投稿

ラベル(知識)が付いた投稿を表示しています

「55個の母音を持つ言語」というギネス記録は間違いである

イメージ
私の手元にある1980年度版の「ギネスブック」に、「最も多くの母音を持つ言語」として、ベトナムのセダン語が挙げられている。信じがたきかな、55個もの母音を持つという。 しかし、これは明らかな間違いである。セダン語を記述した論文にあたると、セダン語の母音は7つしかないからである。英語には、母音が10個くらいあるから、英語より少ないのである。 以上。 と言いたいところだが、学生時代の暇に任せて、もう少し詳しいことを書いたので、以下に続く。 その記録は以下のようである。「最も多くの母音を持つ言語」として、 最も多くの母音を持つ言語はベトナム中央部のセダン(Sedang)で、55のはっきり区別できる母音を持つ。(144頁) とある。記述は以上で、出典はない。さて、この記録を信じていいのか。 日本語の母音は、「アイウエオ」の5つである。英語の母音はもっと多くて、アメリカの一般的な英語だと、10個くらいある。 世界の言語を見渡すと、アラビア語や沖縄の一部の方言のように3つの母音しか持たない言語や、ドイツ語、フランス語、ヒンドゥー語のように10以上の母音を持つ言語もある。しかし一般に、世界の言語を見渡したとき、日本語、中国語のように5~7個の母音を持つ言語が大半である。母音が20を超える言語を私は知らず、55個となると、凄まじい数である。 母音というものは、基本的に、舌の上下前後の位置や、唇のすぼめ具合を調整することによって発声される。つまり母音とは、いろいろなバリエーションのあり得る子音と違って、口の中で、舌の位置や唇の形を絶妙に変えることによって生み出される、デリケートな音である。であるから、本当に55個も母音を持つ言語があったとしたら、それを発声する口と、それを聞き分ける耳に、とてつもない精密さが要求されるということだ。果たしてそんな緻密すぎることができるのか。 そんな言語学の知識を抜きにしても、「母音が55個」なんていうのは、直感的に考えておかしい。 あの有名な「ギネス世界記録」に間違いが?と思うかもしれない。けれども、ギネス・ワールド・レコーズ社の担当者が十分な言語学の知識を持ち合わせていたとは限らないのである。担当者の見当違いということはありえない話ではない。 真偽を確かめるべく、調査をしてみたところ(2年ほど前...

なぜドナルド・トランプの中国語名に「Telangpu」と「Chuanpu」があるのか

イメージ
ドナルド・トランプの中国語名には、「唐纳德・特朗普(táng nà dé・tè lǎng pǔ)」と、「―・川普(―・chuān pǔ)」の2通りがある。 ファミリーネームのピンインを敢えて仮名におこすと、前者は「トゥーランプー」、後者は「チュアンプー」とでもなろうか。 どちらが元の語「trump」の発音に近いだろうか? 「te lang pu」の方は、元の子音がより忠実に残されているように見えるが、3音節もあり、元の1音節からはだいぶ長くなってしまってる。一方「chuan pu」の方は、より短い2音節であるものの、元の発音にはない「ch」という子音がある。 中国語名としてどちらが正式なのか、また、どちらが好まれているのかは、少し調べた限りでは私にはわかりかねる。 voa では「川普」が好んで使われているようだが、 百度新聞 では「特朗普」、「川普」が共に使われている。 Wikipedia では項目名において「川普」、「出生」の欄で「特朗普」が使われている。いずれにせよ、どちらの表記も浸透しているのは確かなようだ。 固有名詞に限らず、一般にことばを借用する時、もう少し正確には、言語Aの語Xを言語Bに音訳するとき、Xは、言語Bの音韻体系に従って多少の改変が行われる。 「トランプ」の例で考えてみよう。(アメリカ)英語における「トランプ」の発音のIPAで表すと、(方言さや厳密さは抜きにして)/trʌmp/となる。「子音・子音・母音・子音・子音」という音の連続である。しかし、中国語(普通話)において、/tr/、/mp/という子音の連続や、音節の最後に/m/や/p/が現れるようなことはあってはならない。つまり、中国語の音韻のルールに違反している。そのため、中国語の音韻規則にあわせて、音が挿入、消去、置換されたりするのだ。 「te lang pu」の場合、/t/のあとに母音を挿入し、/r/を音の近い/l/に換え、/p/の後にまた母音を挿入するなどしている。(もちろん、音韻以外に「漢字の意味」も忘れてはならない重要なファクターだが、ここでの趣旨と関係がないので考えないことにする。) 問題は「川普(chuān pǔ)」である。 /trʌmp/の頭の/tr/が、ピンインの[ch](日本語のチュに近い)に変わっている。実は...

