2011年11月30日水曜日

御岳渓谷、鳩ノ巣渓谷:この山奥も一応東京

ICUは大学には珍しい3学期制で、実は11月の第3週(18日)をもって秋学期(2学期)は終わりました。今は3学期制の産物としての10日ほどの秋休みを楽しんでいます。実は今日で終わりなんですけど。

この休みを使って、友人はディズニーランドに行ったり、高知に旅行に行ったりと、出かける人が多いので、私も便乗して、5日前(25日(金))にひとり紅葉見物に行ってきました。

色々迷いましたが、お金と時間をあまり使いたくなかったので、ともに青梅線沿いの、御岳渓谷と鳩ノ巣渓谷(東京の西の西)に行きました。2か所です。贅沢でしょ。

本当は日原(にっぱら)鍾乳洞という関東では有名な鍾乳洞にも行きたかったのですが、バスまで使って東京の奥の奥まで行くのは面倒だったので、この2か所の紅葉で妥協しました。

9時前に家を出、ほぼ2時間後に御嶽駅に到着。平日のせいか、青梅駅あたりからご年配の方しかいず、大学生らしき人は激レアでした。渓谷は駅から徒歩数十秒。渓谷を歩き始めてすぐ気付きましたが、紅葉がかなり少ないです。まだ色付いていないのではなく、そもそも紅葉する木が無いのです。「Yahoo!紅葉特集」にだまされました。私の写真はいいところだけ撮っているので、多いように見えますけど。



昼食は駅の向かいの東峯園というところのカツカレーでした。(私が作った方がおいしいと思いm)

13:20頃、御岳からさらに3駅分東京の奥、鳩ノ巣駅に降りました。御岳渓谷はそれでも観光地で、おじさんおばさんがたくさんいたのに、鳩ノ巣渓谷になると人が激減し、駅では私以外に1人しか降りませんでした。そういえば、御岳も鳩ノ巣もかなりの山奥で田舎なので、Suicaが使えるだろうかと不安になりました。

駅から徒歩数分で、渓谷の入り口です。御岳より山奥とあって、そこよりかなり谷が険しいです。ですがその分、雄大な景色が広がっていました。高い崖、巨大な岩、青く渦巻く清流。そこはまさしく秘境でした。人もほとんどおらず、ゆっくりと荘厳な渓谷の風景を楽しむことができました。ここも紅葉は多くなかったので、楽しんだといっても、私は主に岩を楽しんだんですけどね。岩好きには、ここは穴場だと思います。





14:48、鳩ノ巣駅を発ち、また2時間以上かけて家の立ち並ぶ平野に戻って来ました。紅葉が少なかったのが、残念でした。

2011年11月29日火曜日

法隆寺を建てた飛鳥の技:西岡常一「木に学べ」

いい読書だった。

高校か中学の国語の授業で1節だけ読んだことがあって、木と宮大工と古代の建築技法とに魅せられたのを思い出して、先日ICU図書館で見つけ出して読んだのは、木に学べ―法隆寺・薬師寺の美 (小学館文庫) [文庫] / 西岡 常一 (著); 小学館 (刊)です。


本書では、法隆寺の棟梁であり、薬師寺の棟梁も務めた西岡常一(つねかず)氏が、木や道具や法隆寺や薬師寺や宮大工について語ります。ベストセラーにもなったそうです(Amazonの商品の説明のページより)。

本書を読んで私が思えらく、西岡氏はここ50年で最高の宮大工ではないでしょうか。彼は飛鳥時代の工法を受け継ぎ、木の癖を見抜くプロであり、そして昭和前半の法隆寺の解体、修復に携わった最後の宮大工でした。

それにしても、飛鳥時代の工法の成熟度には目を見張ります。信じられないくらいです。道具も鉄も釘も木の知識も建築物の力学も、今よりずっと洗練されていて、効率がいいのに、今ではほとんど忘れられています。何種類もの鑿(のみ)、絶対に抜けない和釘、1000年以上持つヒノキ材などなど、1300年も前に大工たちはこれらを知っていたのですから、本当に驚くばかりです。

