2013年10月11日金曜日

『和紙の里 探訪記』・『インドで考えたこと』・『明治日本』

菊池正浩(2012)『和紙の里 探訪記』草思社
和紙の里 探訪記 [単行本] / 菊地正浩 (著); 草思社 (刊)

和紙工房は日本全国おしなべて廃業が相次ぎ、把握が難しい。手漉きがいまなお続いている工房は、ほとんどの場合、把握されている数より少ない。全国津々浦々を著者が訪れ、自身の目でこんにちの伝承の実際を確かめられたところに、この本の価値がある。

地理的、歴史的な記述ばかりが目立つためだろうか、それとも、著者が和紙の専門家ではないゆえの私の先入観が邪魔したためなのだろうか、文章がどこか味気なく、心揺さぶるようなものがなかった。もっとこう、たとえば柳宗悦の「和紙の教へ」みたいにこまやかな観察眼でもって、紙そのものに対する尊敬を、感動を、伝えて欲しかった。

堀田善衞(1957)『インドで考えたこと』岩波書店
インドで考えたこと (岩波新書) [新書] / 堀田 善衞 (著); 岩波書店 (刊)

この本は前回の記事で書いた『何でも見てやろう』などで言及されていて知った。自然にこの本にたどり着いた感じだ。

この本も古い。だから、まだ中央アジア諸国はソ連に取り込まれているし、ベトナムは南北に分裂しているし、冷戦は続いているし、ネルーは生きている。ICU図書館で借りたが、岩波新書のはずなのにハードカバーであった。推察するに、元々の青表紙がボロボロになってしまったために、製本しなおしたのかもしれない。そのハードカバーでさえ、すでに角が丸まって、背表紙の手書きの文字は読めなくなっているのだが。

ICU図書館の最初期に入れられた本だと思う。この本を読むと、この本を手に取ってきた幾十人の先輩、ひいてはICUの歴史に参加できたようで、ちょっと嬉しくなるのであった。

内容はというと、タイトル通りインドで「考えたこと」であって、「アジア」と「西洋」、日本とインド、多分に文学的、哲学的、政治的な考察が繰り広げられており、本書を一言でまとめることができないでいる。その方面に明るくない私には、批評する言葉がない。之を逃げと謂ふ。

ハーバート・G・ポンティング(長岡祥三訳)(2005)『英国人写真家の見た明治日本』講談社
Herbert G. Ponting. (1910). In Lotus-Land Japan. Macmillan.
英国人写真家の見た明治日本 (講談社学術文庫) [文庫] / ハーバート・G・ポンティング (著); 長岡 祥三 (翻訳); 講談社 (刊)

またまた紀行だ。しかし今回は外国人による日本滞在記である。そして時代は、一気に1900年代、日露戦争の時代にまで遡る。

ポンティング氏、日本の風景、工芸、人間に盲目的と言ってもいいほどの愛を表明するので、読者としてみれば、安直な歴史ロマンに陥らないようにするのが大変だ。彼は写真家なので美しい写真が多数掲載されているが、視覚への訴えは強力である。言葉を尽くした情景描写は、もはや詩的である。あんまり日本への感激に満ちているので、甘ったるい果物を腹いっぱい食べたときのような、食傷、もしくは面映さを感じなくはない。

残念なことに抄訳なので、原文はもっと長い。惜しい。原文を読めということだろうか。あと訳が巧い。英語を全くと言っていいほど感じさせない。

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