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刻字 「氣」

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ICU祭に合わせて作った刻字です。合氣道部(氣は旧字体じゃないといけないらしい)の友達に頼まれたものです。高さは45cm。近所の材木屋さんでヒノキの端材を切ってもらった。 4画目が途切れてしまっているのが惜しい。実線が途切れるのはご法度とされている。が、目をつぶっていただきたい。 実はこの字、普通の筆ではなくちょっと変わったもので書かれている。推測してみてください。 彫り終わって紙をはがそうとしているところ 刻字もちゃんとやろうとしたら、ノミや彫刻刀に始まって、いい材木、いい顔料を使わなければならない。どれもあまり売っていないし、第一安くもない。将来お金が貯まったら、かな、と思っている。

臨書 「石門頌」・「書譜」・「松風閣詩巻」

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大学の学園祭、ICU祭が11月はじめに行われ、書道部も3度目の展覧会を開いた。規模はとても小さかったが、一応の代表として、達成感はひとしお。来年の目標は、みんな計画的に書き進めて、半切くらいの大きな作品をもっと増やしたいといったところ。書道の基本として、古典作品への尊敬と理解を深めていただくべく、私も努力します。 あと後輩を増やす、ね。 さてさて、私は、臨書3点、刻字1点の合わせて4点展示した。ここでは臨書を紹介させていただきたい。次の記事で刻字を紹介する。 石門頌(2世紀) 半折 高2のときから好きな古隷「石門頌」だ。そんなことよりおそらく、表装がないのを不審に思われたと思う。まったくその通りでございます。このような裸の状態で飾ってしまったことをお詫び申し上げます。 一部 原碑の摩耗の趣をなんとか再現したくて、紙をわざとくしゃくしゃに丸めたあとで書いている。これが邪道であろうことは、百も承知であるけれど。でも気にいっている。 書譜(7世紀) 半折 次は草書の王道、「書譜」だ。「書譜」は高校で始めの十数文字を書いたのみだった。草書はいままであまりやってこなかったこともあり、 原寸で、長めに臨模した。今後さらに勉強したい作品だ。 冒頭部 松風閣詩巻(12世紀) 半折(一部切断)×2 去年 も「松風閣詩巻」は書いたが、今年は全臨に挑戦した。これをもって、ひとまずこの作品は一区切りにする。 一部 書道においては古典作品の理解は絶対に疎かにしてはいけないと思う。もちろん真似事しか出来ないのも困りものだが、今の私には相応の創作ができるほどの力量がないから、まだまだ臨書によって文字や筆法を勉強しなきゃいけない。あと知識も。 今後の目標は、草書では「書譜」も続けたいし、原点に立ち戻って、楷書は「雁塔聖教序」(実はやったこと無し)や「九成宮醴泉銘」など。篆書ももっと深めたくて、「石鼓文」をやりたい。

『日本の方言』・『中学生』

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柴田武(1958)『日本の方言』岩波新書 すごく大雑把に言って、日本語にとっての20世紀は、標準化もしくは画一化の世紀であったが、本書が書かれた50年代は、まだ方言が非常に強かった。地方からのお上りさんが、東京で方言を笑われて、劣等感と恥ずかしさからしゃべれなくなってしまうという「方言コンプレックス」が、問題になっていた時代である。 新書だから、広く浅く易しく書いてある。現代の言語学の理論から見たら、やや未熟なところが全くないわけではない(し、それに統計手法も一部あやしい)が、日本語の地理言語学を学ぶにあたっては、まず読みたい書。 佐山喜作(1963)『中学生』岩波新書 現役教師による、そのものずばりの新書。古い時代の中学校のことなので、現代には参考にならないこともあるが、勉強になることもあった。例のいわゆる「中二病」という、あの得体のしれない発達心理的大イベントについて知れるかと少し期待していたが、そこまで派手ではなかったにせよ、思春期の多情多感で「大人の階段登る」な中学生の心理的不安定が、新書で読める。中学校における教育論。 それにしても先生、強い正義感に駆られてか、学者や役人、政治家やマスメディアにむやみやたらに歯向かっていて、「民主主義」、「民主教育」などの言葉遣いだけ見ても、戦後間もない働き盛りの教師の、進取、新進気鋭の気位がにじみ出ている。 内容とは関係ないが、読んでいて目をみはったのは、当時の中学生の作文の巧さである。巧いなんてものではない。年齢を隠せば、短編小説と見まごうものが1、2あった。お世辞ではない。断じていいと思うが、こんな文章、今の中学生は書けない。大学生ですら、もし自分の日常生活をもとに原稿用紙2、3枚で小説を書けと言われたら、できるものかあやしい。僕は書けない。悔しい。そういう点においては、当時の教育が羨ましいのである。 滝平二郎のカット入り。 田代三良(1970)『高校生』岩波新書 それに関連して、『高校生』をいうのも読んでみたが、こちらは、生徒一人一人の内面とか生き様とかを取り上げているというよりは、主に高校の教育制度にかかわる政治的な話であったので、30ページほどでやめにしてしまった。だが、高校のテスト中心主義、競争、序列化のシステムが、いかに生徒の意欲低下、失望に結びついているかを...