他言語の情報を探すとき、ふつうのグーグル検索は無力だ

私が日常的にやっている検索のコツだが、先日、人に教えたら感心されたので、書き留めておこう。 要は、ある言語での詳しい情報は、その言語に特化した検索チャネルを使え、という話。 例えば、あなたが趣味で針仕事をやっていて、韓国の刺繍が好きだとしよう。韓国刺繍の写真をちょっと調べてみようと思ったら、ふつうはデフォルトのブラウザで「韓国 刺繍」で画像検索すると思う。例えばgoogle.co.jpで。 しかし、google.co.jpでヒットする検索結果は、ほとんどが日本語である。だが日本語で書かれた韓国刺繍の情報と、韓国語で書かれた韓国刺繍の情報とは、どちらが豊富だろうか。もちろん後者だ。 そこで、現地のグーグルを使うのである。「google korea」と検索すれば、 google.co.kr にアクセスできる。そこで「korean embroidery」と検索すると、 voila !、日本語版で検索したのより量も質もずっといい画像を見ることができるのである。 たとえ私のように韓国語が分からなくても、今のように少しの英語の知識があれば、十分な量の情報が得られる。「刺繍」の英語がわからなければ、 グーグル翻訳 に突っ込めばいいのだ。 現地の言葉の知識があるなら、得られる情報量はさらに多くなる。 私は大学で中国語を学んだので、多少は読めるし、中国語キーボードの使い方も知っている。日本語のサイトでは絶対に見つからない情報も、見つけることができる。 中国語版グーグルは存在しないので、私は百度( baidu.com )を使う。例えば私の好きな中国の書家のひとり「劉自櫝」を、google.co.jpと百度でそれぞれ検索した結果は、天と地ほどに違う。百度では、劉氏の肖像、略歴はもちろん、作品の写真を何十枚と見ることができる。すばらしい目の保養だ。一方、日本のグーグルでは、めぼしい情報はほとんど出てこない。中国のちょっとディープな情報は、日本の検索エンジンは無力だと言っていい。 さて、おそらく最も需要があるのが、英語圏の情報だろう。 例えば、今イギリスで(たぶん)売れっ子の作曲家、Dexter Britainを日本のグーグルで検索すると、ヒットするのはせいぜい彼のFacebookである(現時点では)。しかし本家の google.com で検索すれ...

疑問詞のなかで「なぜ」だけが異質な理由

イメージ
「なに、どれ、だれ、どこ、いつ、どう」など、いくつかある疑問詞のなかでも、「なぜ」だけは仲間外れな感じがする。 一言で説明するのが難しいのだが、感覚的に言うと、ほかの疑問詞を使った疑問文に比べて「なぜ」で聞かれる疑問文は「答えにくい」のである。例えばの話、 なにを見たいの? どれを見たいの? だれを見たいの? どこで見たいの? いつ見たいの? どう見たいの? と聞かれたら、それぞれ、 ショーを見たい。 「マイ・フレンド・ダッフィー」を見たい。 ダッフィーを見たい。 最前列で見たい。 誕生日に見たい。 食事をしながら見たい。 などと答えればいい。簡単である。しかし、 なぜ見たいの? と聞かれたら、答えるのに多少頭の中で準備をしなければならないと思う。人によっては、「そんな野暮なことを聞くな」と思ってしまうかもしれない。 本のタイトル 『なぜ◯◯なのか』というタイトルの本は非常に多い。けれども『誰が◯◯なのか』というような本はあまり聞かない。試しに、 アマゾンの詳細検索 で、本・漫画・雑誌のタイトルに「なぜ のか」や「誰 のか」というキーワードを含むものを検索してみた。結果は以下のようだった。実際に検索キーワードをタイトルに含んでいない本もたくさんヒットするが、ヒット数には何の操作もしていない。そのため大変荒っぽい統計ではあるが、割合を見る目安にはなる。 明らかに、『なぜ◯◯なのか』というタイトルの本が抜きん出て多いことが分かる。 『なぜ、この人と話すと楽になるのか』 1 という本は、手にとってみたくもなるが、タイトルをちょっと変えて、 『 誰 と話すと楽になるのか』 『この人と どこ で話すと楽になるのか』 『この人と いつ 話すと楽になるのか』 『この人と 何 を話すと楽になるのか』 『この人と話すと どう なるのか』 としたら、大した事が書かれてなさそうな気がする。 「なぜ」が、なぜこうも特殊なのかというに、ひとつ言えるのは、聞いていることが違うのである。「なぜ」以外の質問は、ある出来事のある一部分を知りたくて聞いているのである。例えば、「だれ」という問いは出来事の主体や相手を、「どこ」という問いは出来事の場所を、「どう」...