宮大工は、後継者不足というよりも、伝統工法を受け継がせるのが難しいというのが問題のようです。現在は古代建築の再建などはほとんど無く、宮大工が育たないのです。
将来消えてしまうかもしれない古代の工法や建築の妙の一端を、よくぞ本にまとめてくれた。また西岡氏個人の記録としても、よくぞ残してくれた。読みながら、何度も何度も、そう強く思いました。

本書の良さは、実際に読んでみないと分かりません。数ある類書の中でも、これは真っ先に読むべきバイブルではないでしょうか。

2011年11月22日火曜日

梶井基次郎「檸檬」「城のある町にて」ほか

梶井基次郎の文章は美しい、彼のルックスと文章の美しさとのギャップが大きい(梶井基次郎カワイソス)、という風の噂を聞いて、彼の小説の中から「檸檬」、「城のある町にて」、「路上」、「冬の日」を読んでみました。

檸檬 (新潮文庫) [文庫] / 梶井 基次郎 (著); 新潮社 (刊)



思ったほど文章が美しいとは感じられませんでしたが、彼独自の小説を感じることができました。梶井基次郎の作品の特徴は、自身の体験を基に、主人公の境遇の記述は最低限に抑えて、その心の動きを描こうとしたことだと言えるでしょうか。こういうのは私小説と言われるそうですね。特に彼が患っていた肺結核の苦しみを描いたものが多く、作品に鬱々とした雰囲気が感じられました。

自身の体験の再構成という彼の作風ゆえ、小説というよりも、個人的に書かれた、まとまりのない日常の記述というふうに見えなくもない部分が時たまありました。そういう点から見ても、有名な「檸檬」は私に一番なじみやすい作品でした。

2011年11月21日月曜日

「自然界にひそむ「5」の謎」は未解決である

がっかりした。このがっかりを表すには、いつものようなですます調ではだめだ。

先日読んだ本は、4、5年探していたものだ。

自然界にひそむ「5」の謎 (ちくまプリマーブックス) [単行本] / 西山 豊 (著); 筑摩書房 (刊)



著者が本書を書いたのは、シンプルかつ魅力的な疑問からである。すなわち「正5角形を作図するのは難しいのに、ヒトデのごとき下等生物がなぜきれいな5角形を作っているのか。」(分度器で72度ずつ測るのは禁止だ。数学における「作図」とは、目盛りのない定規とコンパスのみを用いて図形を描くことをいう。)そう、確かに不思議である。5角形の作図が難しいだけでなく、5は数学的に不安定である。他の数字はというと、1はすべての単位であり、2は対称形を作ったり直線を定めたりし、3は平面を定め、正3、4、6角形は平面を充填する。特に1、2、4、6は、自然界にもいくらでも見つけられる。(頭や口は1個、目や羽や触角は2個、犬の足は4本、昆虫の足は6本、蜂の巣穴は6角形。)このように5は自然に存在しにくい数なのに、なぜかヒトデは5本の腕を持ち、多くの花弁は5枚である。その謎を解くことは、とても意義があるはずだ。

実は本書の3分の1か半分は、中学生のときに読んでいた。本書のテーマに当時から興味をひかれていたが、続きを読もうとしたら、どういうわけかいつの間にか中学校の図書館から無くなっていた。高校生のときにこの本の存在を思い出して、近所の図書館を探してみたが、見つけられなかった。東京に引っ越してきて、ようやく近くの図書館で見つけた次第である。先ほど4、5年探していたと書いたのは、こういうわけだ。

数年越しに出会えた、良書だと思っていたのだが……。

がっかりした。

こじつけもいい加減にしてほしい。論理の飛躍も甚だしい。

本書は「ヒトデはなぜ5本腕か」と「花びらはなぜ5枚か」の2部に分かれているので、まず前者から見てみよう。突っ込みどころはたくさんあるが、逐一書いていく時間も気力もないので、決定的なところだけを例に挙げよう。

著者は、ヒトデの5本腕は、その発生初期の32細胞期の割球の配置と、準正32面体(または切頂20面体)という、サッカーボールでおなじみの正5角形と正6角形でできた立体で説明できるのではないかと(何の根拠も無く)仮定した。著者によれば、準正32面体において6角形の周りは5角形と6角形が混ざっていて不安定だが、5角形の周りはすべて6角形だから安定だという(図参照)。そして結論において、著者は思考実験ですらない、ある種の妄想を行う。彼は、ヒトデの割球に聞いてみたそうだ。「5角形に座るのと、6角形に座るのとではどちらがいいか」と。そしたら割球は5角形に座りたいと答えたそうだ。かくして、ヒトデは以降、中心の5角形を基に組織を作っていくので、5本足になるのだとさ。