『あめりか物語』と「ミケランジェロ」・「京都」・「W・モリス」

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永井荷風(2002)『あめりか物語』岩波書店 初めての永井荷風。自身のアメリカでの数年の体験をもとにした短編集であり、紀行というより文学作品なのだが、私に文学批評なぞできやしないので、紀行として読ませていただいた。時代は、この前に読んだ『英国人写真家の見た明治日本』と同じく、1900年代のことで、当時のアメリカの様子がわかって面白い。特に、右も左も言葉も分からない日本人移民の、格好のカモのなりっぷりがが切ない。昨今の世に聞こゆる日本人の名など、なかった時代である。彼ら先駆者の粒々辛苦、天造草昧、フロンティア・スピリットがあるのみであった。 『あめりか物語』以降の2週間、読書らしい読書ができていないので、以下、先週と先々週に行った博物館のことを覚え書きしておく。 国立西洋美術館 に「ミケランジェロ展」を見に行った。知識は全くないのだが、沢木耕太郎をして感激せしめたところのミケランジェロというものを見てみたいと思った。ミケランジェロは彫刻家だと思っていたのだが、本展は絵画が中心だった。さすがに超有名な作品は持って来られなかったのだろう。私の力不足で、感激どころか理解もままならず、30分足らずで出てきてしまった。行動しなかったことを後悔するより、行動したことを後悔したほうがよいと、昔何かの本で読んだことだと、自ら慰めるのだった。いつか本場イタリアで見るべきだろう。 その足で向かいの東京都美術館に「ターナー展」を見ようと思ったが、予定を変更して 東博 に「京都―洛中洛外図と障壁画の美」を見に行った。すごく見たかったやつで、すいていたからだ。知らなかったが、会期2日目だったのだ。前日に始まったばかりだったのだ。平日ということもあって、がらがらで、「洛中洛外図屏風」をじっくりと見られた。 素晴らしかった。荘厳である。壮観である。屏風や襖絵は言うに及ばず、心憎いほどの空間演出に、酔った。胸がすくほどに心地よく歴史の重みがのしかかってきた。圧倒的である。歴史の厚みの中に、呑み込まれるようであった。今までに見たもので5本の指に入る展示である。ために現実世界に戻ったときの落差は大きかった。博物館を出てからの帰りの雑踏を、まったくもって呪った。くそ、山手線は余韻に浸る間さえも許さないのか! あの建物の中では事件が起こっているというのに! 瞬間移動のできましものを。...

『和紙の里 探訪記』・『インドで考えたこと』・『明治日本』

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菊池正浩(2012)『和紙の里 探訪記』草思社 和紙工房は日本全国おしなべて廃業が相次ぎ、把握が難しい。手漉きがいまなお続いている工房は、ほとんどの場合、把握されている数より少ない。全国津々浦々を著者が訪れ、自身の目でこんにちの伝承の実際を確かめられたところに、この本の価値がある。 地理的、歴史的な記述ばかりが目立つためだろうか、それとも、著者が和紙の専門家ではないゆえの私の先入観が邪魔したためなのだろうか、文章がどこか味気なく、心揺さぶるようなものがなかった。もっとこう、たとえば柳宗悦の「和紙の教へ」みたいにこまやかな観察眼でもって、紙そのものに対する尊敬を、感動を、伝えて欲しかった。 堀田善衞(1957)『インドで考えたこと』岩波書店 この本は前回の記事で書いた『何でも見てやろう』などで言及されていて知った。自然にこの本にたどり着いた感じだ。 この本も古い。だから、まだ中央アジア諸国はソ連に取り込まれているし、ベトナムは南北に分裂しているし、冷戦は続いているし、ネルーは生きている。ICU図書館で借りたが、岩波新書のはずなのにハードカバーであった。推察するに、元々の青表紙がボロボロになってしまったために、製本しなおしたのかもしれない。そのハードカバーでさえ、すでに角が丸まって、背表紙の手書きの文字は読めなくなっているのだが。 ICU図書館の最初期に入れられた本だと思う。この本を読むと、この本を手に取ってきた幾十人の先輩、ひいてはICUの歴史に参加できたようで、ちょっと嬉しくなるのであった。 内容はというと、タイトル通りインドで「考えたこと」であって、「アジア」と「西洋」、日本とインド、多分に文学的、哲学的、政治的な考察が繰り広げられており、本書を一言でまとめることができないでいる。その方面に明るくない私には、批評する言葉がない。之を逃げと謂ふ。 ハーバート・G・ポンティング(長岡祥三訳)(2005)『英国人写真家の見た明治日本』講談社 Herbert G. Ponting. (1910). In Lotus-Land Japan . Macmillan. またまた紀行だ。しかし今回は外国人による日本滞在記である。そして時代は、一気に1900年代、日露戦争の時代にまで遡る。 ポンティング氏、日本の風景、工芸、人間に...

