阿辻哲次『漢字学―『説文解字』の世界』
先週 の『中国漢字紀行』に続き、阿辻哲次の『漢字学―『説文解字』の世界』を読んだ。 阿辻哲次(1985)『漢字学―『説文解字』の世界』東海大学出版会 (リンク先は初版だが、表紙画像は、初版のものがなかったので 新装版 のもの) 一般向けだった『中国漢字紀行』とは打って変わって、本書は相当に興味のある人向けに書かれた本だ。本書は、漢字研究における最重要テキストである2つの書物を解説する。一つは西暦100年、許慎によって編まれた字書『説文解字』、もう一つは清朝の1815年、段玉裁によって完成されたその注釈書『説文解字注』である。 『説文解字』という字書は小篆という書体で親字を表示しているため、書道をやっている人なら、書道字典などでその名を目にしたことがあるだろう。漢文の勉強などで漢和辞典をよく引く人にとっても、あるいは見覚えのある書名かもしれない。しかし、古代文字学を専門的に研究でもしていない限り、『説文解字』という書物の内容を知る人は少ない。私もその一人だった。 簡潔な言葉で記されたその『説文解字』を、段玉裁が詳細に注釈した『説文解字注』は、なおさら知られていない。しかしこの『説文解字注』は、著者が「完成後二百年近くたった今でも『説文解字』研究の最高峰とたたえられているものである」(180頁)と言うほどに重要な書物である。 かなり込み入った内容が続く本書だったが、著者の文章は決して理解が難しいほど難解なものではなく、中国文献学の深みを感じることができる。また、それなしでは漢字研究がままならないという『説文解字注』を完成させた学者、段玉裁の精確かつ緻密な考証には圧倒される。 そういえば、 2年前 に同じタイプの人の伝記を読んだ。私はこういう努力する人間が好きなのだろうか。分野は違えど、生涯をかけて大著をまとめ上げるという点では、「オックスフォード英語大辞典」を編纂したジェイムズ・マレーを彷彿とさせる。 ちなみに段玉裁は中国語の古代音韻の研究にも大きな寄与をしている。個人的に中国語の歴史音韻論にはかねて興味はあったが、大学で欧米流の音韻論を学んだ者として、中国の古音学を勉強してみたいと思った。 備忘録として、本書の目次を挙げておく。 第一部 序論=漢字と中国二千年の文字学= 『説文解字』前史=実用的文字学の時代= 『説文解字』...