「美しい日本語の響き」という本を…読みませんでした
「美しい日本語の響き」という本を読むつもりだったが…、読むのはやめた。
美しい日本語の響き―母国語を知り、外国語を学ぶためのレッスン [単行本] / 篠沢 秀夫 (著); 勉誠出版 (刊)

日本語の音に関する、言語学的な小話集だ。先日図書館の新刊の棚にあったときパラパラと読んでみたら、なかなか面白そうだったのだが、昨日もっとゆっくり眺めてみたら、いろいろと気に入らなかった。だから借りるのはやめた。
気になったところを、気になった順に書いておこう。
まず、タイトルへの違和感は始めからあった。「美しい日本語の響き」。まるで日本語の音は特に美しいとでも言っているようだ。もちろんはしがきにもあるように、これは(正確には忘れたが明治あたりの)日本語を聞いた外国人の感想らしいから、筆者の直接な主観じゃないかもしれないが、すべて言語には優劣は存在しないという言語学の(ほぼ)常識から見て、アカデミックな本書にこの言語ナショナリズム的タイトルは気になる。
そして読んでみてすぐ気付いたのが、体言止めと「!」の多用だ。もう少し分析すると、短文が多く、それに伴って接続詞が少なく、そして過剰なまでに多段落構成なのも気になった。文がカタカタと区切れるので、読みにくかった。(これが好きな人もいるかもしれないが。)
再現するとこんなふうだ:「読んでみてすぐ気付いた。体言止めと『!』の多用! もう少し分析しよう。短文の多用、それに伴う接続詞の不十分な使用、そして過剰なまでの多段落構成! 文がカタカタと区切れる。だから読みにくい。」
言っていることは同じなんだし、もしかしたらこれは名著なのでは?と思うだろう。でもだめだ。働き盛りでサバサバカタカタした方が書いたのならまだ読めたかもしれないが、なにせ著者は80近い大御所学者なのだ。著者のイメージと文章とのギャップに拒否反応が出てしまったから、読む気が出なかった。それに、もしこれが名著なら、それがこんな文体で書かれないのではないか。
決定打を2つ挙げよう。まず、著者が一貫して使っていた「母国語」という語はやはり不適切だ。「母語」とすべきだろう。なぜなら、国境と言語境界は一致しないからだ。「母国語」という言葉には、国と言語は1体1に対応するという思想が含まれているが、話はそう簡単ではない。例えば日本国籍を持ち日本に住みながら、英語を生得言語とする人の「母国語」は何なのか。フランス語を生得言語とするベルギー人の「母国語」は何なのか(ベルギーはフランス語、オランダ語、ドイツ語の3言語共同体である)。あなたの「母国の言語」は何ですかと聞かれて、どのように答えるのだろうか。このようにいろいろとややこしいのだ。
そして2つ目は、あまりに堂々とした誤植であることを願う。ああ、「通り」は「とうり」とは振らないぜ、著者さん。
往年はフランス政府留学生試験に首席合格の、キレるフランス語学者だそうだが、語弊満載で総括すれば、ご年配がやけにはしゃいだ自己満足本という感想を持った。
最後に少し弁護しておこう。内容は一応正しそうだったし、日本語学に興味がある人にとってはうんちくに満ちていた。
美しい日本語の響き―母国語を知り、外国語を学ぶためのレッスン [単行本] / 篠沢 秀夫 (著); 勉誠出版 (刊)
日本語の音に関する、言語学的な小話集だ。先日図書館の新刊の棚にあったときパラパラと読んでみたら、なかなか面白そうだったのだが、昨日もっとゆっくり眺めてみたら、いろいろと気に入らなかった。だから借りるのはやめた。
気になったところを、気になった順に書いておこう。
まず、タイトルへの違和感は始めからあった。「美しい日本語の響き」。まるで日本語の音は特に美しいとでも言っているようだ。もちろんはしがきにもあるように、これは(正確には忘れたが明治あたりの)日本語を聞いた外国人の感想らしいから、筆者の直接な主観じゃないかもしれないが、すべて言語には優劣は存在しないという言語学の(ほぼ)常識から見て、アカデミックな本書にこの言語ナショナリズム的タイトルは気になる。
そして読んでみてすぐ気付いたのが、体言止めと「!」の多用だ。もう少し分析すると、短文が多く、それに伴って接続詞が少なく、そして過剰なまでに多段落構成なのも気になった。文がカタカタと区切れるので、読みにくかった。(これが好きな人もいるかもしれないが。)
再現するとこんなふうだ:「読んでみてすぐ気付いた。体言止めと『!』の多用! もう少し分析しよう。短文の多用、それに伴う接続詞の不十分な使用、そして過剰なまでの多段落構成! 文がカタカタと区切れる。だから読みにくい。」
言っていることは同じなんだし、もしかしたらこれは名著なのでは?と思うだろう。でもだめだ。働き盛りでサバサバカタカタした方が書いたのならまだ読めたかもしれないが、なにせ著者は80近い大御所学者なのだ。著者のイメージと文章とのギャップに拒否反応が出てしまったから、読む気が出なかった。それに、もしこれが名著なら、それがこんな文体で書かれないのではないか。
決定打を2つ挙げよう。まず、著者が一貫して使っていた「母国語」という語はやはり不適切だ。「母語」とすべきだろう。なぜなら、国境と言語境界は一致しないからだ。「母国語」という言葉には、国と言語は1体1に対応するという思想が含まれているが、話はそう簡単ではない。例えば日本国籍を持ち日本に住みながら、英語を生得言語とする人の「母国語」は何なのか。フランス語を生得言語とするベルギー人の「母国語」は何なのか(ベルギーはフランス語、オランダ語、ドイツ語の3言語共同体である)。あなたの「母国の言語」は何ですかと聞かれて、どのように答えるのだろうか。このようにいろいろとややこしいのだ。
そして2つ目は、あまりに堂々とした誤植であることを願う。ああ、「通り」は「とうり」とは振らないぜ、著者さん。
往年はフランス政府留学生試験に首席合格の、キレるフランス語学者だそうだが、語弊満載で総括すれば、ご年配がやけにはしゃいだ自己満足本という感想を持った。
最後に少し弁護しておこう。内容は一応正しそうだったし、日本語学に興味がある人にとってはうんちくに満ちていた。
楽しい(いい)文章だね。
返信削除というか、結局読んだの・・・?笑
それにしてもこれだけコンスタントに書けるの、尊敬します。
ありがとうございます!
削除読んだとまでは言えませんが、立ち読み以上ではありました。