2011年8月30日火曜日

軽井沢の山奥で3泊4日の数学合宿をした話

ICUの数学専攻の先輩方は、毎年夏休みに3泊4日の数学セミナーなるものを開いているそうです。

3泊4日の数学漬け。数学が好きな私でさえ、こりゃどうかしていると思ったくらいですから、はたから見たら気でもふれたかと思うような異様な行事です。

ICUの3つのキャンパスのうち、宿泊目的にしか使われなくて、とても影が薄い軽井沢キャンパスと那須キャンパスのどちらかで、これが行われるそうですが、今年はわが故郷長野県の有名な避暑地、軽井沢の方で催されました。その理由の一つは、那須キャンパスが震災により利用不可能となっているところにあります。

ちなみにICUの学内誌”The Weekly GIANTS”による(ジョークを多分に含んだ)「ICU用語辞典」によると、那須/軽井沢キャンパスは、「行きし者のうち、帰りし者はみな黙して語らず。」だそうです。

この、セミナーという名の修行でやることはと言えば、1冊の本を分割して参加者に割り当て、割り当てられたところをみんなの前で発表する。そう、それだけと言えばそれだけ。

今年やる本はアンドレ・ヴェイユ(片山孝次、 田中茂、丹羽敏雄、長岡一昭訳)(2010)『初学者のための整数論』 筑摩書房。私の割り当てられたところは、互いに素に関するところです。



私が本格的に準備を始めたのは、遅ればせながら出発日の前日でした。初めて本腰を入れて読んでみたのですが、とても難しい…。どうしてそうなるのかが分からない。この日はICUで事前勉強会があったので、4年生の先輩にこれまでになく長時間解説してもらって、やっとそれなりの理解をできたくらいでした。

この、合宿という名の拘束の期間は、24日から27日まででした。

24日(水)

バスを使い、電車を乗り換え、池袋に着いたらそこから高速バスに乗り、3時間かけて軽井沢駅まで行く。さらにそこから2駅の信濃追分駅で降りたら、予想をはるかに上回る田舎道を、予想をはるかに上回る距離歩いた森の中にぬっと現れるのが、三美荘と言われるICUの施設です。



三美荘の直前はこんな山道になる。



どうやら三美荘というのは建物の名前ではないようで、建物自体に三美荘という言葉は一度たりとも発見し得ませんでした。



このプレートが無ければ、ただの古めの別荘です。ここが大学のキャンパスだとは、絶対誰にもわかりません

参加者は、1年生から院生までの発表者25人くらいと、先生、非常勤講師から他の大学の院生まで合わせて30人くらいの所帯でした。

早めの夕食(おなじみのカレー)をとった後、早速セミナーが始まりました。そこで私は、この合宿の実際に触れショックを受けました。3年生の先輩の発表が始まった途端、非常勤講師の先生が、引き算の定義のようなところでやや厳密性に欠ける記述をズバッと指摘。他のオーディエンスも加わっての小議論になりました。(゚Д゚)ガクガクブルブル ちなみに私はこの指摘の意味がほとんど分かりませんでした。(´・ω・`)

その後も、次々と質問が飛び出し、1人20分という予定の発表時間を大きく超え、終えるのに1時間はかかったと思います。経験豊富な先輩も、これにはたじたじ。スケジュールが予定通り進むのかという心配に加え、1年生の私が自分のアサインメント(割り当て)を遂行できるのかという不安に駆られました。私の発表は、なんとこの日の最後でした。

もう夜の10時くらいだったでしょうか、私の番が回ってきました。結果は、幸いにして想定の範囲内。ただし、かかった時間は、もちろん予定の範囲外でした。まだ勉強不足の1年生なので、発表が少しくらい稚拙なのは御愛嬌ってことで。

私の発表で今日のスケジュールは終わりました。この後は、翌日以降に発表する人たちの多くが夜遅くまで準備をしていました。初日で発表を終えてしまって、私はラッキーでした。就寝は、みんなよりは早めの2時半。

25日(木)

7:40に起床。朝食はセルフでした。すでに何人かが起きていました。9時から今日のセミナーが始まりました。

セミナーについては詳しいことは書きません。もはや1人1時間がスタンダードになっていて、本当に食事以外は1日中数学でした。異様でした。



夕飯はBBQでしたぞ。

それでも深夜にセミナーから解放されると、みんな活気を取り戻しました。三美荘に、過去の先輩が残したと思しき将棋セットがあり、私も一局打たせてもらいました。弱いので負けましたけどね。(´・ω・`)