僕が卒論を書くのに使った便利なオンラインサービス(主に言語学)

音韻論の分野の卒業論文を英語で書いた(日本語のアクセントについて。本日無事提出した)。ひとつの締めくくりとして、卒論執筆の際にお世話になったオンラインサービスやソフトを紹介しておく。誰かの役に立つことを願って。 音声学・音韻論 Type IPA Phonetic Symbols http://ipa.typeit.org/ 国際音声記号(IPA)を手軽に打てる。MicrosoftWordの特殊文字入力でも、「ː」や「∅」って何かと探しにくい。 Praat http://www.fon.hum.uva.nl/praat/ 音声的分析をするなら、言わずと知れたこれ。 hellog~英語史ブログ http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~rhotta/course/2009a/hellog/index.html 英語史が主たる内容だが、気になる言語学のキーワードを検索すると大抵解説してある上、参考文献も書いてある。使い方はあなた次第。 Prince & Smolensky. 1993. Optimality Theory: Constraint Interaction in Generative Grammar . http://roa.rutgers.edu/files/537-0802/537-0802-PRINCE-0-0.PDF 最適性理論を使う方に朗報! この理論の嚆矢、Prince & Smolenskyの1993年の著作が、なんとネットで読める!  ラトガーズ大学のアーカイブ で公開されているのだ。 一般 Google  Scholar https://scholar.google.co.jp/ 先行研究探しの一等最初はここから始まった。どの文献に当たればよいか、またはどんな文献があるのか見当がつかないときはここで検索。たとえ本文は見られなくても、書誌情報だけ押さえれば図書館で探せる。 The Free Dictionary http://www.thefreedictionary.com/ 英英辞典。類語辞典。 英辞郎 on the WEB http://www.alc.co.jp/ 英和・和英辞典。例文検索。 Smallpdf.co...

韻律音韻論のツリーを描くのは難しい メモ

イメージ
メモ。言語学のやや専門的な内容。音声学、音韻論、形態論で論文を書く学生や院生が対象。 書いておかないと、どうせいつか忘れてしまうし、また言語学で論文を書く方にとっても以下の内容は有用と考えたので、書きとどめておく。この記事で私が伝えたいメッセージは2つ。(1)卒業論文を書いていて思った、音韻論の構造木を美しく描くのって、難しい。(2)構造木を美しく書きたいと願う学生のみなさんは、時間のある今のうちにTeXをかじっておくといいのかもしれまん。 キーワード:韻律音韻論 統語論 ツリー 構造木 描画 TeX Keywords: autosegmental phonology, tree, drawer, generator, TeX 1 構造木とは 言語学で構造木(樹形図、ツリー)を一番使うのは、統語論においてだ。たとえば、図1のように文を分析する場合だ。 図1 I like coffee しかし、韻律音韻論や形態論においても、統語論ほど複雑ではないものの、構造木は頻繁に登場する。典型的には、音節構造の記述や、単語の内部構造の階層を表示する場合である。 図2 音節構造とinternationalizationの階層構造 これを描くのが、まっこと面倒くさいのである。図形描画に関しては一般的なマイクロソフトのワードの知識くらいしかない私にとって、ちまちまちまちま直線を組み合わせて枝を作り、適当に文字のスペーシングをして作るのが関の山なのだ。学期末のエッセイのレベルだったらそれで十分だが、やはりそうして作った構造木は美しいとは言い難い。美しさは妥協するとしても、何より煩わしいのは、時間が掛かる上にちょっといじっただけですぐ構成が崩れてしまうことだ。ちなみに図2は、Google DriveのDrawingを使った。図2のようにいっそ画像にしてしまえばレイアウトの崩れる心配はないが、文字の部分は書き直しができないし、フォントサイズの統一も面倒だ。 2 オンラインサービスの限界 ブラウザ上で構造木を自動で描いてくれるサービスがいくつもある。「syntax tree drawer」などと検索すればいくつもヒットする。しかし、見つかるのはもっぱら統語論用のジェネレーターで、音韻論の構造木はそれらで対処しきれないものがある。例えば私が少...

