2012年12月30日日曜日

言語学の冬:斎藤純男『言語学入門』

年末年始は、言語学で。2冊目。

斎藤純男(2010)『言語学入門』三省堂

言語学入門 [単行本] / 斎藤 純男 (著); 三省堂 (刊)

2冊目も入門書であり、言語学の諸分野がなるべく広く扱われている。章立ては、

1 音声学と音韻論
2 形態論
3 統語論
4 文章・談話研究
5 意味論
6 語用論
7 歴史言語学
8 比較言語学
9 言語地理学
10 社会言語学
11 文字論
12 言語学史

前回の『はじめて学ぶ言語学』と比べると、文字論や言語学史など珍しい分野が扱われているほか、いわゆる言語学っぽい言語学が目立つ。前回のは脳科学や考古学や教育なども関わった、学際的で比較的新しい言語学が多かったのに対し、本書は歴史言語学や比較言語学など、伝統的な(ただし現在主流というわけではない)分野に重点が置かれていると言い換えてもよい。

本書の第一印象。網羅的かつ大変簡潔。章立てで見れば本書の方が少ないが、前回のは執筆者が面白い研究やトピックを紹介するというのだったのに対し、今回は用語や現象の羅列といった体である。例えば、前回ので1章(15ページ)が割かれていた連濁は、本書ではたった1行(66ページ)と、胸のすくような簡潔さである。説明はそぎ落とせるだけそぎ落とし、数を詰め込もうという姿勢だ。本書はその点で真の意味で非常に広く、非常に浅い。羅列とか浅いとか言うと聞こえが悪いが、つまりすこぶり平易と言うことであり飲みごたえよく、著者は一人であるため難易度も安定している。例も日英語にとどまらず、豊富で興味の深いものばかりで噛みごたえもよい。

一応入門者でない私にとっても、本書は発見の塊であった。初学者には是非おすすめ。高校生なら容易だろう。

2012年12月28日金曜日

言語学の冬:大津由紀雄『はじめて学ぶ言語学』

年末年始は、言語学で。

というわけで、この休暇に数冊、言語学の本を読んでいくつもりだ。紹介の順番は借りた順という以外に他意はないが、初回にふさわしく入門書から。

大津由紀雄 編著(2009)『はじめて学ぶ言語学―ことばの世界をさぐる17章』ミネルヴァ書房

はじめて学ぶ言語学―ことばの世界をさぐる17章 [単行本] / 大津 由紀雄 (著); ミネルヴァ書房 (刊)

本書はICUのメジャー推薦図書のため、いつもなにかと貸し出されていたので、やっと借りられたという感じだ。

本書の特長は、言語学の諸分野を非常に広く網羅している点だ。17章構成で、各分野の専門家16人が1章を担当している。(大津氏は2章執筆。)私なりに整理すると、

序章 基礎の基礎
1 音声学と音韻論
2 形態論
3 統語論
4 意味論
5 語用論
6 コミュニケーション
7 言語獲得
8 バイリンガリズム
9 言語理解
10 発話研究
11 認知言語学
12 言語と脳科学
13 言語の起源と進化
14 方言学
15 歴史言語学
16 言語教育

これは相当欲張りで豪華なセットである。だがやはり、広く扱うからには浅くなるのは避けられないわけで、各章の内容は非常に限られている。例えば1章は、日本語の、しかも連濁という現象しか扱っていない。

それに、章により難易度に差があるのは惜しいと思った。本書の対象は一応高校生以上らしいが、前提知識が必要とされることが少なくなかったので、タイトル通り「はじめて学ぶ」人には、正直きつい。

2012年12月23日日曜日

ダード・ハンター『和紙のすばらしさ』久米康生訳

ICU図書館に10冊程度開架されている和紙関連の本を見てみると、ほとんどが久米康生という方の手によるものである。久米氏は1973年に毎日新聞社編『手漉和紙大鑑』の編集に関わって以来、和紙研究を続け、1989年に立ち上げられた和紙文化研究会の代表も務めたそうだ。本書は久米氏による訳書である。(彼はたぶん翻訳家ではないが。)

ダード・ハンター(久米康生訳)(2009)『和紙のすばらしさ―日本・韓国・中国の製紙行脚』勉誠出版
Dard Hunter. (1936). A Papermaking Pilgrimage to Japan, Korea and China. Pynson Printer