環境意識の高い先輩だったのでしょうか。なんと、駒が段ボール製です。パッと見、駒の向きがわかりません。字はまるで女の子が書いたように愛くるしいです。特に私は左下の「飛」の字が好きです。

この日の就寝は2:30。みんなに比べたら早い方です。

26日(金)

昨日と同じく7:40に起床。ですが昨日と違い、1階に下りて行っても、ソファで寝ていた先輩以外、誰もいませんでした。昨晩みなさん夜更ししていたようです。

それでもセミナーは9時から始まる!

数学、数学、数学、数学、数学…

昨日の夜の部から、完全に私の理解の範疇を超えていたので、わけのわからない発表を数時間聞く羽目になりました。

数学、数学、数学、数学、数学…

眠い!!

5時間睡眠は私にはきつい。

数学、数学、数学、数学、数学…

2時間発表する先輩もいました。このときが眠気のピークでした。

昼食、そばとそうめん。

テキストも終わりに近づいてきました。午後には院生の先輩の発表がありましたが、このままでは今日中にテキストが終わりそうにないという懸念から、彼は証明抜きで、定理と定義のみの発表になりました。でもその方がぽんぽん進んで眠くなりませんでした。先輩はしゃべりが上手で、例もあって、本当はすごく難しいところなんですけど(平方剰余とか、ルジャンドル記号とかよくわからん。)、私にもけっこう理解できました。

夕食の後は最後の発表でした。その先輩の話も面白くて、それなりに理解できました。私もこの2人の発表を見習いたいものです。

さあ、これで3日間に及ぶセミナーは終わった。打ち上げもした。将棋もリベンジした。勝った! (*・ω・)



上はこれまた過去の粋な先輩が残していった素晴らしい言葉で、10年くらい(?)壁に貼られたままだそうです。

みんな解放感でいっぱいでした。ですが私は、寝不足だけは嫌だったので一足先に3時に就寝。

27日(土)

この日も7:40分に起床、と言いたいところですが、3年の先輩の「起きてくださーい」の声で起きました。時刻はなんと8:50。9:00までに朝食をとっていなければならなかったのに。('Д⊂

昨日の残りのカルボナーラを急いで頂き、掃除をし、10時15分、3泊4日お世話になった三美荘にお別れです。

今年の合宿のまとめ:テキストがやけに難しかった。(これは去年のテキストが簡単すぎたことの反動らしい。)

最後に、軽井沢駅からの高速バス出発までに数時間あったので、先輩ら7人と軽井沢のアウトレット付近をぶらぶらしたこともここに書いておかなければなりますまい。

2011年8月22日月曜日

東大農学部農場にひまわりでできた迷路が出現する

私の今の住まいの近く、西東京市緑町に、東大農学部農場があるらしくて、そこでこの8月、ひまわりでできた迷路を開放しているらしいのです。

私は一応小学校低学年のときは迷路にはまっていて、今でもちょっと迷路が好きだし、それにあの東大だし、ということで、17日(水)に一人で行ってきました。

17日の午前中でしたが、この日はグッタリするような暑さ。家から近くと言っても自転車で2、30分はかかったので、汗の量が半端無かったです。

未知の土地でしたが、1本道を外したくらいで無事農場に着き、正門を入ったと同時に右手にひまわり迷路が。



では、早速始めるか…とその前に、私がこの迷路園で、ある実験を企てていたことをお知らせしなければなりますまい。

実験とは何か。迷路には、実は「必勝法」と呼ぶべきものがあり、理論上は知っていたのですが、今回それを自分の足で確かめようとしたのです。

その必勝法とは、Wikipediaで調べたところによると「右手法」というもので、常に右側(もしくは左側)の壁に沿って進めば必ずゴールにたどり着くというものです。(Wikipedia 「迷路」の項を参照。) その効果を確かめるためにひまわり迷路にやってきたと言ってもあながち間違いではありません。

この実験は、次のように行いました。

迷路には3回入る。
1回目はサンプルとして必勝法を使わず、気の向くままに歩く。つまり普通に迷路を解いてみる。
2回目は右の壁に沿って歩く。
3回目は左の壁に沿って歩く。

計時もする。歩く速さも同じくらいにする。(ただし道に人がいてゆっくり歩かざるを得ないときもありました。)

さあ、まず1回目スタート。



うほっ、これ、簡単じゃね? そうだよな、これたぶん子供用に作ったから、難しいわけないよな。もしかして行き止まりが無いのかも。でもそしたら実験があまり面白……ぎゃー、行き止まりだ!