案外便利な中国サイト 「中国書道年表」 メモ

中国書法年表|書法迷 メモ。デザインがゴテゴテしていたり臆面なくパチモンを作ったりする中国ネットには、あまり期待していないが、それでも書道のことを調べるなら中国のサイトの方が断然情報量が多い。この「中国書法年表」、漢字の形の変遷がうまくまとまっている。心憎くもインタラクティブ(って言うんですか?教えてエライ人)な横スクロールだし。侮れない。 ご存知でしたか。楷書、行書、草書はほぼ同時期に発生したんですよ! 楷書って7世紀(唐代初期)には完成していたんですよ!

ブログに語学に論文に 僕がいつも使う便利なオンライン辞典 日英中

それぞれの言語で、使用頻度が多い順に並べてある。 日本語 Weblio類語・対義語辞典 私の場合パソコンでまとまった日本語を書くといったら大体ブログだが、そのときには類語辞典にはとてもお世話になる。とにかく語が豊富で、しかも一語一語にリンクが貼ってあるから、自分の言いたいことに近い言葉を見つけたら、それをクリックしてさらにしっくり来る言葉を探す。全くもって便利である。 Weblio辞書 国語辞典代わりである。 コトバンク 使い始めて日が浅いが、百科事典である。 英語 Weblio英和・和英辞典 分からない英単語を調べるのに使うことが多い。ネットで文章を読んでいて知らない語に出会ったら必ずここで調べる。「extrametricality」(余剰音節)のような言語学の難しい専門用語も載っているほどの充分な収録語数なので、普段使いには問題ない。いちいち入力欄にカーソルを持って行ってBackSpaceを押すようなことはせずとも、(アクティブならば)キーを叩くと同時に前の語が消えて次を調べられる操作性の良さも非常に快適だ。 The Free Dictionary はっきり言って、最強のオンライン英英辞典である。Weblioのような国産英和辞典では満足な結果が得られなくても、ここならたいてい解決する。たとえば動画やブログを見ていて「from your POV」という表現の「POV」が分からなくて調べたとする。Weblioでは「フォークト・パリセード」というやたらと難しい語釈しか出てこないが、The Free Dictionaryなら屁でもない。「point of view」の頭文字だということがわかる。だがなんといっても、ここの魅力は類語辞典(Thesaurus)の豊富さだ。論文のような堅めの英語を書いていて、同じ語の反復を避けたいときや、ここのところをちょっと格好良く(=堅い表現で)言いたいというときには、本当に重宝する。 教えちゃうのがもったいないくらいだ。 英辞郎 和英辞典と、例文検索で使うことが多い。検索結果がシンプルで見やすいのは嬉しい。例文の量と質が良いので、ある表現を英語にするのに、どの単語や言い回しを使えばいいのか調べるのにはここをよく使う。試しに「に関して」という表現を検索すると、Weblioと比べて、ヒット数がま...

手書きすることは脳にいい・・・らしいぞ(英語)

書道をたしなむ者として、私は手書きの文字には人よりも身近に感じている。キーボードを打つより、手書きしたほうが脳にいいっぽい、という記事を見つけたので、紹介する。 What's Lost as Handwriting Fades - The New York Times (June 2) 「手書きの衰退で失われるもの」 Why you should take notes by hand — not on a laptop - Vox (June 4) 「学生よ、PCではなく手書きでノートをとれ」 私は、長めでかっちりした文章を打つときは、その前に手書きで下書きをすることが多い。特にブログでは、この記事は本腰据えて書こう、と思う記事は、私はまず裏紙にボールペンで下書きをする。猛烈に。下書きは骨組みで、肉付けは打ち込みながらするので、とりあえず一心不乱に書きなぐる。だから、もう人には見せられないくらいぐちゃぐちゃで、文としても破綻していることも多い。でもこの過程があるかないかで大きく違う。 主観だが、下書きをしたほうが話に芯ができる。手書きのときとタイプのときとで、合わせて2回文章を練ることができるという点が大きい。紙にとりあえず言いたいことを全部吐き出して、打ち込みながら再構成できるというのは、効率もいいし、書いた後の満足度も高い。直接打つと、行き当たりばったりでうまく文章をまとめられない。 タイプだと、タイプミス変換ミスが時間を食ったり、オンライン辞書をつい引いてしまったり、リンクを張るのはおろか括弧を打つのさえ面倒くさかったり、Facebookが気になってしまったり・・・、気が散って仕方がないのだ。タイプしているうちに、言いたいことを思いついても忘れてしまうことが多い。手書きはタイプより少し遅いが、集中できるので、書こうと思ったことを忘れて、もどかしい思いをすることはあまり無い。 ちなみに前回の「書道八段」の記事は下書きをしている。本記事は、下書きと直打ちが半々だ。どこが下書きをしたところか、分かったら教えてください。 以上は手書きにちなんだ私の経験だが、上記記事は何も下書きのしかたなどについて書いているのではない。書道にも関係ない。 1つ目のNYTimesの記事は、タイトルが少々アジっている [1] が、主に認知心...

