2014年6月11日水曜日

失われた「夜の寝覚」最終部 新発見の断簡を見に

平安後期の王朝文学「夜の寝覚」の欠落した最終部の一部が発見されたと、読売新聞が5月27日付朝刊で報道した。

菅原孝標女の作とも言われる「夜の寝覚」は、最終部など一部が現在に至るまでに失われていた。しかし実践女子大学が京都市で購入した断簡を調べたところ、冒頭部に記されている和歌「知らざりしやまぢの月をひとり見て よになき身とや思ひいづらん」[1]が決め手となって、「夜の寝覚」の最終部だと同定できた。これまで欠落部分のものと推測されてきた一連の断簡とも類似するため、合わせて2000文字程度を復元できる可能性が出てきたという。

ちなみにこの断簡は、南北朝時代の後光厳院によって写されたという極札(筆跡鑑定書)が付いていた。「極めつけ」の語源である。

さて、私はこのニュースを上記紙面上で知ったのだが、告白すると、それまでに「夜の寝覚」という作品名を聞いたことすらなかった。では、なぜこんなことをブログに書くのか。

というのも、くだんの断簡の筆跡が大変美しかったからである。文学研究上の意義も大きいけれども、同時に書としても、非常に優れていると思ったのである。

この断簡(書の世界では古筆切ともいう)は、6月7日から10日までの4日間、渋谷の実践女子大学で展示されていた。書道部の先輩と一緒に昨日、この目で見てきた。

この古筆切は、それ自身は縦16.9cm、横14.8cmの小さな紙ッ切れである。折り紙くらいの大きさである。しかし古筆切は一般に、鑑賞のために掛け軸にされていることが多く、この「夜の寝覚」最終部も例外ではなかった。新聞紙面には断簡の本体しか載っていなかったが、実物は幅4、50cm、高さは人の身長を優に超えるであろう細長い軸に表装されていて、裂(きれ)は紺地に金色(?)の大きな菊紋の入ったものだった。たいへん格調高い表装であった。その書は、細太のはっきりした瑞々しく色っぽい線であった。

その他のメディア報道
5月29日NHKニュース おはよう日本
朝日新聞6月3日付夕刊

鑑定した横井孝教授の論文は武蔵野書院のこちら。武蔵野書院のブログ記事

[1]和歌原文:志らさ里しやま地の月を日と利み帝/よ尓なき身とや思日いつらん(「/」は改行。)

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