収穫の秋 栗 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 9月 19, 2009 先週、母が栗を拾ってきたのですが、1つ変なのが交ざっていました。変形の仕方がすごい!私は興奮気味┌(。Д。)┐ 相手の栗を巻き込まん勢いだ…。……2日後、相手が見つかりました(笑)テープでくっつけました。かわいい(´・ω・`) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント garbage2009年9月21日 19:46おお~、すげぇ!よく相手見つかったねw返信削除返信返信コメントを追加もっと読み込む... コメントを投稿
「書道八段」は大した称号じゃない 7月 13, 2014 自分では当たり前だと思っていることは時として、他人にとっての当たり前ではない。 習字の段級に対する認識の違いは、そのいい例である。習字の七段とか八段とか師範とかを持っていると、一般に「すごく出来る人」だと思われる。ところが、剣道八段などに比べたら、レベルははるかに低い。 大学生になって自己紹介をする機会が増え、私のかつての習字の段位について同じことを5度も6度も言ってきたので、何かの参考になればと、書き留めておく。 2012年7月の記事より 私は小学1年から習字をやっていた。小、中と9年間続けたが、高校1年の半ばになって、高校と塾が正反対の方向になり、時間的に両立が難しくなってやめた。というよりも実は、高校で書道部に入り、書道というものを知ってから、これ以上習字塾に通い続けても得るものは少ないと思ったのもある。(習字と書道との違いは書くと長くなるので、またの機会に。) 習字塾では、最終的に一番高くて準八段か八段を取った気がする。詳しくは忘れたが、高校生になると一般の部扱いになるので中学までの段位はリセットされて、何級からスタートするというシステムがあったから、八段は最終的な段位ではない。 思い返してみると、私は高校大学と、自ら八段を持っていましたと言ったり書いたりした記憶がない。言う資格がないと思っていたのである。 ところが、小1から習字をやっていましたと言うと、段とかどうだったんですか、と聞かれることが少なくないので、一応八段だった気がします、と答える。すると相手は「へえ」とか「おー」とか感心してくれる。なのでここ1、2年は、私は必ずこう続けることにしている。 実際のところ段は実力をあまり反映してないです。半ば自動的に段が上がっていくので、少しうまく書ければ昇段はけっこう簡単なんです、と。 実際そうなのである。私は長野県内のまあまあ大きい某会に所属していたが、昇段のシステムは全くわからなかった。もちろん小中学生のころの私は、右も左もわからずにただ漫然と字を書いていただけなので、昇段の仕組みなんぞに興味を持つわけはなかった。私の記憶が正しければ、1年に2回くらい、昇段試験がありますからこれこれを書きましょうと先生が指示するので、お手本をそれなりに頑張って書いて提出した。何週間かして、気づけば昇級していた、という具合だったので... 続きを読む
寝覚の床と馬籠に行こう Part1 3月 31, 2009 今日3月31日、は「旅」でした。b(^^) まぁ、遠くへ行こう! という企画なのですが、今までで最大の企画となりました! というのも、第一に移動手段が電車及びバスと、今までと違い、第二に移動距離が桁違いに大きいからです。 ということで1つの記事に一部始終を書くと、とーっても長くなってしまうので、Part1からPart4で記事を分けて書くことにします。今日はPart1です。 ① はじまり さかのぼることおよそ2週間の3月18日、この企画を企てたのは友人Y。 「春休み中にめちゃめちゃ遠くに行かない?」 いいじゃないか。遠くに行くって、面白そうだ。チャレンジすることは好きなCRにとっては血沸き肉踊る企画だよ。そもそも、いかにも高校生らしい(のか?)じゃないか。 「で、いつ行くの?」 