非科学的すぎて笑いも出ない。本書を読むのを長らく楽しみにしていたことを後悔した。

また私は、著者が5本足の概略設計ができる時期を32細胞期としたのは、準正32面体がちょうど正5角形を含んでいたからだとしか思えない。つまり、結論ありきなのだ。

次に、第2部「花の5弁の謎」であるが、簡潔に述べておくと、著者は茎頂(茎の先端)のドーム状の組織と、そこでの細胞配置に注目した。正5角形の周りに正6角形をくっつけるとお椀状になる(つまり準正32面体の一部である)が、それを茎頂のドーム形に当てはめ、5つの細胞群が茎頂に配置されているに違いないと結論付けた。それら細胞群が、花びらや萼(がく)になっていくので、5弁の花びらが多いというわけだ。

これまた根拠のないこじつけだ。著者は、文献で茎頂がドーム状であることを確認しただけで、茎頂の組織の細胞配置を自分で確かめなどはしていない

もう2点言わせていただきたいことがある。本書は、雑誌「数学教室」(国土社)の連載に加筆修正してまとめたものであるが、字数稼ぎのためか全く不要な記述が多い。例えば、オクラの5角形に関する第17章は、章ごと無くても本書の大筋に全く影響が無い。もちろん、決まった記事数と文字数を書かねばならない連載記事の制約上仕方ないところもある。また物事は要点だけにしぼって伝えてほしいという私個人の好みもある。が、本書の記述は冗長だった。

最後の1点。著者がDNAによる生物の決定論を否定しているのも頂けない。著者によると、生物は遺伝的な決定の他に、外界からの後天的な環境が影響するということだそうだ。それゆえ著者は、ヒトデの5本足決定を卵割もだいぶ進んだ32細胞期とし、5弁花決定を茎頂における細胞配列時だとした。私は、生物の進化や変異や移動を解明するのにDNA以上に優れたものは無いだろうというDNA至上主義的な考えだったので、著者のこの考えには同意できない。もちろん、後天的な要因による影響も無視はできない。例えば、紫外線に長時間さらされれば肌は黒くなるし、妊婦の喫煙は未熟児を生みやすくするという。だが、DNA懐疑論に対する明らかな反論がある。生物学的な異常が無い限り、どうしてすべての細胞は核やリボソームやミトコンドリアを持ち、すべての人間は2本ずつの手足を持ち、心臓を持ち、言葉を操るようになり、すべてのバッタは足に強力な筋肉を持ち、桜はピンク色の花を咲かすのだろうか。後天的な偶然が影響したにしては、種での一致があまりに多くないだろうか。これは先天的な決定無しでは説明できない。私は自然界にひそむ5の謎も、DNAを調べたほうがよいのではないかと思った。

要約すると、本書の問題点は、根拠の乏しいこじつけ、過度な思考実験、不要な記述、DNAによる決定の否定(など)である。

それでも著者は自信たっぷりだ。Amazonでの評価も低くない。レビューでは、C60フラーレンにまで話が発展するとある。だがこれは話の発展ではなく論理の飛躍というものだ。

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私は論理というものに関しては敏感なので、つい小言を言ってしまいました。こんな耳の痛い記事にこれだけ長口上を書いてしまい、申し訳ありませんでした。

2011年11月19日土曜日

一世を風靡した年表:松岡正剛「情報の歴史」

13日の記事で紹介した本に、情報デザインの成功例として言及されていた、情報の歴史―象形文字から人工知能まで (Books in form (Special)) [大型本] / 編集工学研究所 (著); 松岡 正剛 (監修); NTT出版 (刊)という大著です。



本書は、洞窟壁画からインターネット拡大に至る歴史を、情報の記録という観点から編集した400ページを超す壮大な年表です。初版発行は1990年(増補版は1996年)ですが、出版の直後は、情報史ブームが起きるほどの評判だったそうです。

