2010年5月31日月曜日

文章はまじで接続詞で決まるって

おとといは2回目の漆塗りでした。(前の前の前の記事参照)

もう1回塗れば完成なようですが、それは7月始めになりそうです。(6月は学校のほうで忙しいもので…)腕のあたりは完全防備で望みましたので、またかぶれることは無いかと思われます。

ん―日本語最後の謎に挑む (新潮新書)
作者: 山口 謠司
出版社/メーカー: 新潮社
発売日: 2010/02
メディア: 新書






最近ちょこっと話題の本です。

以下にも新書らしい衝撃的なタイトルですが、何よりも珍奇たらしめているのはその仰々しさよりも、テーマが仮名一文字であるという特異さですよね。

確かに「ん」は50音図において仲間はずれのように配置され、けだし特殊な文字ですが、よくも「ん」一文字に1冊の本が書けたものだなあと感嘆するばかりです。

けれどもこのようなマイナー加減は私の大いに望むところで、言語学的な興味もあって読んでみました。

やはり「ん」は音声的にも特異であるだけに、上代から多くの人に興味を引き続け、また悩ませてきたようです。この本は「ん」についての全てを語り尽くしています。

もちろん、これは音声学、音韻学の宿命でありますが、昔の発音を正確に再生することは不可能ですから、こらはあくまで一つの意見として読むべきでしょう。しかも「ん」字の発明の背景には、仏教の伝来、普及という思想的なことが大きく絡んでいるらしいですから。

ところで、実はこの本の帯に、「日本橋は、なぜ Nihombashi と書かれているのか?」と大きく打ち出してあるのですが、私はこんなに大々的に言う内容なのかとちょっと不思議に思いました。

b、m、p の前の n 音は m と書かれるという規則が意外と知られていないのです。

私は中学一年で英語を勉強しだしたとき、担当の先生から p の前は m だと教わったのを(なぜか)強く覚えています。( b や m のことは教わったか忘れましたが。)高一の時に友人からこれに関する質問をされて、他のクラスでは教わってなかったのかと、そのとき知りました。

確かに「日本橋は、なぜ Nihombashi と書かれているのか?」という疑問は、ローマ字を目にすることの多い日本人には、この規則が知られていないのならば、もってしかるべきです。

取るに足らないようなこんな事実でも意外と大事ですから、そういった意味でも、これは知ることの多い、ありそうでなかった本です。

2010年5月26日水曜日

数学のこと書こうと思ったが、やめた

前記事で書いた漆のかぶれのことですが、日に日に悪くなり、水ぶくれがボコボコできて、その表面は発泡スチロールよろしく、前腕にミニサイズの半立体作品ができ、ついにはウミが垂れ流しという状態でしたので、先日皮膚科にかかりました。院長先生もあらまあといった感じでした。通院を宣告されました。(´・ω・`)

病院にいけば一発で治るやろ、と思っていまいたが、手遅れだったらしく、ウルシ氏はなかなか活動を止めようとせず、今日やっと拡大が止まったというようなところです。

ついでに、ここ最近壁に首でもたれかかって新聞だの読んでいたら、昨日になって突然肩と首に痛みが走り、今日の寝起きには首を前に20゜くらいしか曲げられないくらいのひどいものとなっていました。今もかなり痛いです。

ドラゴン桜公式副読本 16歳の教科書~なぜ学び、なにを学ぶのか~
ドラゴン桜公式副読本 16歳の教科書~なぜ学び、なにを学ぶのか~
作者: 7人の特別講義プロジェクト
出版社/メーカー: 講談社
発売日: 2007/06/21
メディア: 新書


さて、あまりレビューを書くような分野の本ではない気もしますが、これは私の読書記録と思ってください。適当に読んでくださればいいです。

時に、高校生(小中高生、大学生)はなぜ勉強などという社会でおよそ意味のなさそうなことをするのか?

この本はそういう疑問を、7人のスペシャリストがやさしくほどいていきます。

16歳とはいろいろ意味を持つ年齢であります。高校へ入学したてでこれから3年間の生活に不安がある。あるいは大学進学しようとする人にとっては、これからどう勉強していけばいいのか右も左も分からない状態です。私もちょうど2年前は、学校から与えられた大量の課題を見て、これから3年間こんなに知識を詰め込んでいって頭がパンクしないのだろうかと結構まじめに考えていたものです。

本書はそういう悩みを抱える人たちへの「教科書」なのです。16歳だけでない、全ての人にとってプラスになるはずです。

2010年5月20日木曜日

無機質な数学の記号ばっか見てるとサバサバしてくるらしい

漆塗り(前記事参照)をしてから3日後の火曜からかな(つまりおととい)、左手首あたりにちょっとじんましんぽいのが出来ました。考えられる原因はおそらく漆ですが、それにしては潜伏期間が長いので怪しいところです。とんだ災難です。

さて、その漆塗りをの3、4日前に、私が学校の図書館にリクエストして購入してもらった本がやっと来ました。その名もずばり

大学1・2年ではどんな数学を学ぶの?
作者:
出版社/メーカー: 日本評論社
発売日: 2009/02
メディア: 単行本






タイトルが高校生とか大学新入生の視点に立っていて、ついつい読んでみたくなるようなところが心にくいです。タイトルからも分かるように、この本は高校と大学の数学のギャップを埋めることを目的としています。