「これから決めるさ。」 ちなみに参加者は、I、Y、M、H、CRの5人。(以下敬称略) その後日にちは31日と決定し、次は具体的な行き先決めへ。私は花見をしに行こうとも思いましたが、桜はまだ咲きそうになかったので、ボツに。結果、決定案は「 寝覚の床 と 馬籠 へ観光 」になりました。(各場所の詳細はリンク先を参照してください。) 馬籠は岐阜県に属している(属してしまっている)から、県外へも行くのです! 電車とバスの乗り換え情報等はGoogleマップなどで調べました(I はEZナビウォークで調べてくれました)。これら文明の利器の力を借り、万全な計画を立てました。これが結構骨折りでした。 Iが作ってくれた詳細計画によると……いつものように早起きするみたいです。(笑 前日はもうワクワクしてました。 ② いざ寝覚 さあ、その日が来た。朝は早い。 起床時刻は、5:17。軽く食事をとって出発。持っていった食べものは板チョコ1枚とスポーツ飲料500ml。 朝は意外に寒いです。寒すぎて久しぶりの現象が起きました。つまり自転車のギアが3のまま動かなくなりました。(今年の初日の出のときは1のままでした。) 東の空が明らんでいます。 駅前にみんな集まったところで電車に乗り、上松(あげまつ)駅を目指します。そこが寝覚の床(以下、寝覚と略記)の最寄り駅です。 電車が到着。 電車の中はがらんとしていて、くつろぎまくれました。 電車に長時間乗っていたのですが、上松駅に着いてもまだ8:00にさえなっていません。 そこから寝覚ま... 続きを読む
綿貫宏介という巨人 5月 08, 2017 ある日ネットで知った御所坊という有馬温泉の宿の、ロゴを始め、暖簾や避難経路図に至るまで館内のそこここにあると思われる、不思議な篆書じみた文字に釘付けになった。 この垢抜けた文字はそんじょそこらのデザイナーによる仕事ではないのは、ひと目見て明らかだった。しかしロゴデザインの主を調べようにも、御所坊のサイトには説明がない。御所坊の文字という以上に手がかりもないので調べようがなかった。 そのロゴは、篆書はもちろん書を熟知している人でないと出来ない仕事だった。安っぽい言い方はあまりしたくないが、端的に言って、上手いのである。あまりに完成しているので、朝日新聞の題字における欧陽詢「宗聖観記」のように何か古典から集字したのか、もしくはアレンジしたという可能性もほんの一瞬頭をよぎった。しかし、御所坊の文字は、私の知るかぎりどの古典にも似ておらず、独特で、何より、きわめてモダンであった。 ある匿名のデザイナーによる、モダンな篆書じみた文字。私は不思議な感覚に陥った。 そんな感覚も忘れかけていたつい昨日、Facebookで流れてきた写真が目に止まった。友達の友達のあげていた小鼓という酒で、小さくてよくわからないが、ラベルのロゴがどことなく垢抜けていた。 すぐさま検索してみて、心臓が高鳴った。ラベルの文字が、あの御所坊の文字と同じだったからである。小鼓は西山酒造場という兵庫の会社の酒で、そのデザインに関して、親切にも1ページを割いてくれていた。西山酒造場のロゴデザインを手掛けたのは、1925年生まれの綿貫宏介という芸術家であったのだ! 話は寄り道するが、白状すると、ある素晴らしいクリエイターやその作品に出会ったとき、恥知らずな私は「他の面では無理でも、頑張れば、この人のこの部分には勝ち目があるかな」と、しばしば思うことがある。 例えばの話、文字を扱うクリエイターに対して「墨書についての知識は僕のほうが持っているんじゃないかな」なんて思ったり。( 超有名デザイナー佐藤さんのとあるロゴデザインとかを見たりなんかするとね・・・ボソッ )。またある人には「オレのほうが英語うまいんじゃね」とかね。言うまでもないことだけど、有名人に対する揚げ足取りである。 しかし、綿貫宏介はそんなちっぽけなやっかみの入る隙すらない、桁外れの芸術家ではないか。 戦後、ポルトガルと... 続きを読む
おお~、すげぇ!
返信削除よく相手見つかったねw