という感じで、2分47秒でゴールに着きました。

入口に戻って、2回目。今度は右に沿って歩いたら、2分57秒。1回目とほぼ同じ。



半ば予想できたことですが、迷路にいた人の98%は小さい子供を連れた親子で、大学生くらいの年齢の人なんて私以外1人としていやしません。まして迷路を何回もやっていた私なんぞは、さぞかし目立ったことでしょう。

3回目、左に沿って歩いたら、56秒。1、2回目のほぼ1/3になりました。

データをまとめましょう。

普通:2分47秒
右手法:2分57秒
左手法:56秒

今回の結果では左手法が右手法の3倍の速さで出口に出ましたが、もちろん一般には、左、右どちらが早いかは両方試してみないとわかりません。確率的にどちらが早いかは五分五分です。

右手法の利点は、迷う心配が絶対無いこと、頭を働かさなくていいこと、そして、短い時間で解けるという三拍子です。(今回は右手法が一番長くかかりましたが、迷路が複雑になればなるほど右手法の効果は顕著になります。)このように右手法は非常に有効なリスク回避法です。

記事投稿が遅れたのは、右手法を紹介して、右手法で必ずゴールに着くことを本記事で数学的に証明しようとしたからですが、Wikipediaに右手法がしっかり載っていて、すっかり気持ちが萎えて証明はやめました。

ちなみに迷路はもう1回しました。ひまわりの写真を撮るためです。最後に、おばさんに頼んでひまわりをバックに私の遠映を撮ってもらいました。「こんなに遠くていいの?」と言ってくれたおばさん、変なお願いしてごめんね!


CR遠映

せっかく東大農学部農場に来たのだから、見学もしておかなければと思い、奥へも行ってみました。東大生らしき人はいませんでした(´・ω・`) 近代的で大きな建物が並んでいるのかと思ったら、ここが大学? と思うほど古くてぼろい建物しかなく、もはや本当に「農場」でしかありませんでした。



しかし滅茶苦茶に暑かった。あんまり歩いたらぶっ倒れると思ったぜ。

今夏一番汗をかいた日でした。

2011年8月17日水曜日

盆帰りの取り留めも無い話は簡潔にしとこ

8月14日の夜からから16日の昼まで長野に帰ってました。帰ろうと思ったのが直前でバス予約が2日前だったので、席が全然なくて私の無計画を反省。形式的には盆の帰省ですけど、落ちたと思っていた奨学金が下りてその書類を書かないといけないのとそれに私も長野での用事がたくさんあったし、しかも親が私の唯一のお気に入りの店の、あるよさげな蕎麦屋に行こうと誘ってくれたので、双方の利害関係が一致してかなり実務的な移動となったでござんす。

落ちたと確信していた奨学金でしたが1か月以上のタイムラグののちに奨学生証が届いてびっくり。

外食というものに全く興味のない私が、子供のときそのうまさに感動して大ファンになった蕎麦屋唐松に3回目、数年ぶりに行きました。ひっそりとしたところにあって古民家で広い日本庭園を眺められて池があって鯉がいて夏なのに涼しくて天ぷらそばはうまくて。

「列島縦断 地名逍遥」という本の正体を知りたくて地元の図書館で借りてきた(正確には借りてきてもらった)んですけど、これは地名マニアか専門家以外は読むようなものじゃありませんでした。著者の選りすぐった300の地名に解説を付したものですが、第一とんでもなく厚い。600ページ以上もありまともに読めたもんじゃありません。それに解説も非常に深い研究に根差していて著者の博学ぶりが目に見えて、私みたいに興味本位の読者は近寄りがたい感がありました。民俗学、郷土史、地名などに強い関心のある方には、面白いとは思うのですが。でも地名って、1000年の単位で残り続ける日常語です(本書より)。面白いですね。

列島縦断 地名逍遙 [単行本] / 谷川 健一 (著); 冨山房インターナショナル (刊)