和紙のすばらしさ 日本・韓国・中国の製紙行脚 [単行本] / ダード・ハンター (著); 久米康生 (翻訳); 勉誠出版 (刊)

著者のダード・ハンター(Dard Hunter 1886-1966)は紙史研究の大家らしい。新聞印刷の業者を父に持ち、オーストリアの印刷学校に留学したのち、ロンドンでも働くなどなどと筋金入りだ。アメリカに帰国した後には自分の工房を建て、自前の紙と活字で自ら著した本を出版する工芸家となった。その内容はヨーロッパ、アジア、アフリカの40か国以上の紙郷を渡り歩いて得た、膨大な資料に基づいている。

本書はハンターが東アジアでの紙作りをこの目で見るべく、1933年に日本、朝鮮、中国を現地調査したときの記録である。中でも日本の記述がダントツに多いのは、彼が日本の製紙の技術と品質を「驚嘆に値するすばらしい工芸」(本書2ページ)と絶賛し、尊敬するからである。訳者あとがきにその原文が紹介されている。

It is not an exaggeration to state that the present-day handmade papers of Japan are the technical marvel of the entire papermakers' craft.(128ページ)

対して、「現代中国の手漉き紙については、ほとんど感動するものはない」(63ページ)とまで酷評しているのには笑った。1933年だからこそ言えた文句である。

そう、1933年なのだ。太平洋戦争も始まらない時代、朝鮮半島が分裂する前の時代、日本は満州など海外進出に新進気鋭だった時代である。(ハンターが逮捕されず無事旅を終えられたのも、日本の紙メーカーと紙研究者の協力のおかげであった。)彼が、西は愛媛から東は埼玉までの行脚を事細かに書き留めてくれたおかげで、本書は当時の紙事情を知る資料としてだけでなく、もう一つの価値を持つと私は感じた。彼が道すがら見聞した古き日本の風習、作法、建築、食事、交通などを細かに伝える読み物としても、十分読むに値するのだ。

自動車で道無き道を走り、時には歩くはめになる。工房を訪れるたびに、取っ手のないカップに入った緑茶で慇懃なもてなしを受け、宴会の席では足を組んで長時間座ることに閉口する。当時の日本を知らない私には、面白く、新鮮である。2つの面で勉強になる。

・Dard Hunter Studios: http://www.dardhunter.com/
・Friends of Dard Hunter: http://www.friendsofdardhunter.org/
・ユタ大学のJ. Willard Marriott Libraryは、ハンターの著書をデジタル画像化し、自由に閲覧できるようにしている。原著巻末には彼が行脚で収集した51の紙標本が添付されているので、それだけでも面白い。(http://content.lib.utah.edu/cdm/landingpage/collection/DardHunter

2012年12月22日土曜日

関啓子「言語障害」の授業と『失語症を解く』

ICUの言語学の授業に「言語障害」というのがある。いくつかある言語障害のうち、失語症を中心に、その症状やリハビリ、患者への接し方などの理解を深めることが主眼である。

失語症はおろか言語障害も、知人や親族にそういう方がいない限りあまり一般に知られていない。私はたまたま、失語症に触れた本をいくつか読んだことがあって知っていた。

言語障害と言語学がどこでつながるのか。簡単に言えば、脳梗塞などで言語機能の一部または全部を失った患者の、脳の損傷部位と症状を照らし合わせることによって、脳のどの部分が言語のどの側面を(主に)司っているのかが分かるのである。言葉を生み出し受け取る人間(または脳)の活動を知る上で、失語症患者の貢献は大きい。言語学の中でも、多分に脳科学とかぶった領域である。

ICUのこの授業では、そうした言語学的なことはほとんど扱わず、障害としての失語症、つまりその症状や医療制度や医療倫理にスポットが当てられる。

さて、私がここで本題にしたいのは授業の内容ではなく、講師の関啓子さんである。

関さんは、言語聴覚士として長年多くの言語障害の患者と関わってきたのだが、2009年に、なんと自身も脳梗塞で倒れ、言語障害を持つ身となったのだ。全くの幸いにして、自らリハビリの専門知識があり、かつ周りの専門家の助けが功を奏したこともあり、10ヶ月という期間で職場復帰(神戸大学大学院保健学研究科教授)を果たした。(この回復の早さは異常なのだという。)

