肢節量――2次元図形の周の複雑さを表す値――なるもの

ずっと温めてきたものをようやく完成させる気になった。数学のお話。

1. 肢節量の発見
2. どこを探しても資料が無い
3. 肢節量を求める公式と解説
4. 肢節量の応用


1. 肢節量の発見

今となってはすっかり記憶が薄れてしまったことが惜しいのだが、それは私が高3も後半、机に向かって受験勉強をしていたときのことだ。そのときは地理をやっていたかもしれないし、数学だったかもしれないし、あるいは全く別のことだったかもしれない。けどそんな細かいことはどうでもいい。重要なのは、そのとき私に、ある数学上のひらめきがピカッと起こったということだ。(後になって考えれば、このひらめきは滅多に味わえないなかなか良質のものだったなあ。)

私はそのときアフリカ大陸の海岸線の複雑さのことでも考えていたのかもしれない(いや冗談じゃなくて)。私がひらめいたのは次のようなことだ。

平面上の任意の図形の周の複雑さ(入り組み度合)は、その図形と同面積の円の周と比較することで数値化できる。

分かったかな。これだけじゃ分からないから今すぐ説明を、というならば、「3. 肢節量を求める公式と解説」まで読み飛ばしてね。

私はこのひらめきがとても意味があり、かつ公式化も非常に簡単だと直感したので、すぐさま手元の紙に計算を始め、数分ののちに公式を導き出した。その後電卓を使い、具体的な図形でその入り組み具合を計算してみた。

私は数学的な発見を一つなし得、しばし余韻に浸っていたが、この単純な公式の第1発見者は私では(もちろん)ないだろう。これには何かしらの名称があるはずだ。しかし、これは突然ひらめいたことなので、私がその「入り組み度」の正式名称を知る由も無かった。この値や考え方についてもっと深く知りたいと思ったのに、早くもそれでおしまいになってしまいそうだった。

だがその後(当日だったか後日だったかは定かではない)、私がたまたま偶然持っていた「データブック・オブ・ザ・ワールド」(二宮書店)という統計集に、何か載っているかもしれないと思いつき、本棚から取ってきて調べ始めた。そしたらどんぴしゃり!! 世界の大陸の統計に関する欄に、まさに探していたものが載っていた。そこにあった言葉は、「海岸線の発達度(肢節量)」。そして大陸ごとのその数値が載っていた。私の発見したものは、「肢節量」と言うのだということが分かった。(数学的な話題なのに、統計集に目をつけた所以は、そもそもの事の始まりが大陸の海岸線の複雑さについての考察だったからだ。)

私の探求は、これで大きく前進したのだが、どのようにして海岸線を測っているのだろう、他の島の肢節量はどうだろう、などと疑問がわき、後日インターネットで調べてみた。


2. どこを探しても資料が無い

まず「肢節量」というキーワードで検索してみた。しかし、驚いたことに、肢節量の説明が全く出て来なかった。目立つのは地理学関連のPDFばかりだが目ぼしいものは無し。珍しいくらいに何も手がかりがつかめなかった。文部省の「学術用語集」にも、肢節量は載っていなかった。

当時はそれで諦めたのだが、この文章を執筆中、もしかしたら肢節量という言葉を知らないまま「海岸線の発達度」というふうに説明がされているかもしれないと思い、「海岸線 発達」、「海岸線 複雑さ」でも検索してみたのだが、それでも説明らしきものは見つからない。

ならば、「データブック」の統計のもともとの出所だった、多田文男らの「自然地理学」という本を探してみたらどうかと思い、Google、Amazon、Wikipedia、地域の図書館で調べてみたが、多田氏が有名な地理学者だとわかっただけで、「自然地理学」なるものはなしのつぶて。ICUに入学してからは、ICU図書館、国立国会図書館なども検索してみたが、氏のあまたの著作にも、「自然地理学」は見つからなかった。この本、存在するのか?

大体、「データブック」の出典表示が、いい加減だった。例の統計のソースが「多田文男ら」の「自然地理学」ということだけで、出版社、出版年など何も示されていなかったのだから。そもそもそれが本なのかも怪しい。(ICUで学んだが、こんなこと欧米では許されないぞ。)完全に八方ふさがりだった。

しかし、これは考え直せば、肢節量について私は完全なるパイオニアということを意味している! 肢節量は未開拓の分野なのだ。そのパイオニアとして歴史に名を残そうと思い、私は本記事を書くことにした。(ですがもし肢節量について先行研究がありましたら、ご教授ください。)さあ、前置きが長くなったぞ!