Chromecast発売:テレビCMの「キャストしよう!」の発音について話をしようか

イメージ
グーグルは、今日5月28日からChromecastなる端末を発売する。 公式ブログ上で発表した 。 Chromecastは、スマホやタブレットなどをリモコンにして、テレビでオンラインコンテンツを楽しめる代物だそうだ。詳しくは、上のリンクの記事を読んで頂ければわかると思う。だが、私はここでChromecastの宣伝をしたいわけではないので、特に読んで分かっていただく必要はない。私が取り上げたいのは、6月7日から放映するという、テレビCMである。 まずはナイーブな心で、つまり下まで読み進めずに、このCMをよーく見てほしい。 CM中の言葉に、何か違和感を持った方はいるだろうか。(このCMに言葉はほとんど使われていないけれども。)もしいるとしたら、あなたは次の4つのうちのどれかだと思う。 1 ご年配の方である 2 アナウンサーである 3 音韻論学者である 4 約束を破って、見る前に続きを読んでしまった 私はこのCMのどこに引っかかったのか。実は、最後の「キャストしよう」の発音が、共通語のそれではないのである。もう一度聞き直して見てほしい。 本来「キャスト」という言葉は、共通語では「ゲスト」などと同じく、「高低低」で発音する [1] 。ところが今見たCMでは、「サスケ」などと同じく、「低高高」で発音されていたのである。「キャスト」の元々の発音と違うのである。ちなみに、共通語というのは、あまり厳密な話はしないので、ここでは東京近辺で話される日本語と考えて差し支えない。もしくはアナウンサーの話す日本語と考えてもよい。 たったそれだけか、と失望された方、まだBackSpaceを押すのは早い。実はこれ、日本語で現在進行している発音変化を反映しているのである。 私の発音した2つの「キャスト」。 横軸は時間(秒)、縦軸は周波数(ヘルツ)を表す。 左が「高低低」バージョン、右が「低高高」バージョン。赤線が音の高さを表す。 このように、実際の発音はそんなにきれいに高低は見えないが、違いがあることは分かる。 Praat を使用して作成。 日本語のこの音の高低は、アクセントと呼ばれ、発話において重要な役割を果たしている。例えば「雨」と「飴」は、(少なくとも東京方言では)前者が「高低」、後者が「低高」であることによって区別される。他にも...

円の面積はなぜ「半径×半径×π」なのか(英語)

イメージ
The New York Timesによる、ちょうど4年前の今日の記事を見つけたので、シェア。 「極限まで」 Take It to the Limit - NYTimes.com なぜ円の面積は「 πr 2 」なのか。厳密な証明は、高校数学の微積分でもかなり後のほうまで待たなければならないのだが、この記事では、有名な図形的方法でもっと柔らかくアプローチしている。 英語も難しくなく、わかりやすく簡潔に解説してあるので教育に最適。 これだけじゃ物足りないので、おまけ。「円周率の音」。

