2014年7月15日火曜日

手書きすることは脳にいい・・・らしいぞ(英語)

書道をたしなむ者として、私は手書きの文字には人よりも身近に感じている。キーボードを打つより、手書きしたほうが脳にいいっぽい、という記事を見つけたので、紹介する。

What's Lost as Handwriting Fades - The New York Times (June 2)
「手書きの衰退で失われるもの」

Why you should take notes by hand — not on a laptop - Vox (June 4)
「学生よ、PCではなく手書きでノートをとれ」

私は、長めでかっちりした文章を打つときは、その前に手書きで下書きをすることが多い。特にブログでは、この記事は本腰据えて書こう、と思う記事は、私はまず裏紙にボールペンで下書きをする。猛烈に。下書きは骨組みで、肉付けは打ち込みながらするので、とりあえず一心不乱に書きなぐる。だから、もう人には見せられないくらいぐちゃぐちゃで、文としても破綻していることも多い。でもこの過程があるかないかで大きく違う。

主観だが、下書きをしたほうが話に芯ができる。手書きのときとタイプのときとで、合わせて2回文章を練ることができるという点が大きい。紙にとりあえず言いたいことを全部吐き出して、打ち込みながら再構成できるというのは、効率もいいし、書いた後の満足度も高い。直接打つと、行き当たりばったりでうまく文章をまとめられない。

タイプだと、タイプミス変換ミスが時間を食ったり、オンライン辞書をつい引いてしまったり、リンクを張るのはおろか括弧を打つのさえ面倒くさかったり、Facebookが気になってしまったり・・・、気が散って仕方がないのだ。タイプしているうちに、言いたいことを思いついても忘れてしまうことが多い。手書きはタイプより少し遅いが、集中できるので、書こうと思ったことを忘れて、もどかしい思いをすることはあまり無い。

ちなみに前回の「書道八段」の記事は下書きをしている。本記事は、下書きと直打ちが半々だ。どこが下書きをしたところか、分かったら教えてください。

以上は手書きにちなんだ私の経験だが、上記記事は何も下書きのしかたなどについて書いているのではない。書道にも関係ない。

1つ目のNYTimesの記事は、タイトルが少々アジっている[1]が、主に認知心理学的、脳神経学的な話。ある研究で子供に手書きをさせたところ、なぞり書きやタイプ入力をしたときには見られないような神経回路の活性化があったのだとか。他の研究では、手書きで作文をするよう指示された子供の方が、長く速く文章を書けたという。

2つ目の記事は、ノートの取り方について。キーボード入力より手書きのほうがいいのは、パソコンには誘惑が多いというだけではなく、聞いたそばから頭を使わずに打ち込んでしてしまうから、という理由もあるらしい。手書きだと筆記の量は自ずと限られるが、その分何が重要なのかを取捨選択しながらノートをとる。つまり思考しながら講義を聞くことになるので、結局テストではいい成績を修められるのだそうだ。

どちらの記事も、同じ論文(Mueller & Oppenheimer 2014)を引用していた。

この論文がたまたまメディアの目を引いただけで、他にも同様の研究の蓄積があるようだから、私のような門外漢が判断を急いではいけないだろう。だけどもはっきり言って、手書きをしたら脳のココとココが活性化しましたって言われても、「だから何なの?」て思う。私は脳科学はまだ発展途上の学問だと思っているので、脳のここが明るくなりました、みたいな話にはどうしても胡散臭さを感じてしまう。活性化したからといって手書きの方が優れていると言えるのか。一般向けの記事にするなら、そこを少し突いたほうがいいんじゃないのかな。

後者の記事に関して言えば、テストで良い点をとることがノートの唯一の目的ではないことも承知すべきだ。パソコンでノートをとれば、後で検索ができる、編集が簡単、ペーパーレスになる等の利点が多い。目的に合わせてノートの取り方を変えれば良いのだと思う。

内容はどうであれ、記事の書き手も読み手も、そして研究者も、手書きのプロセスはタイプに勝るよね、という経験則をどうにか裏付けたいのだ。私もそれに賛成だ。

[1]アジる=アジテーション。煽動的。

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