3. 肢節量を求める公式と解説

数学が苦手という方も、ご安心を。ここでは、長い数式は全く出て来ず、計算もせいぜい平方根まで。つまり中3程度の知識で理解できる。

まず、肢節量を求めたい図形Aを用意しよう。その図形の面積をS、周の長さをLとしよう。肢節量を求めるには、次の事実を用いる。

面積が等しい図形の中で、周の長さが最も短いのは円である。

言い換えると、円は周の長さを最も節約した効率的な図形ということだ。(この命題は証明を要するが、残念ながら私は証明できないので省略させて頂きます。)ということは、肢節量σとは結局、

σ=(図形Aの周L)/(面積Sの円の周L')

ということだ。この式は、「周が最も経済的な円に対して、図形Aの周Lはどれくらい複雑か」という比を表している。rをその円の半径とすると、L'=2πrなので、σ=L/(2πr)である。ここでS=π(r^2)より、r=√(S/π)となる。よって、

σ=L/(2πr)=L/(2π√(S/π))=L/(2√(Sπ))

以上。絵の方がわかりやすいかな。


肢節量は周の複雑さを表す値なので、値が大きいほど図形が入り組んでいる、または「円っぽくない」ということだ。σは、もちろんAが円のときに最小値1をとる。σの上限はなく、よって1≦σ<∞だ。

では、具体的な図形の肢節量を求めてみよう。


1.13<1.29なので、正方形は三角形より円に近いということだ。

今度は山手線の肢節量を求めてみよう。1周が34.5km,山手線の内側の面積が65平方kmだそうなので、


山手線は三角形より円に少し近く、まあまあ経済的な形のようだ。

北海道(本島)の海岸線の肢節量を求めてみよう。海岸線が3062km、面積が78420平方km(統計はこちらから)なので、


さあ、みんなも身近な図形の周と面積を用意して、肢節量を求めてみよう!


4. 肢節量の応用

今まで2次元図形を見てきたが、肢節量は、他の次元にも拡張できるぞ。

1次元(すなわち線)における肢節量とは、あるくねくねした線の複雑さのことだ。その公式は簡単、あるくねくねした線の長さをLとし、その端と端を結ぶ線分の長さをL'とすれば、σ=L/L'だ。

例えば岩手県のリアス式海岸の肢節量を求めよう。岩手県の海岸線は708km(数字はとりあえずこちらから)、海岸線の端と端の距離は165km(Google Mapsで手動測定)なので、σ=708/165≒4.29

そして、3次元(すなわち立体)における肢節量とは、あるでこぼこした立体のでこぼこ具合のことだ。その公式はちょっと難しい。



追記:杉谷隆、平井幸弘、松本淳(2005)『風景のなかの自然地理』 東京:古今書院の90ページに、肢節量の記述があった。それによると、倶多楽湖の肢節量は1.04だという。(2012年11月20日)

コメント

  1. ももせのブログ面白いです。
    今さらこの記事を見つけて気になったので調べたけど、
    (岩佐義朗 1990 湖沼工学 山海堂)
    ってのが自分が調べた範囲の古い出典でした。
    それによると、「その湖沼の湖岸長とそれと同面積の円の周囲長との比によって、湖岸の屈曲度を示したものであり、・・・」ってことらしい。
    http://ir.obihiro.ac.jp/dspace/bitstream/10322/2299/1/Strix24_25.pdf

    一番多くひっかかるのは環境省/庁の資料だね。
    「肢節量:湖沼と同一面積を占める円の円周と湖岸線延長との比。湖沼が円形ならば肢節量=1。(環境庁,1998)」
    http://www.env.go.jp/policy/assess/4-1report/03_seibutsu/2/chap_3_2.html

    しかしともにソースまではたどれず。
    どのお役所も基本資料は探しにくいw

    ただどれも湖っていうクローズドな平面図形の例だけで、海岸線については確かに見つからないね。。。

    最初はフラクタル次元とか関係すんのかと思ったけど、
    結局俺が見つけた使用例としてはこの記事の3項そのものだけで、起源まではたどれませんでした、という報告でした。

    すでに知ってる情報だったらごめん・・・
    でも勉強になった。

    yohei

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    返信
    1. 丁寧なコメントありがとうございます!励みになります。

      どちらの資料もおそらく触れたはずですが、よく読んでいませんでした。確かに、1つ目の論文に公式まで書いてありますね。

      ただ、初出を探すとなると難しい気がします。肢節量は平凡な考え方なので、起原は古いはずですし、誰が一番というのはないと踏んでいます。

      削除

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