「ルルルルル・・・」の「巻き舌」はそんなに舌を巻いていない

イメージ
舌をふるわせて出す「ルルルルル・・・」という音があるだろう。 私は小学生のとき、友達がやっているのを見て、スゲーと思ってずっと練習していた記憶がある。できるようになるまでに、何日もかかったと思う。大学1年のときタイ語をかじったときには、この音をいい気になって連発していたから、おかげで今は自由に出せる。まあそんなことはどうでもよろしい。 この音は言語学的には「歯茎顫動音」や「歯茎ふるえ音」と言われていて、日本語話者には難しい音だ。日本語にはこの音を使う場面がないからだ。変な音に思えるかもしれないが、この音をれっきとした言語音として使う言語は少なくない。例としてスペイン語やイタリア語やアラビア語などが挙げられる。例えばスペイン語のperro(犬)の「rr」はふるえ音だ。音声は こちら の「alveolar trill /r/」で聞ける。 ご存知のように、この音は一般には「巻き舌」と呼ばれている。 ここで本題:でもこの音、本当に舌を巻いているのか? このいわゆる「巻き舌」は、実は舌を巻いていないという指摘が21世紀の初頭になされ(Momose 2014: 933)、「巻き舌呼称問題」として、すでに幾十の論文が発表されている。(うそである。) でも本当に、「巻き舌」は舌を巻いていない。もちろん、「巻く」というのは舌を後ろに反らせるということだろう。しかし、そんなに反らせていない。確かめてみよう。ルルルルル・・・。 歯茎ふるえ音 画像:ローザンヌ大学  Online Phonetics Course   Alveolar trill このルルルの巻き舌ではなく、実はもっと巻いている音が他にある。中国語に。 中国語では「捲舌音」と言われていて、ピンインでは<r> 、IPAでは/ɻ/と書かれる音がそれだ。 その名の通り、舌の先を思い切り後ろに反らせて、上顎に接近させて声を出してみよう。ちょっとくぐもったrといった感じの 音が、中国語の捲舌音だ。ちなみに専門的には、「反り舌近接音」という。音声は こちら の「retroflex approximant   /ɻ/」。 反り舌近接音の画像がなかったので、それにきわめて近い「反り舌摩擦音」 画像:ローザンヌ大学  Online Phonetic...

アメリカの方言分布が一目でわかる動画

唐突だが、日本で「標準的」な(アメリカ)英語を習っていると、仕方のないことだけれども、アメリカでは唯一それしか話されていないと思ってしまいがちだ。つまり方言というものに目を向けるひまがない。だから、実際にはアメリカ一国でも様々な方言があり、さらにはその標準英語なるものを話している人がいるのかさえも実はあやしいということが、少し意外に思えるかもしれない。私も、ようやく大学2年のときに西海岸と東海岸とで発音に違いがあると知って、驚いた記憶がある。 外国人の習う日本語が、東京あたりで話される日本語をもとに「規範化された」文法であるように、教育のために作られた学校文法(Teaching Grammar)は、必ずある程度の理想化がなされているものなのだ。そこに方言の入り込む余地はない。 しかし、日本でさえ方言の違いは小さくない。面積にしてその何十倍も大きいアメリカに、方言がないわけがない。さらに、アメリカは移民の国である。歴史、社会的な事情とあいまって、人種による言語差も無視できない。 別に、「生きた英語を学ぼう」とか、「そんな受験英語、ネイティブは使いませんヨ」とかいう大義名分で、方言も勉強しよう、などと言うわけではない。それは物理的に大変だし、学校文法にもそれなりの利点がある。(イギリス英語とアメリカ英語の違い(特に綴り)くらいは少し知っておいたほうがいいかもしれないけど。) けれども、僕にとって、英語の方言の存在に気付いたのは、結構な発見だった。やはり、方言があることに気づくこと自体、ちょっとした知的興奮ではなかろうか。生徒にとって、それは杓子定規な英語教育の外の、違った世界に眼を開く瞬間だと思っている。僕は大学に入って、何度もそういう経験をさせられた。 要するに、(1)アメリカには様々な方言がある。(2)方言は楽しい。それだけを知っていただきたくてこの記事を書いている。 少し理屈っぽくなってしまったが、ここ最近、3本立て続けに、アメリカの方言の分布に関する良質なビジュアライゼーションを見つけたのだ。1つは、 Business Insiderによる地図集 。1つは The New York Timesによる方言診断 、そしてもう1つは、下に紹介するThe Atlanticによる動画である。2つまではよい。しかし、優れたエントリーがこう3つ集まると...

