2017年3月31日金曜日

「おんな城主 直虎」の題字寸評

大河ドラマ自体にはもともと興味が無かったため、元日の新聞で初めて、「おんな城主 直虎」の題字を見た。

それが、悪くない。「偉そうなことを言うな」というお叱りを覚悟で申し上げると、「直虎」の題字は、歴代の大河の題字の中でも、悪くない。

1月8日付の読売新聞朝刊32面

1月8日付の読売新聞朝刊32面(アップ)

大河ドラマは、必ずしも書家として名声を得ている人が書いているわけではない。むしろそういう例は少なく、NHKのこの記事によると、管見だが、有名なのは1987年の「独眼竜政宗」を手掛けた長揚石くらいだろうか。

「直虎」の題字は、Maaya Wakasugi氏という人物によるものだそうだ。2000年代なかばから、柿沼康二や武田双雲など、ネットやマスコミで活動する若手の書家が題字を書くことが多くなっているが、Wakasugi氏もその例に漏れず、メディアへの書の提供やパフォーマンスを主とする、「マスコミ若手書家」である。

しかし、氏は大学で書を修めているという点で、典型的な「マスコミ若手書家」と性格を異にする。作品にもその事実が部分部分に感じられる。

特に今回の題字には顕著で、1行目「おんな城主」の部分は、「張猛龍碑」、「高貞碑」といった北魏時代の楷書を彷彿とし、現代の書家でいえば、同じく「張猛龍碑」を好んだ上条信山(1907-1977)の筆致にそっくりである。氏も大学で上条信山系列の指導者に学んだ可能性が高い。ひらがな「おんな」の部分は、線質も字形も特に見事だ。

その分、「直虎」という字の優美さが、随分劣ってしまっているのが、残念この上ない。筆を力任せに紙面に押し付けて引っ張ったような荒っぽい書きぶりで、まことによろしくない。近年の書にまま見られる、筆の弾力を活用していない線である。「直」の1画目からかすれているのも、よろしくない。始筆も終筆も、汚らしい。

2017年3月20日月曜日

下手くそな筆文字ロゴが また1つ この世に生み出された

写真はイメージです

食品包装、タイトルロゴ、日本酒ラベル、居酒屋の壁面などなど・・・、身近な場面で、筆で書かれた文字を見ることは多い。

それらは「書家」に外注しているものと思われるが、中には、言っちゃ悪いが、目を覆いたくなるような醜悪な「書」もある[1]。否、もはや「書」とは呼びがたい、プロに書いてもらったとは到底思えぬ「文字列」が数多く存在するのだ。私の思えらく、外注のコスト削減のため、書の腕に覚えのある社内の誰か(つまり素人)が、創意工夫を凝らして、したためたものと思われる。そう思わせてしまう例が、後を絶たない。

礼を失するのは承知で具体例を挙げると、最たる例が、「電王戦」である。始筆の曖昧な、右に傾いた「王」、つくり(戈)の背が極端に低い、小粒の「戦」・・・。そして極めつけは言うまでもなく、その自由闊達に伸びた見事な「電」の最終画である。嗚呼、ここまでくると、下手を通り越して、滑稽ですらある。書はおろか、生まれてこのかた筆を握ったこともなければ漢字も書いたことのない外国人が書いたのではないかというくらいの字である。

電王戦の公式サイトではまた、「叡王戦」、「将棋電王トーナメント」という筆文字ロゴも見ることができる。こちらも、新入社員に書かせたのではないかという感じの出来栄えである。5流6流の書家でもこんな字は書かない。この書き手が万が一「書家」だとしたら、開いた口が塞がらなすぎて顎がはずれてしまう。


[1]私は、鍵盤の「ド」の位置もよく分からないくらい、音楽に関してど素人なのだが、例えば耳をふさぎたくなるような音楽というのも巷にあふれているのだろか。教えてエライ人。