本書には、これまでの年表の常識を覆す画期的なデザインが、2つ取り入れられています。まず、日本史と世界史の区別が無いこと。古代には東西の分類があるものの、11世紀以降は地域による区分を全く無くし、見開きごとに設定された5つのテーマに従って項目が並べられています。もう1つは、ページのここかしこに付いた、縦横、大小、カラフルな見出しです。膨大な情報にあふれ返る本書も、色分けされた見出しを見ることで時代の大筋を捉えることができます。

その上、情報史以外の一般歴史事項もたくさん掲載されていて、どの時代も均等に重視しています。例えば、私も少しは知っている書道関連で見てみると、「書聖」王羲之(おうぎし)は4世紀の東アジアの列に載っているのはもちろん(しかも大見出しで)、私は好きだけど一般には認知度が皆無の「石門頌」という作品までも、ちゃっかり2世紀の中国の列に載っていました。高校世界史で習ったことでここに載っていないものは無いのではないかと、私は踏んでいます。

本書は読むための本ではありませんが、歴史好きの人や、わが子に歴史を好きになってほしい親御さんには、ぜひ手に取ってもらいたい大作です。

2011年11月13日日曜日

情報デザインの新書:ウェブのデザインが大半を決める

これからの製品はデザインやで。
――松下幸之助、欧米視察後の発言

私は、デザインが好きです。デザインにもいろいろありますが、デザインと聞いておそらく一般的にイメージされるであろうグラフィックデザイン、それと、ウェブデザインにとても関心があります。もっとも、私には知識も技術も無いので、好きといっても、大抵はきれいなデザインを見るのが好きといった程度です。そんな私の乏しい知識から好きなグラフィックデザイナーを挙げるとすれば、有名どころになりますが佐藤可士和です。ウェブデザインについても、ページのデザインが洗練されていて、使いやすさを最重視したものは見ていて(使っていて)心地いいですが、大量の情報を羅列したり、ごちゃごちゃに配置したり、色の使い方が下手だったりするページは、見る気がしなくなります。

先日読んだ本は、そうした情報のデザインを論じた新書です。本書の発行が、インターネットが日本でも社会に浸透してきた2001年だというのにも、興味を惹かれました。当時の(ウェブ)デザインがどうで、今とどう違うのかを知りたかったからです。(私は、黎明期のコンピューターやインターネットにも実は興味があります。)

情報デザイン入門―インターネット時代の表現術 (平凡社新書) [新書] / 渡辺 保史 (著); 平凡社 (刊)



さて、本書に星をあげるとすれば、4つと半分って感じです。最初のうちは内容が濃密で、新たな発見がいっぱいで、こりゃスゲーと思っていたのですが、後半は内容が薄くなってきて、(私にとって)面白くなくなってきました。最後の2章は、デザインと人間の関係の概念的な論評や、地域社会規模でのメディア活用についての話が多くなってくるので、そういったことが好きな方には楽しいのですが、私の関心事ではありませんでした。なので星5つはあげることはできません。

情報デザインとは、大量の個々の情報を、分かりやすく編集(配列、階層化、視覚化など)することです。職業別電話帳を例にとると、個々の会社名やらの項目をでたらめに羅列しただけでは、目当ての情報にたどり着けないというより、もはやそれは使い手の便宜を無視しており、電話帳として意味をなしていません。ですからそれらは先ず「書店」、「結婚式」、「自転車」などのカテゴリーに分類され、カテゴリーの中で会社名(店舗名)により50音順(アルファベット順)に並べられ、さらにカテゴリー自体も50音順に並べられる、というように、完全に秩序立てられついます。本ブログも、過去の記事は月ごとに配列され、またカテゴリー別にも読むことができます。私個人としては、なるべくシンプルにというモットーのもと、関連した記事同士でリンクを貼ったり、読者にもっと詳しい情報を提供、または情報の出所を明らかにするために外部へのリンクを貼ったり、タイトルがなるべく記事内容の要約になるようにしたりしてきたつもりです。これらはすべて情報のデザインです。