言語学の冬:Mrs. Byrne's Dictionary by J. H. Byrne

年末年始は、言語学で。4冊目(? 1 )。 すごく面白い本を手に入れた 2 。名付けて『バーン夫人の珍語・難語・奇語辞典』 3 。 J. H. Byrne. (1974).  Mrs. Byrne's Dictionary of Unusual, Obscure, and Preposterous Words . Citadel. 8か月前 に、英語は単語に接辞をくっ付けて、新しい単語を簡単に作りだす(派生させる)言語だと書いた。また英語は、(日本語と同じで)外来語をバンバンと借り入れる言語でもある。英語の使用頻度上位2万語のうち、実に60%が外来語なのだ 4 。特に11世紀以降のフランス語の影響は計り知れない 。派生主義と借用主義が、英語語彙の最たる特徴だ。 そんな訳で、英語の単語数はきわめて多い。英語辞書の最高権威、Oxford English Dictionaryの収録項目数は、第2版で61万を超える 5 。(でも日本語も頑張っていて、 日本国語大辞典第2版 で50万項目もあるとは。)「だから英語はすばらしい」とかいう感情は抜きにしても、その語彙の豊かさには瞠目せざるを得ない。 『バーン夫人』の辞典は、そうした英語の性格を如実に語っていると言えよう。 本辞書に収められた約6000の語はどれも、主要な英語辞書に1回以上載っているということなので、すべてれっきとした単語である。せっかくなので、本辞典をパラパラ見てみて面白かったのは、例えば、 bletonism 名 地下水を感知するとされる能力 podobromhidrosis 名 臭い足 この辞典と関連して、昔読んだ『ダーリンの頭ン中』の一話を思い出す。今手元にないのだが、「猫愛好」とか「接吻恐怖症」という意味の単語が紹介されていた。 小栗左多里、トニー・ラズロ(2005)『 ダーリンの頭ン中 英語と語学 』メディアファクトリー さて、載っている単語に自分の知っているのがあると、少し嬉しい。と同時に、「編者はこれ知らなかったのかなー」と、編者と自分との知識をちょっと比較できたりもする。taxonomyは何度か見たことがあるし、apocopeやsyncopeやhaplologyは音韻論の用語だ。carrellはICU図書館にある。 読みながら一つ疑問を持った。...

肢節量――2次元図形の周の複雑さを表す値――なるもの

イメージ
ずっと温めてきたものをようやく完成させる気になった。数学のお話。 1. 肢節量の発見 2. どこを探しても資料が無い 3. 肢節量を求める公式と解説 4. 肢節量の応用 1. 肢節量の発見 今となってはすっかり記憶が薄れてしまったことが惜しいのだが、それは私が高3も後半、机に向かって受験勉強をしていたときのことだ。そのときは地理をやっていたかもしれないし、数学だったかもしれないし、あるいは全く別のことだったかもしれない。けどそんな細かいことはどうでもいい。重要なのは、そのとき私に、ある数学上のひらめきがピカッと起こったということだ。(後になって考えれば、このひらめきは滅多に味わえないなかなか良質のものだったなあ。) 私はそのときアフリカ大陸の海岸線の複雑さのことでも考えていたのかもしれない(いや冗談じゃなくて)。私がひらめいたのは次のようなことだ。 平面上の任意の図形の周の複雑さ(入り組み度合)は、その図形と同面積の円の周と比較することで数値化できる。 分かったかな。これだけじゃ分からないから今すぐ説明を、というならば、「3. 肢節量を求める公式と解説」まで読み飛ばしてね。 私はこのひらめきがとても意味があり、かつ公式化も非常に簡単だと直感したので、すぐさま手元の紙に計算を始め、数分ののちに公式を導き出した。その後電卓を使い、具体的な図形でその入り組み具合を計算してみた。 私は数学的な発見を一つなし得、しばし余韻に浸っていたが、この単純な公式の第1発見者は私では(もちろん)ないだろう。これには何かしらの名称があるはずだ。しかし、これは突然ひらめいたことなので、私がその「入り組み度」の正式名称を知る由も無かった。この値や考え方についてもっと深く知りたいと思ったのに、早くもそれでおしまいになってしまいそうだった。 だがその後(当日だったか後日だったかは定かではない)、私がたまたま偶然持っていた「 データブック・オブ・ザ・ワールド 」(二宮書店)という統計集に、何か載っているかもしれないと思いつき、本棚から取ってきて調べ始めた。そしたらどんぴしゃり!! 世界の大陸の統計に関する欄に、まさに探していたものが載っていた。そこにあった言葉は、「 海岸線の発達度(肢節量) 」。そして大陸ごとのその数値が載っていた。 私の発見したものは...

