を越えた普遍性があるように思える。作品も文字だけでなく絵画や陶器などにも及ぶとのこと、綿貫氏の表現の幅の広さが伺える。さらに漢詩にも精通しているとあるから、向かう所敵なしである。

綿貫宏介のデザイナー、芸術家としての評価はもちろん高いので、私がここでこれ以上語るつもりはあるまい。私は、氏のあまり着目されない点、即ち書家としての尊敬の念をおくりたい。書家と言っても、ここで私が言うのは筆と墨で書くいわゆる書家ではなくて、字に深い造詣があり、字を美しくデザインする人としての広義の書家である。

綿貫氏のロゴ、つまりエンドプロダクトから判断する限り、字のベースは多くの場合、篆書というまったく歴史的な文字だけれども、墨と筆がデザインの最終段階であまり大きな役割を担っていない。もちろん氏の制作過程は不明なので、あるいはデザインの初期の段階で毛筆で大まかな文字の骨組みを作っているかもしれない。しかし最終的なデザインはおそらく硬筆か、毛筆だとしても絵を書くように文字を形作っていくのか、ないしは小刀で紙を切り抜いていくのかも分からない。とにかく、ロゴに、筆の穂先の動きや線の細太(さいたい)、線の潤滑(にじみかすれ)といった「筆致」がほとんど見いだせないのである。

何を言いたいのかというと、歴史的な文字を扱っているにも関わらず、手法や文字配列、そして書体が現代的であって、それが氏のデザインの「モダン」、「おしゃれ」と称される所以なのである。

2017年5月7日日曜日

あつめること には2種類ある

何かを熱心に「あつめる」人がいる。コレクターである。

その「あつめる」ことには2種類ある。網羅すること、と、精選することだ。

あるテーマ、団体、人物に関してすべてのものを集め尽くそうとするのが、網羅すること。コンプリートすることだ。

好きなアーティストの音楽を全部買う、好きなキャラクターのグッズをとことん集める、などがそうだ。網羅することには、それを楽しむということの他に、全てを集め尽くすこと自体が目的となる。個々のモノの好き、嫌いは何であれ、全てをコンプリートしたあかつきには、何とも言えない達成感が待っている。

一方で、あるテーマ、団体、人物に関して自分の気に入ったものだけを集めるのが、精選すること。セレクトすることだ。

コンプリートすることの達成感は得られないものの、自分のあまり気に入らないもの、必要ないものを集める必要がなくなる。つまり、自分の好きなものだけが手元に集まる。

私は柳宗悦が好きで、民藝運動に関して柳自身が著したものも、第三者が著したものも、書籍はたくさん持っている。しかしながら、正直なところ、数十万という高値で取り引きされることもある柳の書(墨書のことです)は、バーゲンセールで大安売りされていたとしても、あまり欲しいとは思わない。魯山人もどこかで評したそうだが、私は柳の字を美しいとは思わないからである。

マイリー・サイラスが好きだとしても、一部の曲ばかりを繰り返し聞いていて、他のは一度も通して聞いたことが無い、とか。「あつめる」とは少し違うが。

網羅することと、精選することは、目的が違うのであって、どちらが良いというのはない。しかし私は、精選することの方が好きである。私はそうやって、あつめてきた。

網羅することは、すなわちそれに没入すること、という可能性をはらんでいるのではないか。あることやものが好きでたまらないと、その悪い面が見えづらくなってしまうような気がするのだ。

・・・もちろん、セレクトしようにも全部好きなんだ、という場合も少なくないだろう。つまり「網羅」と「精選」がぴったり一致するとき。そのとき、それはその人にとっての「とっておき」だ。

私にもそういう、ほとんど「全部好き」な書家がいる。私の「とっておき」なので、この場では教えられない。

話を戻して、あることやものの一部は好きだけど一部は好きじゃないという「精選的」スタンスだと、そのことやものに対する批判を受け入れやすくなる感じがする。

柳の字に対する魯山人の批判には、私は全く賛成するが、柳を絶対視する人にとっては、その批判も受け入れがたいものなのかもしれない。実は柳の民藝理論や、現代の民藝運動そのものにも、しばしば矛盾や不備が指摘されるが、民藝運動を客観視できれば、それも認めることができよう。最初から、えり好みしているから。