昨日が帰る日でしたけど、Uターンラッシュにットラーイク! 見事に渋滞に巻き込まれてバスが2時間近く遅れました。

2011年8月13日土曜日

ICU生がICUのオープンキャンパスに参加

今日はICUのオープンキャンパスでした。年に数回あるうちの1回です。

今日はわいわいがやがやして楽しそうだなあと思って、何か面白いイベントやってないかなと思って、ICUのサイトを調べてみたら、模擬授業をしていて、数学の授業もあったのでこっそり参加しようかなあと考えていたんですけど、授業開始が5分後。(´・ω・`) どうしようか悩んでいたら授業開始を過ぎてしまいましたけど、やらないで後悔するよりやって後悔すべし、と思って、自転車こいでICUに向かいました。

教室に行ってみると、ICU生は立ち入り禁止、というフィルタリングは無くて、ただドアが開け放してあったので、ドアの外からちょっと眺めていました。すると、高校生と思しき男子が教室に入っていったので、その流れに乗って私も何食わぬ顔して教室に入っていきました。疲れる立ち見は数秒で済みました。教室を後ろへ向かうと、係員らしき人が「どうぞ」と言ってレジュメもくれました。向こうは全く気付いていません。(気付く方がすごいんですけど。)これで私はICU生ではなく、参加者になりきりです。

授業は大体半分終わっていました。ちょうど講義していたのは、2次、3次方程式の解の公式についてでした。なるほど、これなら高校生にとっつきやすいかもね。

高2のとき(おととし)、私が東京大のオープンキャンパスで選んだ模擬授業の、「江戸時代の絵画から見える当時の女性像」(記憶は定かならず。)とかいうのは、かなりつまらなかったからな。小難しくて先生の言ったことが右から左に受け流されていたもの。

先生は学生にいつも教えているように授業をしないで、高校生に興味を持たせるために、内容は面白く、先生も楽しそうに授業するというのが、模擬授業ってもんだと思います。

さて、話はICUに戻して、何々、解と係数の関係? ふむふむ、解の公式の導出にはこういうアプローチもあるのね。あれれ、小文字のシグマ(σ)が出てきたぞ。

なんだかここから難しくなってきました。

構わず淡々と話を進める先生。先生、ちょ、ちょっと待って。もっと説明を。何言ってるのかさっぱり分からないよ。(´゚A゚`)

先生は、私は授業を受けたことはないんだけど、何度も目にしたことのある方です。

講義がよく呑み込めない他に、先生の話し方が単調で、スクリーンに黒い細かい字が並んでいるだけなのも気になり始めました。これ、一応数学好きの大学生の私でも理解できなかったんですけど、高校生たちは分かったのかな。

なんやかんやで30分ほどして授業は終了。もうちょっと楽しい内容を期待していたので、残念です。

外に出たら、チアリーディング部の演技が始まろうとしていました。



この後は、大学食堂に行って、手に持っていた本を読もうと思っていましたが、時は12時、ランチタイムにどストライクで、混雑が予想されるというアナウンスがあったので、諦めて、図書館に行き本を読みました。図書館ももちろん見学者に解放されていたので、学生によるキャンパスツアーなどが何回も来ました。

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追記:避暑のため、ここのところずっと、昼の数時間は昼食を除き図書館か食堂にいるようにしていました。

2011年8月11日木曜日

科学を支えた重要図集「美しい科学1・2」

科学には、画像が欠かせません。極小の世界や極大の世界、または抽象的な世界を直感的に理解するには写真や絵が、多くの情報をコンパクトにまとめようとしたら図が、強力なツールとなります。特に数学では、画像が見るものに感動さえを与えます。画像は、科学の誕生時から重要な役割を帯びてきたのです。

そんな、科学に変革をもたらし続けた図や絵が一堂に会したらどうなるか。それは美しい絵画でいっぱいの、どこから見たらいいか迷うくらいの第1級の美術館の体をなすでしょう。それが本になったとしたら?