英語の語彙の豊富さについて:preantepenultimateという単語

昨日の音韻論の授業で、この分野でしか使われないであろう難しい英単語に出会った。 preantepenultimate という単語だ。「最後から4番目以前の音節」という意味だ。 まず、この単語が出てきた文脈を説明しよう。チムウィーニ語(バンツー諸語。ソマリア南部のある町で話される。Wikipedia英語版で 解説 あり。)の面白い音韻規則の話だ。チムウィーニ語では、長母音と短母音の区別がある。日本語で[ato](跡)と[aːto](アート)が区別されるように、チムウィーニ語でも例えば[xkuːla](引き抜く)と[xkula](育つ)が区別される。 しかし、このような長母音(仮にV+)を含む単語にいくつか接尾辞が付いて、V+を含む音節が 後ろから数えて4個目以前になると、そのV+が短母音化する 。これを Preantepenultimate Shortening (名付けて「最後から数えて4番目以前の音節の長母音を短くしろルール」)という(Hays)。 例えば、[dʒoːhari](宝石)に接尾辞/-je/が付くと、[dʒoharije]という発音になる。後ろから数えて4つ目の音節[dʒoː]が[dʒo]になった。ネイティブスピーカーなら決して[dʒoːharije]と言わない。 preantepenultimateは、語幹ultimateにたくさん接頭辞が付いてできた語だ。形態素で分けて書くと、pre-ante-pen-ultimateだ。 ultimate=最後の音節 penultimate=最後から2番目の音節 antepenultimate=最後から3番目の音節 preantepenultimate=最後から4番目以前の音節 というわけだ。 これは辞書に載っているのだろうかと思い、見出し英単語数414万を誇る Weblioで調べてみた ら、しっかり載っていた。しかも、preantepenultimateのさらに一段上、propreantepenultimate(最後から5番目以前の音節)という語まで見つけた。21文字の長大な単語である。 英語は語彙が非常に豊富だとよく言われるが、preantepenultimateは日本語では長ったらしい説明を要する概念を、一語で表しているよい例だ。そもそも日本語に相当する概念が無いた...

19歳を迎える皆さんへ:メトン周期のロマンス

もし19歳の誕生日をまだ迎えていないなら、あなたはこの記事を読んで少し幸せになれるかもしれない(19歳を過ぎていても、読んで全く損は無い)。ちょっとロマンチックな、天体ショーのお話。 何も難しいことじゃない。ただ、19歳の誕生日の夜に、ちょっと夜空を眺めてみよう。驚くなかれ、 19歳の誕生日に出ていた月は、自分が生まれた日に出ていた月と同じ形(満ち欠け)をしている 。 この事実は、あまり知られていない。これはメトン周期といい、天文学では有名な周期だ。(19太陽年)≒(235朔望月)なのだ。太陽年とは太陽が黄道上の春分点、秋分点、夏至点、冬至点から出て再び各点に戻ってくるまでの周期の平均で、約365.2422日、朔望月とは月の満ち欠けの周期で、約29.5306日である(太陽年と朔望月の値は WolframAlpha より)。計算してみると、365.2422×19=6939.6018≒6939.6910=29.5306×235と、約0.1日しか違わない。言い換えれば、19年は1太陽年と1朔望月の最小公倍数として、とてもいい値だということだ。(ソースは こちらのブログ ) ただし 、正確さを期して言っておくと、私たちは日常生活で太陽年を使っていない。ご存知のように、私たちの1年は365.2422日ではなく、グレゴリオ暦の365日(そしてうるう年が366日)である。だから私たちの「19年」は、235朔望月とちょっとずれる。(「メトン周期」で検索するとたくさんヒットするのに、月の形の一致について書かれていないのは、この理由からかもしれない。) だが 、それも大したズレではない。19歳になるまでに、必ず4回か5回のうるう年がある(私の計算が正しければ、4歳になったあと初めてうるう年を迎えた人だけが、19歳までに4回うるう年を迎える)。「5回うるう年」の人の19年は365×19+5=6940日、「4回うるう年」の人は、6939日である。ズレはどちらも半日ほど。これくらいでは月の形は大して変わらないから、そんなに心配はいらない。 さらに 、文句が出る前に行っておくと、「私が生まれた時刻は月が地球の反対側にあったわよ、どうすればいいのよ」というマニアには、19歳の誕生日のプレゼントにアメリカ旅行というのはどうだろう。でなければ、数時間前か後の月を愛でて満足する...