『何でも見てやろう』・『江戸川乱歩』

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小田実(1961)『何でも見てやろう』河出書房新社 (画像リンクは文庫版) 先日読み終わった『深夜特急』で、著者が触れていたので、読んだ。 いったいこの本、過去何十年の、何十人のICU生の手で磨かれてきたのだろう。この本を手にとって、ビックリした。ハードカバーの、ひらく側の2隅はすっかり丸まり、その丸まりに合わせて、中身のページも角が取れて気持ちのよい曲線を描いている。ハードカバーも、ICU生の過酷の使用のもとには、中身を保護する役目を果たしえなかったと見える。背表紙も破れており、テープで補強してある。かつての司書によるものと思われる手描きのタイトルが、この本の歴史を物語っている。 この本はよほど人気だったと見える。それにしてもボロすぎて、誰かがこの本を座右の書よろしくかばんに詰めて、世界一周旅行にでも出かけたのではないかという妄想までしてしまった。 本書は、著者がハーバードへ留学したのち、日本への帰途として、ヨーロッパ、中東、アジアを、1日1ドルの、乞食さながらの生活で生きながらえながら、見て歩いた、その紀行である。面白おかしく読み手をつかんだと思えば、一転、えらく真剣に論を立てて、沈思させられた。それゆえ、単純な紀行ではない。また、何らかの形で海外に出ていく人に、この本を薦めたいと思った。 紀行にはまりつつある。『深夜特急』とこれを立て続けに読み、それと同時に、ユーラシア大陸を横断中の 友人のブログ を一つ読んでいるので、頭の中が少しこんがらかっている。ただしこの状況は満更でもない。自分の中でひとつの統合が出来上がるからである。ふむふむ、1960年ころのイランはああで、1980年ころはそうで、2013年はこうなんだな、ということが分かる。インドはイランほど変わっていない気がするな、とかも分かる。そして、旅行に出たくなる。 江戸川乱歩(2008)『江戸川乱歩』筑摩書房 ちくま日本文学の短篇集。興味はなかったが、日本文学の先生が薦めていたので読んでみた。文学とは本当にごぶさただな、と思ってこのブログを調べたら、なんと最後に読んだフィクションはジョルジュ・ペレックの『煙滅』で、去年の7月だった。1年2ヶ月ぶりだった!

レジ袋でできた縄を色々に使う

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前回の記事 で作ったレジ縄を、実際に使ってみた。 まずはしめ縄にしたい この縄、材料こそ違え、手で綯った縄である。形は、どこをどう見ても、しめ縄に使われる荒縄のそれである。まずはしめ縄として使ってみるのが穏当だろう。紙垂(しで)を用意しよう。 紙垂を切る 僕の地元はこの形 ちなみにこの紙垂、私の地元(長野県)の切り方でやっているが、ネットでちょっと調べても、こうはっきりとした非対称形のものは出ない。紙垂の形にも地域差があるみたいだ。 紙垂を、縄に噛ませる それはさておき、やってきたのは都内某所。紙垂を縄にセットした。 *しめ縄を色々なところに付けるというのは、デイリーポータルZの西村まさゆきさんの着想です。「 ポータブルしめ縄でお前を神社っぽくしてやろうか 」を参照。西村さんには許可をとって行いました。 しめ縄と言ったら、僕は正月の飾りを思い浮かべるのだが、神聖なものの前には張り巡らされていることが多い。神社にも掛かっているし、横綱も付ける。神道のアニミズムでもって、巨石や巨木にも巡らせる。 大きい木ならたくさん生えているので、そこら辺の大木を勝手にご神木にしてみたい。 ご神木が生まれた 神が宿った 縄の色が不自然なので、偽物だというのはかろうじてわかる。しかし、そこら辺の平々凡々の木が、一気に神秘性を帯びた。しめ縄の効果は絶大であった。 ちなみに2枚目は、後日私が個人的に撮影したものだ。背景の建物は、泰山荘の待合という建物だ。加工するとさらに神々しさが増す。 白黒にし、ノイズを入れ、背景を適当にぼかしたら、まるで戦前の写真。 しめ縄と適当なレタッチによって、由緒正しい神社の一角みたいになった。 洗濯ロープにしたい 聖の領域から、一気に俗の領域に転落する。縄なのだから、洗濯ロープにだって使える。 両端は木とアンチェコで支えています わらの縄と違って、レジ袋の縄は腐らない。 縄跳びがしたい 手頃な縄があったら、縄跳びがしたくなる人もいるだろう。縄跳びでは飽き足らず、ダブルダッチをしたくなる人もいるであろう。 もちろん問題ない。飛ぶ人はいないけど。(猫でお送りしています) 本を運びたい どんどん行かせてもらう。私はこの目で見...