私がこの数日間読んでいた本は、そんな願いを叶えてくれるボリュームたっぷりの見事な図集です。邦訳は全2巻、原書は辞典かと思うような大きさと厚さを誇り、100近いトピックにそれぞれ、数枚の大きくて高画質な図と、数ページの解説が付いています。

美しい科学1 コズミック・イメージ [単行本] / ジョン・D・バロウ (著); 桃井緑美子 (翻訳); 青土社 (刊)



美しい科学2 サイエンス・イメージ [単行本] / ジョン・D・バロウ (著); 桃井緑美子 (翻訳); 青土社 (刊)



原書はCosmic Imagery: Key Images in the History of Science [ハードカバー] / John D. Barrow (著); W W Norton & Co Inc (刊)



上巻は天文学を中心に、生物学や高校でいう地学、下巻は数学を中心に、化学や物理学の図が収められています。科学の中でも天文学より数学の方がずっと好きな私は、下巻の方をお勧めします。

数学が発展途上だった中世の、数々の文書や、目が回るほどの不思議な図形:フラクタル、目を見張るほどに美しい図形:マンデルブロ集合(下巻の表紙も飾る。)など、印象的な画像に歴史の重みを感じます。

解説を読まないで、画像を見ているだけでも、きっと本書の目的は達成されると思います。(その理由の1つは、文章がとりわけうまいわけではないし、いまいち論理性に欠けるt)

実は、私は本書を書評で見つけてから、今年の3月末に上巻を少しだけ読んでいました。でもいつかは全部読む気でいたので、ICU図書館で借りてきました。

冒頭の意見に賛同するところのある方々、ぜひ本書を手に取って眺めてみて下さい。楽しいと思いますよ。これは残すべき貴重な記録です。

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追記:とんでもなく暑いですね。

2011年8月5日金曜日

「ネーミングの言語学」に留まらない良書

ああ、どうしよう。8月に入ってからというもの、本しか読んでいない。毎日ICU図書館を往復だ…。これでは異様なまでの自堕落じゃないか。危機感を感じ、昨日インターネットでアルバイトを探してみましたが、来学期は毎日まんべんなく授業が入る予定なので、長期で続けるのは難しいですし、夏休み(あと1か月)だけのバイトって少ないですし…。ああ、どうしよう。

とにかく、そんな危機感を募らせながら、またもや本を1冊読み終えました。これも前読んだのと同じく、長らく読みたかった本です。あ、でもそういえば、実は1年以上前に新宿の紀伊國屋で眺めて、思ったより難しそうだと思った本です。

ネーミングの言語学―ハリー・ポッターからドラゴンボールまで (開拓社言語・文化選書) [単行本] / 窪薗 晴夫 (著); 開拓社 (刊)



しかし読んでみて、その心配は無用だったことがわかりました。確かに、本書はおそらく厳密に論文のフォーマットで書かれていたり、ぱっと見難しそうな図も出てきたりと、堅い印象を受けます。が、本書のサブタイトルにもあるように、メディア内の有名人や、日常の言葉などを例にとっているので親しみやすく、そして何より、――文体は柔らかいとは言い難いにしろ――文章が懇切丁寧! どんな読者にも疑問を抱かせずに十分理解してもらうために、難しい言葉は使わず、説明は十分に、例も豊富に用い、大事なところは繰り返して、そして論理的に本書が進められていきます。少し説明や繰り返しがしつこいと感じないでもありませんが、それも御愛嬌。こんな模範的な文章で書かれた一般書を私は他に知らず、顔も知らない著者に好印象さえ持ったくらいでした。

それで内容の方ですが、まず「ネーミングの言語学」というタイトルを聞いて思い浮かぶ内容と言ったら、アニメのキャラクター名や会社名など、固有名詞のネーミングに見られる規則や技法の解明、といったところでしょうか。私もそういう予想をしていました。しかし実は、それは主たる内容の1つに過ぎず、想像していた内容は、特に技法については、本の最後、第5章にまとめられています。他の内容はというと、英語に見られる「頭韻」というリズム文化を皮切りに、日本語と英語の持つリズムの違いと共通点を明らかにするというものです。単に名前の由来や分析を書き連ねていくような単調なものではありません。

私は、この本に出会えたことを幸運に思います。英語を見る目が変わりました(もちろん日本語も)。というのも、あの第4章です。第4章の、リズムに基づいた英語の分析が、全く初めて出会うもので、理にかなっていて、覚えるしかない英語の面倒くさい語法の例外のいくつかが、実はある必然性のあるものだと知ったときには、まさに目からうろこが落ち、衝撃を受けました。なぜa half appleではなくhalf an appleなのか、なぜenough goodでなくてgood enoughなのか、本書が明らかにします。

