2016年12月14日水曜日

「趣味は書道です、でも見るだけで字は書きません」 「えっ?」

「鑑賞」と名のつく趣味は、映画鑑賞、音楽鑑賞、美術鑑賞あたりだろう。Googleで「趣味 鑑賞」と検索してみて、最初の1ページに出てくるのは、その3つだけだった。

「書の鑑賞」という趣味は聞いたことが無い。

単純に書道をする人口が少ないからだろう。半分正解。いやほぼ正解である。

だが、単に書道人口の少なさだけが理由ではないと思う。「書の鑑賞」が一般でない背景には、人々の意識の問題もあると思う。

西安・書院門街にて 野外での新古書売り

実は書道のコミュニティを見回してみても、鑑賞にそれなりの時間とお金を割いている人はほとんどいない。私の知人の範囲では、全然いない・・・と思う。かくいう私も趣味というほどには徹底していない。学生の頃こそ、一時期は書に関する図録・解説書・資料に毎月数万円を使っていたけれども、今はゼロ円~数千円だ。

ざっくり言って、書を単なる「字を上手に書くための訓練」と思っている人は、書の経験の有無に関わらず、たいへん多い印象を受ける。もしも書くだけでいいなら、多少の初期投資(硯、手本等)をすれば、後は紙、墨、筆といった限られた消耗材にお金をかけるだけでいい。(人によっては月謝、も。)けれどもそれはとても薄っぺらい、もったいない学びだと思う。

多くの人にとっては、小中学校の「書写」の授業が数少ない書道体験だろう。そこでは、現代生活に即した実用的な部分ばかりが強調され、芸術的、歴史的な部分に関しての座学はない。それがあってか、書道とは実践、すなわち「書くこと」だと広く思われている。

しかしながら、書における鑑賞の重要性は強調してもしきれない。なぜならば、(音楽等にも全く同じことが言えるのだが)優れた作品に触れることが自分の創作を刺激し、あるいは純粋に、自身の精神生活を豊かにするからである。

書の腕を鍛えたいならば、書くことに匹敵するくらい「見る」ことにお金と時間をつぎ込むべきだと思う。書くのは好きじゃないけど感動に飢えているのなら、もっぱら「見る」ことに投資したっていい(今のところ私がそうだ)。音楽や芸術と同じく、感情を震えさせてくれるものだから、書いていなくても、見るのが好きならば「書道が趣味だ」と言っていいと思うのだ。

およそ東洋の手書き文字であれば、何でも鑑賞の対象とすべきである。古代中国の青銅器に鋳込まれた文字、現代の書家による作品、浄瑠璃の床本、老舗に掲げられた看板、道端の石碑などなど、多岐にわたる。見るべきものの数はおびただしく、展覧会に足を運んだり、本を買ったり、写真を撮ったり、現物を集めたり・・・、できることはいろいろある。ここ東アジアには、数千年に渡る膨大な文字資料・書作品群があり、そして現在も素晴らしい作品が生み出されている。

余裕があれば、手書きでないもの、東洋以外のもの、文字以外のものにも積極的に触れることで、表現の幅はさらに広がるだろう。日本国内に留まらず、書の本場、中国にも目を配り、ときには自分で中国の地を旅してみれば、新たな世界が開けてくる。

書道において、学習者は必ず臨書というものをする。横に置いた古典作品の法帖を見ながら、半紙や半切にそっくりに書くのである。臨書の際に、古典の一文字一文字、ないしは全体構成を見るのも、もちろん鑑賞の一つだ。しかしながら臨書に使われる作品は、鑑賞の対象全体から見たら、ごく一部に過ぎないのだ。

いろいろなものを見て目が肥えてくると、次第に書の良し悪しが見えてくるようになり、「これはすばらしい」、もしくは「これは見るべきほどのものではない」という判断ができるようになってくる。時に感動的な作品に出会うと、何がこれほどの感動を与えるのだろう、と理解しようとする。そして、その優れた部分を自分の作品にも取り入れてみたくなる。そのインプット、アウトプットの連続によって、腕が磨かれ、表現の幅が広がってくのである。