しかし本を紐解いてみると、知らない記号次々と飛び込んで来るではありませんか。この難しさは想定の範囲外です。(゚Д゚)

高校とのギャップを埋めるのをないがしろにして、一気に応用に飛んでいってしまった感があります。高校数学を一通り学んだだけの私には、途中からアレ~と理解の範囲外になります。

やはり数行の解説で偏微分を使ったり、何の説明もなしにテーラー展開を出してくるのは、その解説が理解できるか否かは別にして、タイトルの割に親切ではありません。大学数学の初歩の初歩を解説してあるとタイトルから想像したのですが、ちょっと難しすぎかも…。

ですからこの本は、大学に入学してある程度数学を学んだ学生ならば、もっと楽しく読めるでしょう。

2010年5月15日土曜日

今日は17歳最後の日ですおめでとう

最近、学校から帰ると毎日のようになぜか激しい睡魔に襲われ、「休憩」のつもりでベッドに横になるともうダメです。バタンキュー(古い言葉…)です。

だからそのぶん早く起きるのですが、これはもう悪循環です。

私の学習効率が著しく落ちています。助けて!

そんな不規則を生活習慣をリセットせんがために迎えたこの週末ですが、今日は書道部でも滅多にない校外研修がありました。

その内容も珍しい漆塗りであります。

自分で揮毫した器に自分で漆を塗るのです。

長野県も中部のあたり木曽では古くから漆工が盛んで、そこの漆器は木曽漆器として名高いのですが、今日はその木曽での漆工を、縁あって体験させていただくことが出来たのです。

漆器は繊細な工芸品ですから、自分に漆塗りが出来るのかと思いましたが、初心者でもやりやすい方法で教えて下さるようで、それほど難しくないようです。しかもこの地域では、伝統的に小学校3年生になるとみんな漆塗りを体験するらしく、高校生の私は一安心です。

今回揮毫して漆を塗るのは、直径20cmくらいのお皿です。私は万葉集の歌を万葉仮名で揮毫しました。

漆は5回塗る必要があるらしいのですが、今日はそのうち1回目を塗りました。

塗りは思ったより難しくはなかったですが、それでも墨書したところがある分、気を使わなければなりません。私は墨書した部分を強めにこすってしまい、黒く少しザッっとやっちゃいました。今日の唯一の反省点です。やってしまったものはもう直せませんからね。

ともかくも漆塗りを体験できることは、自分にとって非常に意義が大きいことで、ただ貴重という以上の何か深いものが、体の中に水のように染み込んでいくようです。連綿と続く伝統に裏打ちされた理論と技術、そして美しさを垣間見、自分が少し成長したような感じがします。

ここで culture=「文化」の語源が cultivate=「耕す」であることを思い出せば、なるほど文化とは人間の社会を耕し、より豊かな境地へとみちびく鍬であるのと同時に、人間の心を深く掘り下げ肥やす、鋤であることが強く実感されるのでした…。

今日塗ったお皿はあと数回(多分4回)塗ったあと完成します。完成したら写真を撮って載せるかもしれません。(つらつらと生意気なことを書く2010年5月15日(土)22時44分42秒

2010年5月9日日曜日

昨日の模試、得意な数学で撃沈した&「天地明察」

今日は駿台ハイレベルでした。

寝不足で模試受けるのはよくないです。(当日5:45起床;前日3:15起床。)しかも1時間目に数学はいけんです。('Д⊂ 今までで一番悪かった模試と言えるものでしたので、詳しくは触れません。まあ1回くらい挫折を味わっときましょう。

また本の記事です。

GWの数日前、家のものが本屋大賞を受賞したという沖方丁(うぶかたとう)著『天地明察』を買ってきました。


天地明察
作者: 冲方 丁
出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日: 2009/12/01
メディア: 単行本






(話題に関係ないですが、私はテレビや新聞で取り上げられたものばかり読むという受け身な読書しかしていないなあ、とこのごろ少し反省しています。)

古代から使われ続けてきた暦「宣明暦」に800年のときをへて誤差が生まれ、食の予報まで外すようになる。そこで数学者である渋川春海(はるみ)は、会津藩主で徳川家光の異母弟である保科正之から改暦という大事業を命じられる…。

渋川春海の暦にかける人生は、とんでもなく波乱に富んだ感動的なものです。(今この文をGreeeeNの「遥か」を聴きながら書いています(´・ω・`))

話題としては珍しい暦を扱った時代小説で、それゆえ数学(もちろん和算)に関する記述も多分に含まれているため、私はほぼ数学的興味で読み初めました。あと、あの大数学者の関孝和が出ています。これは読まないわけには行きません。

この時代の時代小説を読むのは恥ずかしながらも始めてで、(しかも前読んだのは確か室町時代の農民の話…。)和算も含め江戸前期の情勢がよく分かって大変興味深かったです。

息抜きの読書とはいいものです。