若干論拠に乏しいというところが本書全体に1つ2つあった気もします。が、特にこの第4章は英語に苦しむ高校生にぜひ読んでもらいたいです。例外が多いことに対して覚えた怒りが、少し収まるくらいの効果はあります。それにこれは、生徒に英語を教えるのにも役立つと思います。私が高校生に英語を教えるとしたら、ぜひこれを教えたいと思いました。口だけで説明するのはたぶん難しいでしょうけど。

買って、もう一度読みたいと強く思わせる良書でした。

2011年8月3日水曜日

難解な宇宙論も新書大賞になるんだな

あっという間に次の本を読んでしまいました。大賞に決まる前から読みたいと思っていた、今年の新書大賞です。

宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書) [新書] / 村山 斉 (著); 幻冬舎 (刊)



2010年の新書大賞は日本辺境論 (新潮新書) [新書] / 内田 樹 (著); 新潮社 (刊)でしたけど、今年みたいにちゃきちゃきの理科系の本も大賞になるんですね。科学も広く世に認められた証ですかね。まあ2008年に小林さん、益川さん、南部さん、(あと下村さん)がノーベル賞をとったことも関係しているでしょうね。

本書は素粒子物理学を分かりやすく解説しながら、宇宙の始まり、現在、未来という、いまだ謎だらけの超難問に挑みます。つまり極小のもので極大のものを解明するわけで、突拍子もないと考えるかもしれませんが、いまや宇宙の解明は素粒子物理学にかかっていると言っても過言ではありません。

本書を読めば、現代の物理学が宇宙の解明に関していかに輝かしい成果と魅力的な理論が作ってきたかに感動を覚えるだけでなく、あの小林・益川理論の「CP対称性の破れ」や南部さんの「自発的対称性の破れ」などがほんのちょっとわかります。

しかし、あくまでほんのちょっと、イメージとしてなんとなくわかるだけです。素粒子物理学なんぞはもはや、一般の人には、1冊の新書ではたった1つの理論さえ到底理解できないほど難解です。本書の大半が、はあそんなものか、としか言いようのない理論や実験でいっぱいで、ここまで一般のレベルまで易しくするのは簡単ではなかっただろうなとつくづく思いました。私は高校で地学をとったので、序章と第1章はほとんどわかって、第2章もなんとかいけましたが、第3章以降はもう空想の世界でした。

ただし、現代の科学が解明した、わくわくするような宇宙の真理を概観するのに、本書がとてもいい本であることに間違いはありません。

2011年8月1日月曜日

中島敦では「文字禍」が読みたかった

おととい7月30日、長野へ発ってからちょうど1か月ぶりに東京へ戻って来ました。

車で両親と来たのですが、両親が玉川上水と吉祥寺駅周辺を散策しに行くというので、ついていきました。玉川上水に沿って数km歩き、吉祥寺駅北で昼食をとりました。

長野の家の畑でとれた玉ねぎ、にんにく、そして取れたてのじゃがいもを持ってきましたが、特に昨日今日作ったみそ汁に入れたじゃがいもはとても柔らかかった!

じゃがいもと言ったら土の中
土の中と言ったら闇
闇と言ったら悪霊
悪霊と言ったら病
病と言ったら注射
注射と言ったら痛い
痛いと言ったら指圧
しあつと言ったらあつし

ということで、私がじゃがいもを食べたことと、3個前の記事で書いたヘミングウェイの「老人と海」と一緒に、中島敦を借りてきたという8日前の事実は、必ずしも無意味な連続ではないというのがみなさんもお分かり頂けたかと存じます。( ̄ー ̄)

中島敦 (ちくま日本文学 12) [文庫] / 中島 敦 (著); 筑摩書房 (刊)



中島敦は、高校での私の国語科の担任が妙に好きな作家でした。高校の授業では「山月記」だけは読みました。

私が中島敦で読みたかったのは「文字禍」と「狐憑」でしたが、この最近出版された文庫本には主要な作品が19もあったので、とりあえず「名人伝」、「弟子」、「李陵」、「狐憑」、「木乃伊(みいら)」、「文字禍」、「幸福」、「かめれおん日記」、「悟浄歎異」を読みました。19全部読むのは億劫でした。

単に「文字」という語が入っているから読んでみたかった「文字禍」。読んでみて、文字の禍、うーん、なるほどね。今調べたら、「文字禍」は2008年の京都大の国語(文)の問題に出題されていました。

漢文を修めた中島敦の歯切れの良い文体は、小気味好い。