書は実践半分、鑑賞半分である。

2016年12月8日木曜日

肩肘張らない書がいちばんいい書ですわ

大が付くほどではないが安田靫彦が何かと好きで、昨春に東京国立近代美術館で開催された「安田靫彦展」も見に行った。

もちろんその絵に惹かれて見に行ったのだが、そこで、その絵に賛として書かれている字が、これまたいい字であることを知った。安田靫彦はもちろん書を生業としていた訳ではないが、そのヒョロヒョロした字は、良寛のそれを彷彿とするもので、あとで調べてみれば果たして安田氏は良寛の研究者として有名だったらしい。

良寛の字は脱力した、強く押せば折れて崩れてしまいそうな、か弱げな線が特徴的だが、素人がただそのまねをして書いても、まさしく間の抜けた醜い字になるのみで、良寛の書の境地には到底達することができない。良寛の書はか弱そうに見えるけれども、書の基礎はしっかりとおさえ、緻密に計算された字なのである。

しゃちほこばって一生懸命書いた字は見ていて窮屈なものだが、安田靫彦の字は、良寛同様、緊張した気持ちが弛緩するような、そんな柔らかさ、親しみやすさをもっていた。

後日、中央公論美術出版から出ている作品集『安田靫彦の書』(1979)を安価で手に入れて、そぞろに眺めていた。私は書をやっていたので、字を見れば書き手の筆の動きが想像されるのだが、安田靫彦の場合はとくにそれが顕著な感じがした。彼の肩の力の抜け具合は、字の大小を問わず、一貫していた。

安田氏の書は、画賛をはじめ、一行書、扁額など多岐にわたるが、そのなかでもとりわけ私の心をつかんだのが、書簡であった。つまり手紙である。蛇足であるが、安田靫彦の時代は手紙も墨書である。

手紙なのだから、書き手はそれをあとあと保存しようとなどとは思っていない。だから画賛、一行書、扁額などとは決定的に性格が異なるもので、そもそも「作品」として本に載るのも、書き手にとっては不本意かも知れぬ。しかし、能書家の書いた手紙は往々にして長らく保存され、軸装される場合さえある。安田靫彦も例外ではなかった。

彼の書簡を見ると、やはりその他のジャンルの書より明らかに違う。字は崩れていて、筆の運びも早く、潤滑(にじみかすれ)の差が激しく、行の中心線は通っていない。手紙なのだから、要件が伝わればそれでよく、すぐ捨てられるものだ。字を丁寧に書く必要はないのだ。

書簡以外の書は、大抵ちゃんと「おすまし」して書かれており読みやすい。しかしどこか優等生的で、比較すると見ていてつまらないところがある。

一方書簡は、書き手の筆意がありのままに見えて面白く、なおかつ自然体なのだ。早く書こうとすれば、字は崩れるのはあたりまえ。何回も墨継ぎをする間もないから、字がかすれるのもあたりまえ。前の字からの連綿(つながり)があるから、上下で中心線がずれるものあたりまえのことである。

そういう変化に富んでいる書というのは、書の世界では古くから傑作とされてきた。中国は唐時代、顔真卿の「三稿」や、平安時代の古筆切の数々を見れば明らかである。(もちろん「肩肘張って」書いた作品でも、傑作として名高いものは数多い。念のため。)

自然体が出ている書は面白い。

そう考えると、現代の公募展に出されているような多くの「肩肘の張りに張った」書作品は、まったくつまらないと言わざるをえない。似たような線の質、似たような字の大きさ、均一なかすれ、縦横ビシっとそろった中心線・・・。全部が全部というわけではないが、書道を初めて日が浅い人は、特に「優等生的」な凡作に終わることが多い。

賞状書士にでもなるならそれでいいが、面白みのない作品を床の間に飾るのは興ざめである。

肩に力の入った不自然な書が多いという事実は、実は自然体の書を書くのが難しいということの裏返しである。

自然体というのは、ただ漫然と書けばいいということではない。そもそも、現代にあって文字を筆で書くというのが「自然」なことではない。そこは不可抗力として一歩譲るにしても、変化に富んだ書を生み出すには、それ相応の創造性を持ち合わせていないといけない。線の引き方、字の崩し方、連綿のしかた等々、自然体を達成するためにはかなりの習熟を要するのだ。

肩肘張らないすばらしい書。これが私が最も好きな書であるととともに、こう書きたい、という理想である。