また著者は、情報と使い手との境界に位置する、2者間のやり取りの媒体としての、インターフェイスのデザインにも目を向けています。インターフェイスの最たる例はコンピューターのディスプレイ、キーボード、マウスですが、80年代前半、もしくはそれ以前のコンピューターは、キーボードと使ってコマンド(命令文)を打ち込まなければ操作できなかったそうです。ですが1984年に登場したAppleのMacが、GUI(Graphical User Interface)という革新的なシステムを導入して以来、ユーザーは画面のアイコンをクリックするだけで操作できるようになりました。ですが、著者は(10年前にして既に)GUIにいまだ残る使いにくさを指摘し、GUIに代わる新しいインターフェイスを模索します。ポストGUI、著者によれば、それは人間の体を使って、直感的な情報操作を可能にする(当時における)次世代インターフェイスです。

GUI以上のインターフェイスなどあるのか、と私は思っていましたが、読み進めるうちに、現代の携帯情報端末を語る上で欠かせないアイテム、タッチパネルが、まさしくそれではないかと気づき、著者も先見の明に驚きました。画面のスクロールや縮小、拡大をはじめ、タッチパネルは指による直観的な操作を実現しています。

本書から得たものはとても多かったのですが、ここで1つ付け加えておくと、当時インターネット普及とともに情報デザインの進展が求められ、様々な面白いデザイン、インターフェイスの開発が進んでいましたが、ユニークすぎて、現代では実現化が難しいのではないか、または普及するには有用性が少ないのではないかと思わせるアイデアが少なからずありました。悪く言えば、インターネットを誰でも簡単に使えるようになって、調子に乗っていろいろ作りすぎたといった感じです。

最後に、私が本書を読んで知って、もっと知りたいと思った人やことへのリンクを貼っておきます。本書な発行年が発行年なため、更新を休止していたり、デザインが古かったりするページがあるのが残念です。

1. 80年代から先駆的な情報をデザインしてきた「情報建築家」、リチャード・ソール・ワーマン(Richard Saul Wurman)(公式サイト、英語
2. 著書、「第三の波」で「生産消費者(prosumer)」の台頭を予見した未来学者、アルビン・トフラー(Alvin Toffler)
3. ユーザビリティ(使いやすさ)に関する第一人者、ヤコブ・ニールセン(Jakob Nielsen)(公式サイト、英語
4. ロンドン大、マーティン・ドッジ(Martin Dodge)によるサイバースペースの可視化(An Atlas of Cyber-spaces(更新停止))
5. 出版後、情報文化技術史を巻き起こした、情報の歴史―象形文字から人工知能まで (Books in form (Special)) [大型本] / 編集工学研究所 (著); 松岡 正剛 (監修); NTT出版 (刊)

2011年11月3日木曜日

グーグルアースで手軽に地形を見てみないか

地形関連の記事が、最近続いています。今回はICU図書館で借りてきた本を読みました。

Google Earthでみる地球の歴史 (岩波科学ライブラリー) [単行本] / 後藤 和久 (著); 岩波書店 (刊)



本書は、実はここに記事として載せるか迷ったくらい、私にとっては退屈でした。というのも、大半の写真が特に珍しいわけでもないありきたりな地形(有名な火山とか珊瑚礁とか、地すべり跡とか)で、それに、画像が粗かったり、遠景過ぎたりといったものが少なくなかったからです。もっとも、本書はGoogle Earthで手軽に地球の歴史を見ることが主眼なのですから、私のニーズに合わないのは当然ではあります。

しかし、もちろん、非常に美しく、自然の壮大さを感じさせる画像もありました。下に、それらを備忘録としてリストしておきたいと思います。誰でも簡単に本書の画像にアクセスできるというのが、Google Earthの利点です。Google Mapsにアクセスして、画像をGoogle Earthに切り替えて、下の緯度と経度で検索すれば地形を見ることができます。

スイス、ラウターブルンネンのU字谷(46 35 40 N, 7 54 28 E)
ロシア北部、ヤマル半島の湖沼群(69 22 22 N, 71 35 50 E)
グランドキャニオン遠景(36 03 28 N, 112 04 57 W)
褶曲により形成された東シエラマドレ山脈(25 37 31 N, 100 34 33 W)
アマゾン川源流の蛇行と三日月湖(4 10 16 S, 70 32 41 W)
エバーグレーズ国立公園の湿地(25 22 20 N, 81 07 01 W)
グリーンランド、イスアの氷河湖(65 04 15 N, 50 09 22 W)