もうお気付きかもしれないが、これは非常に重要な意義を持っている。関さんがICUで教えている、もちろんそのこともとても幸運なめぐり合わせであるが、何よりも強調すべきは、関さんが自分の専門の障害を経験したということだ。しかも、これは例えば、聴覚障害の専門家が耳が聞こえなくなったのとはわけが違う。非常に雑な言い方だが、失語症とは相手の言ったことが理解できなかったり、思ったことが話せなかったり、文字が書けなかったり、読めなかったりする障害である。つまり多くの場合、一旦失語症にかかると、患者は自分の思考を言語で表出することができない。自分の内状を外に表現できないのであるから、周囲の人はその人の思いを推測するほかない。(まさにこれが失語症に対する誤解につながる理由である。)しかも、重症度にもよるが、失語症は完治することがほとんど無いらしい。それゆえ、失語症患者の体験をつづったものは必然的に少ない運命にあるのだ。自分を記録しようにも、することができないのだ。

さて関さんは、自分の障害を専門としており、しかも失語も比較的軽度で、読み書きの障害は出ず、発話の不自然さを除けば正常といえるまでに回復なさった。一体何が言いたいのかというと、関さんは専門家の目で失語症を「中から」見、しかも今、それを発信することができるのだ。

それが今学期のこの授業であり、あるいは講演であり、あるいは書籍なのである(近々発売という)。

・・・などということを、履修前や第一回授業で考えていたら、気付いた。そういえば去年同じこと書いてた!

失語症の研究者が失語症になったら、内側から見た失語症が研究できて、とても面白いと思うんですけど、どうでしょう?

下は、授業の教科書。2003年、関さんが脳梗塞を発症する前に書かれた。

関啓子(2003)『失語症を解く―言語聴覚士が語ることばと脳の不思議』人文書院

失語症を解く―言語聴覚士が語ることばと脳の不思議 [単行本] / 関 啓子 (著); 人文書院 (刊)

2012年12月10日月曜日

池上嘉彦『記号論への招待』ほか2冊

最近2週間に読んだ本から3冊書き留めておく。

ヤコブ・ニールセン(2006)『ヤコブ・ニールセンのAlertboxーそのデザイン、間違ってます』RBB PRESS

ヤコブ・ニールセンのAlertbox -そのデザイン、間違ってます- (RD Books) [単行本(ソフトカバー)] / Jakob Nielsen (著); 舩井 淳, 奥泉 直子, 川崎 幹人 (翻訳); RBB PRESS (刊)

池上嘉彦(1984)『記号論への招待』岩波書店

記号論への招待 (岩波新書) [新書] / 池上 嘉彦 (著); 岩波書店 (刊)

今学期「記号・思考・文化」という授業をとるにあたって、担当教員が入門書として「不朽の名著」と謳っていたので、読んでみた。池上嘉彦は、先学期偶然だが彼の有名な論文、DO-Language and BECOME-Language: Two Contrasting Types of Linguistic Representation(「する」言語と「なる」言語)も一部読んだことがある。

北康利(2008)『匠の国 日本ー職人は国の宝、国の礎』PHP研究所

匠の国 日本 職人は国の宝、国の礎 (PHP新書 501) [新書] / 北 康利 (著); PHP研究所 (刊)

ものづくり。日本の精神。伝えたい。

2012年12月5日水曜日

ICU祭で展示した書道作品

だいぶ間が開いたが、ICU祭のために書いた書作品から、5つ選りすぐって紹介する。ご鞭撻の程、お願いいたします。

環 約180 x 47 cm
今年の5月21日に観測された金環日食にちなんで、その日に書いた。下に、細かい字だがその日の様子を記録した。

左:臨 爨宝子碑(さんぽうしひ) 80 x 80 cm
右:「学問に王道無し」 80 x 80 cm

臨 伝藤原行成 関戸本古今和歌集 70 x 25 cm
1年間のかなの勉強の成果として書いた。今回最も力を入れた作品のひとつ。

冒頭部

臨 黄庭堅 松風閣詩巻 35 x 11? cm
今回最も力を入れた作品のもう一つ。

総じて表装が貧弱なのは、お金と時間の制限のためだ。ご容赦を!